第17話
ある日の放課後。煌輝と琴音の二人は人気のない教室で、誰にも悟られぬように落ち合っていた。
夕日が教室に入り込み、二人のシルエットが大きな影となって壁に反映されている。
二人は静かに見つめ合っていたが、
「大神のこと、何かわかったか?」
煌輝のその一言で、せっかくのムードもぶち壊しである。
「草摩君は随分と大神さんにご執心なのね。少し妬いてしまうわ」
「向こうが以前に俺と会ってるような言い方が気になったんだよ。この理由は昨日も話しただろ。それで、調べてくれたのか?」
琴音にしては珍しく機嫌が悪そうだなと思った煌輝だが、そんな日もあるかと直ぐに流してしまう。
「まあいいわ。本題に入るわね。大神さんは日本生まれだけど、小学校に上がると同時にフランスの女学院に留学。日本に帰って来たのはつい最近のことらしいわ。国魔師の試験に合格したのは十二歳の時。両親は健在でフランスに在住。好きな食べ物はイチゴで嫌いな食べ物はトマト。ちなみに彼女のスリーサイズは上から八――」
「それ以上は言わなくていい。それにしてもよくこんな短期間でそんなに調べられるな」
「だって本人から聞いたもの」
「なるほどな、本人から……はあ!? 何で本人に聞いたんだよ!?」
「仕方ないじゃない。国魔師の情報ってセキュリティが厳しくてアクセスするには時間が掛かるのよ」
琴音は独自の情報網によって、相手の素性を調査するのが得意である。別に父親が警視総監であることは恐らく関係はないだろう。
それを見越して煌輝は大神美颯の情報を調べるように頼んでいたのだ。
とりあえず違法的なことをしていなかったことは良かったものの、本人から聞くというのはいかがなものか。
「でもどうやって聞いたんだ?」
「そんなの簡単よ。『実は草摩君、大神さんのことが気になって最近夜も眠れないらしいの。色々と積もる話とか聞きたいこともたくさんあるんだけど、面と向かって話すのはまだ恥ずかしい』って、私に恥じらいながら相談してきたのよって、彼女に言ったら、割とノリノリに自分のことを話してくれたわ。貴方も罪な男ね」
「……? 俺は普通に眠れているし、別に恥ずかしいわけじゃないんだが。積もる話も特にないし」
「そうね。貴方は羞恥に身悶えて永眠した方が良いかもしれないわね。さようなら」
「なんで!?」
「これだから脳内お花畑は困るのよ」
「……え? お花畑って、何で急に褒めるんだ? 気持ち悪いぞ」
純粋に首を傾げる煌輝に珍しく琴音がため息をついた。
「話を戻すわ。大神さんにはこの学園の中等部に歳が二つ離れた妹さんがいるそうよ。彼女が国魔師になったのは妹さんを守るためだと言っていたわ」
意外だな、と煌輝は内心そう思った。
あの生真面目さと正義感の強さから考えれば、秩序を乱す悪が許せないからだと言われても納得してしまう。
「意外って顔してるわね? でも家族を守りたいという気持ちは貴方も一緒なんじゃなくて?」
「……そうだな」
「まあ貴方が大神さんの情報を知りたい気持ちもわかるわ。この時期に海外から編入してくるなんておかしいものね。それに急遽チームを組まされたことも解せないわ。大神さん自身には何の不満もないけれど、できることなら身を危険に置きたくないもの」
やはり琴音も同じ疑念を抱いていたようだ。自分たちの知らないどこかで、何かが起きようとしている。或いはもう既に渦中にいるのかもしれないと――。
***
その翌日。
琴音から重大な任務があると言われた煌輝は、特区内のとある駅前に呼び出されていた。
時刻は朝の九時半を回ろうとしている。
『所定の場所に着いたかしら』
「ああ」
電話越しに聞こえてくるのは、琴音の声である。
『私が見繕った服の着心地はどう?』
「どうって、普通だが」
駅前に設置されていたロッカーに煌輝が今着ている服が入っていたのだが、彼女から出された司令はそれを着ろとのことだった。用件もわからないまま服を着させられた煌輝としては意味不明過ぎる。
『他に何か変わったことは?』
「いつもより視線を感じる、ような気がする」
