第11話
紫が教室から出て行ってから間もなくして、女子生徒たちが美颯を囲って騒ぎだした。
「ねーねー、どこの学校から来たの?」
「すっごく綺麗な銀髪だね! もしかしてハーフ?」
「どうして急に転入してきたのー? パートナーがこの学園に居るとかー?」
「え、えっと……どれから返せば……」
質問攻めに美颯が照れたような表情で目を白黒させる中、煌輝は一人頭を抱えて唸っていた。
「最悪だ……このままじゃ翌日の朝方まで帰してもらえない監禁コースに……! またあの悲劇が……!」
一人ぶつぶつと呟く煌輝の直ぐ隣に座るように、不敵な笑みを浮かべた琴音が椅子を持ってくる。
「あんな美人教師と朝まで二人っきりでお喋りできるなんて光栄じゃない。良かったわね、貴方は選ばれし犠牲者なのよ」
「犠牲者って……縁起でもないことを言うなよ。冗談でも笑えないぞ」
琴音の言う通り、紫は間違いなく美人な教師である。二十二歳という若さで数多くの功績も残していて、略歴も素晴らしく家柄も良い。
人当たりの良い快活な性格も生徒からも人気で歳もそれなりに近く、彼女に想いを寄せている生徒も少なくない。
傍から見れば完璧に見える紫であるが、そんな彼女の内面を幼い頃から見てきた煌輝からしてみれば生徒は皆騙されている、と思うのだが言った後が怖いのでやはり何も言えない。
「冗談のつもりじゃないのだけど。“
恐ろしい人よね、と訊かれた煌輝が不機嫌そうに唇を歪ませるのを見て、琴音は喜々として話を続ける。
「加えて、数多くの陰陽術師を排出してきた名家の分家にあたる生まれだなんて、間違ってもあの人だけは敵に回したくないわよね」
「……? 全然話が見えてこないんだが、お前は何が言いたいんだよ」
「これはあくまで噂話なのだけど。この学園で一名、上杉先生から求婚を迫られている男子生徒が居るとか居ないとか。私にはそれがどこの誰なのかはわからないのだけど、草摩君は何か心当たりあるかしら?」
「ない。断じて無い。俺は何も知らないし覚えてないし聞いてない。むしろ忘れたいとすら思っている」
あれはまさに悪夢だった。
ある週末、紫から生徒指導に呼び出された煌輝は不意に愚痴を零されたことがあった。
呼び出しを受けた当初は教師という立場も大変なのかなと呑気に考えていたが、聞いているうちに話はいつの間にか縁談にすり替わっており、気がつけば椅子に縛り付けられた状態で拳銃を突きつけながらのプロポーズを受けていたのだ。
涙ながらに『一生養うから、私以外の女とは一生話さないで』などと重過ぎる一言を添えられ、身の危険を感じた煌輝は命からがらに逃げ出した経緯がある。
「ふふ、語るに落ちてるわよ草摩君。まあ……上杉先生から狙われた以上もう逃げることはできないでしょうけど」
お気の毒に、と不敵な笑みを零す琴音に、煌輝は顔色を悪くさせて恨めしそうに睨んだ。
紫のあまりのしつこさと能力の特性も相まって、別名“
もちろん今でもその返事はしていないが、最近でも何かと理由を付けては縁談を持ちかけてくる紫に、煌輝は在りし日の逃走劇を思い出しては身を震わせているのだった。
そんな彼の前に――いつの間にかに大神美颯と名乗っていた少女が、力強い瞳で見下ろすように立っていた。
「君、名前は?」
「草摩煌輝よ」
「なんで氷月が答えるんだよ!?」
どういうわけか隣に座っていた琴音が勝手に喋りだした。
「字は雑草の草に、摩擦の摩で草摩。煌めき輝くと書いて煌輝と読むの。ちょっとギラギラした名前だけど、ご覧の通り目は死んでいるわ」
酷すぎる例えに抗議しようかと考えた煌輝だったが、調子に乗り始めた琴音が『ちなみに当て字は――』なんて言い出したところで慌てて彼女の口を手で塞ぐ強行手段に出た。
傍から見れば男女がイチャイチャしているようにも見えなくもないが、そんな光景を目の前で見せつけられていた美颯は目を丸くさせて何か別のことに驚いている様子だった。
「草摩……煌輝……?」
「……? 俺の名前がどうかしたか」
「私のこと覚えてない?」
唐突過ぎる質問に煌輝は首を傾げながらも美颯を凝視する。
鎖骨辺りまで伸ばしたさらさらとした銀色の髪。しなやかな強靭さを感じさせる健康的な体つきは、改めて見てみると国家魔導師として理想的な体型である。
しかしこれといって何か思い出すわけでもなく、ここ数年内の記憶を辿ってみても、やはり大神美颯なる人物に該当するような手がかりは思い出せない。
いくら人間に興味のない煌輝でも、これだけの美少女なら印象くらい残っていてもおかしくないはずなのだが――
「草摩君、いくらなんでも光源氏計画はやり過ぎよ」
「何を誤解しているか知らないけどよく考えろ。同い年だぞ」
「なるほど。同年代の子を当時から自分好みになるように教育して、あたかもここで出会ったのは偶然であると言い張って運命的な再会を演出する――“草摩煌輝計画”ね」
「人の名前で新しい単語を作るなよ。悪いが、俺はお前のことを覚えてない。いつ会ったんだ?」
改めて煌輝が美颯へ尋ね返すと、彼女はどこか残念そうな表情を見せた。
