第二章 第7話
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煌輝はそこで国家魔導師を育成するための魔導科に在籍し、資格を持ちながらも能力者としてはやや落ちこぼれ気味な生徒として有名であった。
魔導犯罪の増加に比例するように能力保有者の人口が年々増加傾向にある昨今では、法令により十二歳から毎年ごとに能力の有無についての定期検診が義務付けられている。
それにおいて検査に引っかかった者は、強制的に魔導学科のある学校へと入学――あるいは転入を余儀なくされている。
各都道府県に二校ずつ魔導科は存在し、そのいずれもの敷地内には廃墟やショッピングモールを模した広大な訓練施設が建ち並んでおり、とても中高生の通う学園とは思えない外観に思わず足を止める者も少なくない。
煌輝が初めてこの学園に訪れた際もあまりの異様さに目を奪われたものだ。
校門を抜けた先には色鮮やかに咲き誇るチューリップの花が校舎まで続き、花が風に揺られる様はまるでこれから入学する新入生を祝福して踊っているようだった。
そんな煌輝も今日から高校二年生。
今日は始業式ということもあって昇降口付近には多くの生徒が集まっていた。どうやらクラス分けの紙を確認しているらしく、どの生徒も神妙な面持ちである。
自身のクラスだけ確認した煌輝は、その横をさも興味もなさそうに通り過ぎ二学年の教室へと向かう。
「あっ――草摩君だ!」
「今年もよろしくねー!」
「今年こそ一回くらいは一緒に組んで欲しいなー?」
「あ、ああ……?」
魔導科の教室に入るなり女子生徒たちに話しかけられた煌輝は、突然だったこともあって驚いて声を上ずらせる。
何よりも驚いたのは、この少女たちが誰なのかを覚えていない自分にだった。
今年も、ということは去年も同じクラスだったのだろう。思い返してみれば確かに知った顔ぶれなような、やはり知らない人のような――煌輝の記憶は曖昧なものだった。
「やったー! 約束だからねー!?」
「え……? ちょ……」
返事をしたつもりはなかったのだが、どうやら勝手に約束を取り付けられてしまったらしい。
弁解をする前に女子生徒たちは立ち去ってしまい、一体何の約束をしたのかも理解できないまま口をポカンとさせる。
呆気に取られている煌輝の背に声が掛けられたのはその直後のことだった。
「そんな所でぼーっと突っ立っていられると、教室に入れないのだけど」
感情がこもっていないような、無機質な声音。
その声に煌輝が反応するよりも早く、周りにいた男子生徒たちが感嘆の声を漏らす。
「来た! 俺たちの女神!」
「今年も
「生きてて良かったー!」
男子生徒たちがハイタッチやガッツポーズを決めるなか、煌輝の顔は引きつっていた。
恐る恐る振り返ると、やはり――予想していた通りの人物の姿が目に映る。
「また……お前と同じクラスなのか……」
艶やかな長い黒髪。全てを見透かすような瞳。きゅっと結んだ小さな唇。
凛々しい顔立ちからは若干感情が乏しい印象を感じるものの、彼女の大人びた顔立ちが美人であることに変わりはない。
雪のように白い肌は黒髪と相まったことでより際立って肌を白く見せていた。服の上からでもそれなりにわかるほどのプロポーションは実に高校生離れしている。
彼女の名前は
「おはよう草摩君。相変わらず愛想のない顔ね。それと任務お疲れ様」
楽しげな口調とは相反して、彼女の表情から感情を読み取ることはできなかった。
煌輝とは中学時代からの同級生であると同時に、国家魔導師としてのビジネスパートナーという間柄でもある。
「もう少し笑うだけで、大抵の女の子は卒倒するかもしれないというのに。勿体無いわ」
やたらと余計な一言を口にするのが彼女の悪癖でもあるのだが、それは相変わらず健在なようだ。
草摩の人間は代々、男性なら眉目秀麗。女性なら容姿端麗と謳われ“華”の一族と称されるほど容姿に優れている。
煌輝もその例外に漏れず、母親譲りの中性的な顔立ちはどこを歩いても人の視線を引くほどで、琴音の言い分は概ね正しかった。
「愛想がないのはお互い様だろ。その台詞、そっくりそのまま返してやる」
朝から余計なことを言いやがってと、煌輝は深くため息をつく。
「あら、それは心外ね。二言目は褒めたつもりだったのだけど。でも私のことを世界一可愛いと言ってくれたことだけは素直に受け取っておくことにするわ」
そんなこと一言も言っていないんだが、と言い掛けて煌輝は口を紡ぐ。
新学期早々任務に出動したこともあって既に疲れており、これ以上余計な体力を消耗したくなかった。
なのでそのまま無言で自分の席へと向かおうとするが、琴音は当然のようについてくる。
「どうしてついてくるんだよ」
「仕方ないじゃない。席が隣にあるんだもの。それに省エネモードに入っても無駄よ? 貴方がいくら黙っていようと、私は貴方に延々と話し掛け続けるわ」
ふふ、と楽しそうな声を漏らす琴音に、思考を見透かされていた煌輝は唇を歪ませた。
それが彼女の冗談であり本気でもあることがわかっていることもあって、煌輝もそれ以上は何も言わなかった。
「ところで草摩君、知ってるかしら。ついさっき特区のど真ん中で季節外れの花火を朝から打ち上げた馬鹿な人がいたそうよ」
思わぬ発言に煌輝の視線が琴音の方へ向いた。
彼女はそれに合わせてスカートとハイソックスの間から真っ白な太ももをチラつかせるように足を組む。
それを思わず目で追ってしまった煌輝は、自身が視線を誘導されていたことに気が付き少し顔を赤らめた。
「ち、近くにいたなら助けろよ……!? 何のために連絡したと思ってるんだ。こっちはおかげで酷い目にあったんだぞ」
「あれは救援が欲しいという主旨のメールだったの? てっきり私に愛の告白をしたいのかと思って断りの返事に悩んでいたのだけど」
どうして断られることが前提なのかは置いておくとして、確かに煌輝は日時と場所しか指定しておらず具体的な内容は書いていなかったことを思い出す。
誤解されてもおかしくない文面だったのは認めるしかないが、それでも長年やってきたパートナーとしてはわかって欲しいところである。
「それに今どき告白する場所をメールで指定をするのはどうかと思うわ。私現代っ子じゃないもの。せめて手紙か電話じゃないと受け付けたくないわね」
「お前に電話しても出ないからわざわざメールにしてるんだが……」
「だって草摩君の番号を登録してないもの。知らない番号は基本的に出ないことにしてるの。なんだか怖いじゃない」
「登録しろよ!? 何年パートナーやってると思ってるんだ!」
「彼氏みたいな言い方はやめてもらえるかしら。いくら草摩君の顔が他より一際良くても、さすがに鳥肌が立ってしまうわ」
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