第三章 第13話

 始業式を終えた数日後。煌輝は琴音と共に生徒指導室へと呼び出されていた。


「――今日からしばらくの間、あなた達二人は大神美颯とチームを組んで共に行動すること。良いわね?」


 紫から告げられたあまりに唐突過ぎる通達に、二人はすんなりと頷くことはできなかった。


「返事は?」


 眉をひそめる紫に反論したのは、意外にも琴音の方だった。

 普段は反論もせずにひょうひょうと受け入れる彼女だが、今回ばかりは思うところがあるようだ。


「三人で行動しなければならない理由を訊かせていだたけませんか」

「口答えかしら?」


 睨み合う両者に、煌輝は割って入ることができない。


「必要性を感じられません。私は草摩君と組んでいますし、それで十分だと思っています」


 資格を取得するための履修として魔導学科の生徒を任務に帯同させることはあっても、資格を所持している美颯がいきなりチームに加わるというのはおかしな話である。


 不可解だったのは当事者である煌輝達に何の連絡もないままチームを組むことが決定していたことだ。信頼関係で成り立っている以上、即席のチームはあまりに危険すぎる。


 何より互いが納得して契約を結んでいるならまだしも、今回に関しては第三者からの命令である。はいそうですか、と納得するわけがない。


「それとも私達二人だけでは解決できないような、何か大きな事件でもこれから起こると?」

「かもしれない、ってだけよ。別に改まってするようなことじゃないんだけどね。とにかく二人には美颯と組んで街の見回りをして欲しいのよ」

「見回り……? いつもやっているじゃないですか」


 ――え? と首を傾げたのは煌輝だが、声にまでは出さなかった。


 国家魔導師の仕事の一つとして、地域周辺を自主的に周ることによる犯罪の抑制および、事件発生後の速やかな制圧が含まれている。


 紫の言う通り、いまさら改まってやるようなものでもない。そもそも二人はほとんど街の見回りなんてしていないのだが――。


「もう少しだけ詳しく訊かせていただけませんか。私も国魔師の端くれとして人員の増加は沽券に関わりますので」


 引かないといった様子の琴音に、紫はついに大きくため息をついた。


「まだ確証は掴めてないけど、この街にAランク指定の犯罪者が潜り込んでるかもしれないって話が出てるの。上層部でも一部にしか出回ってないことだから内密にね」


 この話が公になれば騒ぎになるかもしれないという上層部の判断なのだろう。できるだけ自体を小さくしたい意向も理解できる。


 しかし今度はその話に煌輝が噛み付いた。


「Aランクって言ったら、ほぼ死刑の決まった連中しかいない国際指名手配犯じゃないですか。俺らじゃ足止めにもなりませんよ」

「それは謙遜じゃない? 足止めに関してだけなら、あなた達以上のペアを探すほうが難しいと思うけど。それに死刑が決まってる相手の足は止めなくてもいいのよ?」


 煌輝の植物による拘束。琴音の氷による凍結。どちらも時間を稼ぐにはうってつけの能力とも言える。

 だが紫の言い分に煌輝はさらに眉をひそめた。 

 

「俺らに犯人を殺せと?」

「生かしたまま拘束する方が難しいって言ってんのよ。殺さずに済む方法があるなら、そこはあなた達の判断に任せるわ」


 そこで煌輝と琴音は見合った。


「どうする? 私は別に見回りくらいならやってもいいと思うのだけれど」

「場合によっては相当危険なことになるかもしれないのに、か?」

「あら、草摩君は私のことを守ってくれないの?」


 突然腕を取って甘えたような口調と上目遣いをしてくる琴音に、煌輝は小さくため息をついた。


「氷月が良いって言うなら俺は別に構わないが。大事に巻き込むようなことだけは勘弁してくれよ」

「ふふ、そういうツンデレなところ好きよ」


 嬉しそうに腕に抱きついてくる琴音。それを無視した状態で煌輝は紫に聞く。


「大神の方はもう話したんですか?」

「ええ。それについては向こうから快諾を得てるわ。彼女、海外に居た頃からろくにペアも組んでもらえなかったみたいだし」


 海外――? と煌輝は首を傾げたが、直ぐに自分の中で答えに行き着いた。

 若くして国家魔導師になった者は資格の取得難易度の高さから、しばし時の人になることがある。


 それは煌輝や琴音も同じで、取得した当時は将来有望な天才児だと囃し立てられたものだ。

 だが美颯の噂を聞かないことから、紫の言う通り海外で資格を取得したのだろう。


「魔導序列も三桁台前半だって聞いてるし、実力に関しては心配いらないわ。って言っても、序列九千番台のあなたが文句言える立場じゃないけどね」


 主に挙げた功績や、国際魔導協会が定めた脅威指数によって行われるランク付け制度。


 序列に名を連ねる者が必ずしも国家魔導師というわけではないが、一桁台は大抵が天災や大都市を揺るがすに等しい能力を有し、二桁台の前半ともなれば多くが“亜人種”や“半ば人間を辞めている”に等しい者が選ばれる。


 戦果によっては二つ名の称号が与えられ、紫はその中でも魔導序列十六位、琴音が六十三位と片や人間を辞め、片や人間を辞めかけている。


 そんな化け物――もとい、紫の目から見て美颯は数多くいる能力者の中でもかなりの実力があると見ているようだ。

 ちなみに煌輝は暫定で四桁台の後半と、ほとんど知名度がないと言っていい。


「とにかく、もしその犯人と接触するようなことがあったら生死は問わないけど直ぐに私に報告すること。これで話は以上よ。良いわね?」


 聞いてしまったからには二人も納得するしかなかった。

 生徒指導室を後にしようとしたとき、


「あ、そうそう。パトロールの感想を聞きたいから、今度でいいから聞かせてくれるかしら。他にも大事なお話があるから生徒指導で待って――」


 聞き終える前に煌輝は扉を素早く閉めた。


「面倒そうだから、今のは聞かなかったことにするぞ」

「そうね。今のは聞かなかったことにしましょう」


 利害が一致した二人は黙って頷き合ってその場を後にするのだった。

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