『ふふ。上手くいったみたいね』
いつになく上機嫌な声が返ってきたことに、煌輝は嫌な予感がしていた。
彼女が楽しそうに話している時は、決まって良からぬことを企んでいる時であることを知っているからだ。
「てかお前今どこに居るんだ」
『近くの喫茶店よ。ちゃんと貴方の姿も見えているわ。なかなか似合ってるじゃない。とても素敵よ』
言われて煌輝は辺りを見回すが、琴音を発見することはできなかった。しかし彼女が一体何を企んでいるのか、煌輝もだいたいの察しはついている。
男性用の私服を着させられたことから、誰かの尾行だろうかと勘ぐるが、実のところ尾行は大の苦手だった。
物陰に隠れながら追跡をしていると、いつも決まって邪魔が入るのだ。それは大半が女性から掛けられる声によるものなのだが、そうこうしているうちにターゲットを見失ってしまうのだ。
「で、誰の尾行なんだ?」
『尾行をするのは私であって、草摩君じゃないわ』
「……? じゃあなぜ俺にこんな服を着せたんだ」
『デートのためよ』
「……デート? 誰と、誰の?」
『草摩君と大神さんの、素敵なデートがこれから始ま――』
煌輝は電話を切った。
そして直ぐにスマートフォンが振動し着信が入る。それはやはり琴音からだった。
既に憂鬱でしょうがないのだが、彼女のわがままに付き合ってやらないと後々が面倒になるので、煌輝は小さくため息をついてからもう一度電話を取った。
『草摩君。これは忠告だけど、女性と話している時にいきなり電話を切るのは失礼よ。私じゃなかったら大抵の女性は怒っているところね。私の寛大な心に感謝しなさい』
そういう琴音の声音もなんだか怒っているような気がするのは気のせいだろうか。
『話を戻すけど、デートプランについてはこれからスマホに送るから大丈夫よ。今から三十分以内に暗記して、その指示通りに動いてくれればいいわ』
「何が大丈夫なのかもわからないし、そもそも言っている意味がわからないんだが。どうして俺が大神と出かけなきゃいけないんだ」
『出かけるんじゃないわ。デートをするのよ。貴方、大神さんのことを知りたがっていたじゃない。それにはデートが一番手っ取り早いのよ』
それに、と琴音は何やら声音を変えた。
『真面目過ぎる彼女には息抜きが必要だと思うの。最近物騒なことばっかりだし、あのままじゃそう遠くないうちに潰れるわ』
ここ数日の彼女の行動を見れば、確かにどこか常に気を張っているようなところがあった。
それはわかるのだが、
「それならお前が大神と一緒にどこか出かければいいだろ?」
何気ない煌輝の返しに、電話越しから大きなため息が聞こえた。
『女の子って生き物は男の子に優しくされたいときもあるのよ。今回は貴方が一番適任なの』
「俺なんかで務まるのか?」
『鈍い貴方だからこそ、よ。私は何の心配もしていないわ』
「……?」
言っている意味がわからず首を傾げると、
「その調子なら大丈夫そうね」
電話越しにふふっと笑われたような気がしたが、一体何が大丈夫なのだろうか。ますます言っている意味がわからない煌輝だったが、ふと疑問が思い浮かぶ。
「氷月はいいのか? 息抜きしなくて」
『……私?』
彼女にしては珍しく、変な間ができる。
「誰が適任かはわからないが、俺でいいなら買い物くらい付き合うぞ」
煌輝の問いかけに、電話越しにまた、ふふと笑いが零れる。
『それじゃあ今度付き合ってもらおうかしら。だから今日は大神さんのこと、よろしく頼むわね』
いつになく声音が優しげに聞こえるが、顔が見えないのでよくわからない。
「まあわかったが……本当にこの方法以外になかったのか……?」
『なかったのよ。それに一度やってみたかったの。イケメンが完璧なデートプランを演出するという、リアルギャルゲーをね』
「リアル……なんだって?」
とそこで突然通話が切れた。話の途中で電話を切るのは失礼だと、今さっき言われたような気がするのだが、これは一体。
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