第18話
しかし掛け直すのも面倒なので、勝手な奴だなと呟きながら、煌輝は琴音から送られてきたデートプランに目を通す。
流し読みしてみると眠くなってくるほど事細かく書かれており、これを三十分以内に暗記は無理なのではないかと思えてくる。
内容に目を通せば通すほど、こんなことで本当に彼女の息抜きになるのだろうか? と考えていた矢先。ふと良い香りが鼻孔をくすぐり、煌輝は画面から目を逸らす。
匂いの出処を探っていると、その先に居たのは風に銀色の髪を靡かせた少女――大神美颯だった。
少し化粧をしているだろうか、コンパクト鏡を取り出し何度も顔や髪を気にする仕草はまさに少女そのもので、真面目で凛とした普段とは想像もつかないほど、清楚で可憐な姿がそこにあった。
薄手の白いブラウスと群青色のショートパンツに合皮のサンダルと、今風のコーディネートもさることながら大胆に露出された、しなやかな白い足に思わず目が行ってしまう。
そんな美颯に思わず見とれていると、鏡越しに彼女と視線が合う。
向こうも驚いたのか可愛らしく「ひゃっ」と声を上げ、恥ずかしそうな反応を見せる。
手に持っていたコンパクト鏡をさっとバッグの中にしまうと、自分を落ち着かせるためか、コホンと咳払いしてからやっとこちらに振り向いた。
「ごめんね、待った?」
「いや、今来たところだ」
まず初めにそう言えと、琴音のデートプランに書いてあったので、いきなり彼女の予想が当たったことに内心驚く煌輝。
そして、
「その服、似合っているな」
「ほ、本当……? ちょっと季節的には早いかなとは思ったんだけど……」
確かに春先にしては少し寒そうではあるが、似合っていると思ったのは事実だった。
「そんなことはないぞ。とても似合っている」
念を押すようにそう言え、と書かれていたので煌輝がそのまま口にすると、美颯は何か喜んでいる様子だった。
琴音のプランは凄いな、と内心思いながら、煌輝は話を続ける。
「大神は今日のこと、氷月から何か聞いてるのか?」
煌輝の何気ない質問に、美颯は肩をピクッと震わせる。
「な、なにも!? 琴音が煌輝くんと二人でデ――で、出かけてきなさいってことだけ! 煌輝くんが私のこと、知りたいって言ってたみたいだから……」
伏し目がちで恥ずかしそうに下を向く美颯は、蚊の鳴くような声を出す。
「そうなのか。俺はあいつから今日はデートだと聞いていたんだが」
「デ、デート!?」
「違うのか?」
聞くと、美颯は自身の心臓をおさえるようにして目を丸くさせている。まるであり得ないことでも起きたかのようなリアクションに、煌輝も驚き気味に頬をかく。
「デ、デートでいいの……?」
「俺はそのつもりで来たんだが」
煌輝が淡々とそう言うと、美颯は照れるようにして自身の髪を撫でる。
「……そっか。じゃあ、行こっか?」
恥ずかしそうにして差し伸べられた手に、煌輝は一瞬頭の中で逡巡する。
――出来すぎている。何もかもが。
琴音がスマートフォンに記した通りのシナリオになっている。美颯の仕草や言動まで再現され過ぎていて驚きを隠せなかった。
やはりこれは何かのドッキリでも仕掛けられているのではいかと辺りを窺ってみるが、特に変わった様子はないので、煌輝はとりあえず美颯の手を取った。
その逡巡していた間がまたなんとも絶妙で、美颯はなぜか煌輝に向かって「なんか恥ずかしいね」なんて言ってくる。それもまた琴音のシナリオ通りで既に恐ろしい。
「そうだな。立ち話もなんだし、少し歩くか」
そう言って美颯の手を引くと、彼女が煌輝の手を握り返したのが伝わってきた。
歩く二人を出迎えたのは、枝のあちこちから青々とした葉が生えた立派な銀杏並木も街道。春らしい暖かな陽気のおかげか二人の雰囲気も不思議と悪くない。
行き交う人々が煌輝達を見て振り返るのは、恐らく二人が眉目秀麗、容姿端麗なカップルに見えたからに違いない。
「それにしても立派な銀杏並木だね。パリにも銀杏の木はあるけど、ここまで見事なのは初めてかも」
「ここは特区内でも名所になっているらしい。秋になるとスポットの一つとして区外からもたくさんの観光客が訪れるそうだ」
「なるほどね。でもここに人が集まる理由がわかる気がする」
整備された街並みを見て、美颯は頷きながら、どこか懐かしむように遠くの空を見つめる。その口元は笑みを浮かべていた。
「そういえばパリとか言っていたが、大神は今までどこに住んでいたんだ?」
美颯の素性については大方聞いているのだが、琴音からの指示により何も知らないという体で話せと書いてあった。
とはいえ、これだけの能力者を煌輝が今まで知らなかったとなると、どこか遠い異国の地であることはいずれ察しがついていただろう。
「フランスだよ。小学生の頃からフランスの女学院に通ってたの。国魔師の資格も海外で取ったんだよ」
「なるほどな。通りで名を聞かないわけだ。――と、そこの角を右に曲がるらしい」
「……らしい?」
煌輝の発言に美颯は眉根を寄せる。それもそのはず、美颯は煌輝が琴音の指示でここに来ていることを知らないのだ。
「いや、なんでもない。それよりほら」
「うわ、凄い人の数……さすが休日だね」
角を曲がって見えてきたのは、とある商店通り。
「今日はここを見て回ろうと思うんだが、どうだ?」
ここは若者向けのファッション・ブティックが中心となる店が数多くあり連日賑わっている。アーチ状の看板は一度見たら忘れないほどにインパクトがあった。
「私、食べ歩きってのをやってみたいんだけど……」
「構わないぞ。今日は存分に楽しもう」
パァっと表情を明るくさせた美颯が煌輝の手を引いた。
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