第8話

 人を玩具のように弄り倒してくるのは今に始まったことではないが、その悪癖に慣れたというものでもない。


 完全に話の腰を折られた煌輝は疲れ果てたように机に突っ伏した。


「お前と話してると疲れる……」

「あら。私は楽しいわよ」


 薄く笑みを浮かべる琴音の口調は、表情以上に楽しげに聞こえる。


 こんなことなら説教を覚悟の上で絢芽にでも連絡をして助けを求めるべきだったと、煌輝は今さらながらに後悔する。


「それにしてもまた同じクラスになるなんて、草摩君とはなんだか運命的なものを感じるわね」


 能力者ならば各都道府県に二校ずつしか存在しない魔導学科に強制的に入学させられるので、そこまで運命を感じるものではない。


 だが中等部の頃からずっと同じクラスだったこともあって、その点は煌輝も腐れ縁にしては出来すぎているなと密かに思っていることだった。主に作為や悪意的な意味でだが。


「今年もクラスメイトとしてだけでなく、パートナーとしてもよろしくお願いするわ」


 何気なく言われた挨拶に、煌輝は少し拗ねたような表情でそっぽを向いた。


「お願いするわって、何度も言うが……俺らは相性が悪いだろ」


 別にウマが合わないと言いたいのではなく、能力者としての相性の悪さを指摘しているのだ。


 煌輝の能力は火と氷に対して脆く、“氷雨の魔女”の二つ名を持つ氷月琴音は、読んで字のごとく氷を操る能力者である。単なる属性での相性でいえば最悪だといっていいだろう。


 この学科は国家魔導師を目指すための教育機関というだけでなく、自身の能力の制御や卒業後のビジネスパートナーを探す場でもある。


 その中にはもちろん能力相性の良さも含まれているわけで、組むなら誰でもいいというわけではない。


 植物を操るというかなり特殊な能力を持つ煌輝は、相性が良いパートナーを探すのも一苦労であり、ましてや自分が琴音に相応しい能力者だとは微塵も思っていなかった。


 組むことになった経緯については色々とあるのだが、煌輝自身が未だに納得できていない面も少なからず残っているのだ。


 不機嫌そうに窓の外を眺めるそんな煌輝を見て、琴音は彼の耳元へと顔を近づけ蠱惑的に微笑みながら色っぽく囁いた。


「まだ体の相性はわからないじゃない」


 予想外の返答に席から立ち上がってしまうほど驚く煌輝。

 

「の、能力者としての話をしてるんだよ……! 俺じゃ氷月の足を引っ張るだけだし、お前は他の奴と組んだ方が良いって何度も言ってるだろ」

「何か後ろめたさを感じているのなら、そんなこと気にしなくていいのよ?」


 どうしてそんなことを言うの? と言いたげな表情で琴音が上目遣いで小首を傾げた。


 その仕草が綺麗な見た目に反して妙に可愛く見えて、煌輝は思わず目を逸らしてしまう。


 琴音は不思議そうな表情をしたまま、今度は顔を近づけて下から覗き込んでくる。


「私は別に能力の相性で選んでるわけじゃないの。貴方と居るのは気が楽だし、仕事もやりやすいもの」


 不意に香る女性特有の甘い匂いと声音に陶酔感を覚え、今度は顔が熱を帯びてくる。


 琴音が少し前かがみになっていることもあって、制服の胸元が弛んでおり中が見えてしまいそうになっていた。


「……冗談で言ってるなら笑えないぞ」


 制服の隙間から見える谷間に目のやり場に困っていた煌輝は、自分でも顔が赤くなっていることを自覚しつつ、恥ずかしさのあまりつい突っぱねるように言ってしまった。


 だが、


「これは本気よ? だからこそ、わざわざ私から貴方をパートナーに誘ったんじゃない」


 煌輝が国家魔導師に合格したのは去年の冬だが、それよりも前から二人はビジネスパートナーとして組んでいた。


 互いに同じ中学の顔見知りであったことが最大の理由だと思っていたが、共に時を過ごしていくうちに最近になってどうもそうではないことが判明してきた。


 早い話が『気を遣わなくて済む相手』というのが、彼女がパートナーを選ぶ条件としての最優先事項だったらしい。


 要は誰でも良かったんじゃないかと余計に不機嫌そうにする煌輝を見て、それに、と琴音は一度言葉を切って椅子に座り直す。


 そして人差し指を唇に当てながら再び蠱惑的に微笑んだ。


「何より貴方は弄りがいがあって飽きないもの」

「それが目的か……」


 魔女の類を彷彿とさせる笑みに、これが彼女の見せる一番の笑顔であることを知っている煌輝は再び唇を歪ませた。

 半面で彼女の返答は何かをはぐらかしているようにも思える。しかしそれはお互い様であり、煌輝自身が割り切っていることでもあった。

 言えない事情の一つや二つはあるものだと。たとえそれが命を預け合うパートナー同士であっても、だ――。

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