第15話


 知られてはならない情報の一端に、彼女は無意識ながら触れているのだ。

 そんなとき、幸か不幸か琴音のスマホに着信が入ったことでその話は打ち切られた。


「協会からだわ」


 ――“国際魔導協会”。国家魔導師は一律にしてこの協会に所属することを義務付けられている。


 ここに登録された個人情報を基に、能力やパートナーとの性質に合わせて事件現場へと国家魔導師を派遣している組織なのだが、この手の類の連絡は十中八九は事件の知らせである。


「はい。――わかりました。至急向かいます」

「なんだって?」

「特区の三ヶ所で同時多発的に爆発が起きたそうよ。私たちも一番近い現場へ向かえとのことだったわ」

「またか……」


 この爆発事件は何も始業式が始まりではない。


 首都圏では連続爆弾テロ事件がここ最近で相次いでおり、甚大な被害が出ている。

 そのことについては煌輝も知っていたことだが、まさか自分まで巻き込まれるとは思いもしなかった。


 それらは全て“吸血鬼”の殲滅を目論むテロ組織によるもので、どうやらその魔の手が本格的にこの特区に狙いを絞ってきているようだ。


「とにかく急ごう! ってわけにもいかないのかな――」


 煌輝達が向かおうとした矢先。目の前には武装した集団が立ちはだかっていた。


「そうみたいね」


 タイミングの悪さから考えても、この集団が他の爆発事件と関連していると見て間違いないだろう。


「こちらP-1。ターゲットと接触した。これよりミッションを遂行する」

「あら。向こうは誘導? ということは狙われているのは草摩君ということでいいのかしら」


 武装した男の無線のやり取りを聞いていた琴音がいい加減なことを言う。


「なんで俺が狙われなきゃいけないんだ」

「私が狙われる理由がないもの。でも草摩君には犯罪歴の一つや二つはあるでしょう? 幼女誘拐とか公然わいせつとか。そういえば大神さんを電車内で痴漢したそうじゃない。ほら見えてきたわ」

「何が見えてきただ! 俺を犯罪者の体で話すのはやめろよ!?」

「二人とも、冗談を言い合ってる場合じゃないよ! 気を引き締めて!」


 美颯の怒声にようやく煌輝達の意識が武装した集団へと向いた。

 この三人の中の誰かが狙われている可能性が高いということだけはわかったが、いずれにせよ戦闘は避けられないことを悟る。


 人通りが少なかったことがせめてもの幸いだが、相手は十人を軽く超え、数では圧倒的に不利である。


「それじゃ、まずは戦場を整えましょうか。テロリストさん?」


 琴音が手をかざすと辺りはたちまち薄い氷霧に包まれていく。

 冷気に触れたことで、テロリスト達は自身が既に彼女の間合いに入っていることに気づき、表情に強張りが見て取れる。


「怯むな! 撃て!」


 誰かの合図で一斉に引かれた引き金は、結果として一発たりとも発射されることはなかった。


 引き金を何度引こうと弾は出ず、銃を構えていたテロリスト達は次々に不審な動きを見せる。


 ――“極氷領域フリージングフィールド”。


 展開された領域内の熱量を奪い、あらゆる物質を凍結へと至らしめる琴音の得意技の一つだ。


 領域内の最高温度が彼女の持つ体温よりも高くならない性質上、炎系統の能力者には無類の強さを誇る。


 薬莢に詰められた発射薬が凍結したことにより、いくら引き金を引こうとも銃が火を吹くことはもうない。

 

「クソッ……! “氷霧の魔女”がいるなんて聞いてないぞ!」


 相手の言い分から察するに、どうやら狙いは美颯らしい。前もって三人でパトロールするように言われていなかったら危険だったかもしれない。

 

「あいつに銃器は効かねえ、武器えものを持ち替えろ!」


 直ぐに琴音の正体を看破した相手側は武器を銃からナイフに持ち替える。

 しかし彼女の能力発動と入れ替わるようにして、武装したテロリストの中へ突っ込んでいったのは煌輝だった。


 巧みにナイフを躱し素早く相手との間合いを詰め、関節技を駆使することによって相手から武器を奪っていく。


 別に致命傷を与えるでもなく、意識を刈り取るわけでもなく、煌輝は相手をまるで赤子のように扱いみるみるうちに無力化していく。

 

「何をやっている! 相手はたかが一人だぞ! 囲って背後から攻めろ!」


 どうにか連携を取ろうとするテロリスト達だったが、今度はいつの間にか仕掛けられていた植物の蔓に足を取られて次々に転倒する。


 煌輝は素手で格闘している最中にも、密かに地面へと朝顔の種を撒きながら戦っていたのだ。


「なんだこの蔓は!? うぐッ――!?」


 足に絡みついた朝顔の蔓は徐々にテロリスト達の身動きを封じ体を絞め上げていく。


「これで終わり? 一体何だったのかしら」


 琴音が無表情で首を傾げていると、


『安心しろ。まだ終わっていないぞ』


 どこからともなく声が聞こえたかと思えば、煌輝とテロリストの間に突如としてアスファルトの壁が構築された。

 それはさらに鋭利な棘へと変わり煌輝を串刺しにしようと伸びてくる。


「――!?」

「煌輝くん、後ろ!」


 咄嗟に後退した煌輝だったが、美颯の叫びに振り返ると、二台の軽自動車がこちらに向かって不自然な軌道を描いて飛来していた。

 

「なッ――!」 


 どう防ごうか考える間もなく、軽自動車は二柱の氷によって真下から貫かれ動きを停止した。


「仲間を守ると同時に敵の戦力を削ぎ落とす。どうやら相手にも能力者が居たようね。“遠隔念動作テレキネシス”と“物質変換マテリアル・コンバート”と言ったところかしら」


 誰に問いかけるでもなく、一人で答え合わせをするように琴音は淡々と告げた。


『素晴らしい判断力と洞察眼だな。さすがは噂に聞く“氷霧の魔女”だ』


 路地から姿を現したのは二人組の男。それぞれ不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「だが残念ながらお前らに用はない。用があるのは後ろにいるお嬢さんだ。無用な殺生は好まないんでね。おとなしく彼女を渡してもらおうか」

「怪我でもしてその綺麗な顔に傷なんて付いたら困るだろう?」


 男たちの言葉を聞くやいなや、琴音から極めて冷ややかな視線と共に殺気が放たれた。


「――怪我? 万に一つでも私に傷を付けられるとでも思っているのかしら。だとしたら私も随分と甘く見られたものね」

「――ッ!」


 どうやら彼女の琴線に触れたらしく、発せられる殺気には冷気が混ざって周囲を凍らせ始めていた。


 無能力者を相手に過ぎた能力の行使は厳罰の対象となる。それはたとえ相手が銃器や刃物を持っていようともだ。


 これにより無能力者は法によって身を守られ、能力者は法によって縛られ、思うように動けないこともままある。


 だが能力者――それもテロリストを相手にするとなれば話は別だ。さらに――魔導序列六十三位の氷月琴音には、能力行使による殺害が法外に認められている。


 今までは最小限の力であしらっていたが、彼女が躊躇いさえしなければここ一帯を瞬く間に血の海と化すことも可能なのだ。


「よせ氷月。これ以上の過剰防衛は俺との契約違反だぞ」



 

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