第10話

「おおッ!? 美少女!」

「おい、あんな可愛い子うちの学校にいたか!?」

「去年はいなかった生徒だよな? 他校から編入してきたんじゃねーの?」

「氷月さんとはまた違った美しさがあるっていうか、可愛いな……いや、まじで可愛い!」


 女子生徒を見るなり、男子生徒たちが次々に声を上げた。


「……ちょっと男子? うるさいわよ。静かにしなさい」


 興奮冷めやらぬ男子生徒達に向かって、紫は呆れたように言うが騒ぎはなかなか治まらない。


 窓の外をぼんやりと眺めていた煌輝だったが、さすがに周りの騒がしさに耐えかねて教室内へと視線を戻すと――


「なッ……」


 煌輝は見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりの表情で驚く。そしてもう一度窓の外へ今度は体ごと向ける。


 見間違いであればどんなに良かったか――。


 桜の花をモチーフにした髪留め。力強い光が宿ったややツリ目で大きな瞳。

 眼差しから伝わる生真面目そうな印象と桜のような美しさの少女。これはさすがの煌輝でも見間違いだとは思わなかった。


 運命とは時に残酷なもので、電車内で出会った銀髪の美少女の姿がそこにあったのだ。

 

「草摩君。美少女という言葉に反応するなんて、貴方もイヤらしい男ね」

「どうしてそうなるんだよ。俺は今朝あそこにいるやつと電車で色々とあってだな――」

「今ここで貴方の性癖と痴漢の極意を語られても困るのだけど、どうしても話したいと言うのなら聞いてあげないこともないわ。マニアックな話だったら面白おかしく話してくれるかしら」


 勝手に痴漢に仕立て上げられた冤罪人の煌輝は、琴音を半眼になって睨む。

 それにしても今日は運が悪すぎるのではないだろうか。


 ――これだけ立て続けに不運が起きるということは、自分の周りに疫病神か何か悪いものが憑いているのかもしれない。


 個人的に琴音か紫辺りが怪しいなと思っていると。


「草摩君? 貴方は今、私に対してとても失礼なことを考えていないかしら」

「お前はエスパーか。それより、とりあえず静かにしてもらえないか。俺の高校生活が懸かってる」


 そう言って煌輝は、間違っても目が合わないようにと視線を下げ気配を薄めることに努める。


 無駄な抵抗だということはわかっている。だがやはり現実を受け入れるにはまだ時間が掛かるのだ。


 このまま上手くやり過ごせば、もしかしたら今日一日くらいは存在に気付かれないかもしれない――。そんな僅かな可能性に懸けて、煌輝は身を小さくしていた。 


「――あ! 君はさっきの!」


 ……そんな可能性はどこにもなく、銀髪の少女が煌輝に向かって無慈悲に声を掛けてきた。


 向けられているであろう鋭い視線に、煌輝は往生際悪く気が付かないふりを続けるが、


「ちょっと! 君に言ってるんだよ! 無視しないで!」


 わざわざ煌輝の席の前にまで来てそう告げる少女。これではもう逃げ場がなかった。

 しかし、


「草摩の野郎……! 氷月さんだけじゃなく、あの美人とも知り合いなのかよ! 許せねえ!」

「花ばっか見てニヤニヤしてる奴がなんでこうもモテるんだよ! この世は所詮、顔なのか!?」


 男子生徒からの妬みを買う煌輝だが、この状況をどうしたらモテているように見えるのか甚だ疑問である。


 さて――この状況をどうするか。


 今日の事件のことについて、この少女から糾弾されることは間違いない。それはもう覚悟するしかないと腹をくくった煌輝だったが、紫を見てその考えを一変することになる。


「…………」


 事件の事後処理を放り出して、この少女に全て丸投げしました――なんてことを言ったら体に穴が空くかもしれない。


 隣にいる琴音に助けを借りようかと横目で見るが、彼女は実にわざとらしく、何も知らないといった表情をしている。


 これはやはり疫病神か何かに取り憑かれているのではないだろうか。

 とりあえず帰り際に退魔師かエクソシストにでも祓ってもらうかと、そんなことを考えながら煌輝が十階の窓から逃げ出そうと席を立った時。


 本日二発目となる銃声が教室内に鳴り響いた。


「私が静かにしなさいと言ったら、即静かにしなさい。この学園の生徒で私の能力を知らない子なんていないと思うけど、そんなに痛い目に遭いたいのかしら?」


 紫の有無を言わさぬ迫力に生徒達の表情が凍りつく。

 続けて紫は煌輝の目の前にいた銀髪の少女に銃口を向けた。


「ところであなた、名前は? 新学期初日から私のクラスで遅刻なんていい度胸してるわね。ちゃんとした言い訳は考えて来たのかしら?」

大神美颯おおがみみはやです。この人が放置した事件の後処理をやっていたので、私が遅刻した理由はこの人にあります」


 大神美颯と名乗った銀髪の美少女は、煌輝のことを指差しながら臆することなく真面目に答えた。


 ああ、あなたが……と、紫が何か納得したように独り言を呟く。


 そして指をさされた張本人の煌輝は、額に冷や汗をかきながら借りてきた猫のようにおとなしくなっている。


「ちょっと煌輝ー? これは一体どういうことかしら。あとで生徒指導室に一人でいらっしゃい? そこでゆーっくり話を聞かせてもらうから」

「は、はい……」


 額に青筋を立てながら不気味に微笑む紫を前にして、眉間に銃口を突きつけられた煌輝は首を縦に振らざるを得なかった。

 

「それじゃ次の時間はオリエンテーションだから、皆は教室で待機してるように」


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