「そう……」
だが直ぐに生真面目そうな表情に戻ると煌輝を真っ直ぐに見据えて言い放つ。
「……覚えてないなら別にいいよ。それより今朝のことで言いたいことがあるんだけど」
「ああ、うん」
「君は国魔師なんでしょ?」
「ま、まぁ……」
「その曖昧な返答は何? 国魔師なら国魔師らしく、あの場で相応の責務を果たすべきじゃなかったの?」
いきなり痛いところを突かれた煌輝は、美颯の言っていることが何一つ間違っていないが故に反論できない。
「私があの場に居合わせたから良かったけど、居なかったら確実に爆発してたよね。一人でどうするつもりだったの?」
「どうするって……少しでも被害が減ることを祈って、爆弾を抱える……とか……?」
「ふざけないで。もしもあの場で爆発してたら、多くの命が失われていたかもしれないんだよ」
思い返してみればあれは電車ジャックなどではなく、計画的なテロだったのではないかと思う。
それにもし駆けつけていたのが美颯ではなくパートナーの琴音だったとしたら、打ち上げ花火では済まなかった可能性もある。
想定していた以上に事件は大きかったのではないかと改めて考え直した煌輝は、それを踏まえた上で結果的に琴音が現場に駆けつけて来なくてよかったと思うのだった。
「そうだな……あのときは助かった。同じ轍を踏まないよう次からは気をつける」
煌輝からの思わぬ返答に、美颯は少し驚いている様子だった。
「わ、わかればいいのよ。君が生きてるのも、私のおかげなんだからね」
頬を赤くさせてプイッとそっぽ向く。
「ああ。こんなに頼もしい国魔師がいるなら国の未来も明るいかもな」
「なに他人事みたいに言ってるの? 君も今から未来を守る努力をしなきゃいけないんだよ。私がこの学園に来たからには君の適当な性格もしっかり正すからね」
ただ褒めたつもりだったのだが、どうやら余計なことを言ってしまったようだ。
見るからに真面目そうな彼女の言うことなのだから、本気で指導してきそうな気配がある。
「隣のあなたは確か――“氷霧の魔女”の氷月琴音さんだよね? 噂は聞いてるよ」
学生の身で国家魔導師の資格を持つ者は証明として腕章を付ける義務がある。琴音もその例外に漏れず腕章を制服に付けているので美颯はそれを見て言った。
「あら、光栄ね。その通りよ。ちなみに、自称――草摩君の恋人を名乗っているわ」
「こ、恋人!?」
「自称な」
「自称ね」
「……? それじゃあ、二人は付き合ってないってこと……?」
頬を赤く染めて問う美颯に、ふふ、と琴音は余裕の笑みを浮かべる。
「彼とは中学時代からの同級生で、仕事上のパートナーでもあるの」
ね? と目を細めながら笑う琴音に、煌輝はコクリと頷くだけだった。
「今朝は私のパートナーがお世話になったそうね。礼を言っておくわ“
「……よく知ってるね」
「風の噂程度よ」
怪訝そうな顔を見せる美颯に琴音はしたり顔で返す。隣でそのやり取りを見ていた煌輝は、さっぱりわかっていない様子。
「別に礼はいらないよ。でもあなたのパートナー、随分と手際が悪かったけど?」
「それは仕方のないことなの。彼とは三年以上仕事の付き合いをしているけれど、彼が国魔師になったのは去年のことだもの」
「え? それってつまり……前までは氷月さんの“
美颯に訊かれた琴音は黙って頷いた。
従者とは主に召喚術を用いて召喚した式神や精霊、獣人といった人間とは異なる存在を指す。
国魔師は二人一組以上の編成をもって任務に当たることが原則とされているが、資格を所持するパートナーを持たない代わりに従者をパートナーとして使役することで免除される場合がある。
しかし従者側には基本的に人権が存在しないものとされており、法律上では“装備品”という扱いになっている。
万が一にでも暴走状態や制御不能になった場合の責任は全て契約者側に問われ、引き起こした事件の被害次第では罪状がさらに重くなる場合が多い。
また、資格を持たない者をパートナーとする場合においても、従者契約が適用されるため煌輝は形式上、二年前までは琴音の装備品という扱いになっていたのだ。
「ええ。彼が国魔師になるまでの間、私の従者ということで契約していたの。もちろん国魔師になった後もパートナーでいてもらうつもりで契約してもらったのだけど」
「そうなんだ。でもそれならちゃんと管理者として注意するべきじゃない?」
「そんな面倒なことは嫌よ。草摩君は言っても聞かないもの」
「おい氷月。俺がまるで問題児みたいな言い方はよせ」
「あら、自覚がないの? それなら草摩君が起こした数々の愚行を今この場で知らしめてあげてもいいのよ? 例えば――」
「ま、待て! お前どうせあることないこと話す気だろ。俺が悪かったから、もうそれ以上は言わなくていいから!」
話はそれで終わりと言わんばかりに、煌輝は力なく頭を机に突っ伏した。
それから放課後を迎えるまで、どういうわけか大神美颯の視線をやたらと感じるのだった。
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