第6話

「まあいいわ。とりあえずそれを早くこっちに渡してくれるかな。あとはこっちでやるから、君は邪魔だからもう帰っていいよ。事後報告はそっちで上手くやっておいて」


 少女は銀色の髪を揺らしながら煌輝の目の前まで歩み寄ってくると、爆弾を強引に奪い取った。


 ……はぁ? と素っ頓狂な声を心の中で上げ、口をポカンと開けて呆然としてしまう。別に爆弾が欲しいわけではないが、なぜか悔しい。


 確かに少女から見れば手際が悪く見えたのかもしれないが、初対面の人間を相手にここまでキツイ言い方をしなくてもいいのではないかと文句の一つでも言いたくなる。

 

「一応この列車、まだ走行中なんだが」

「それがどうしたの? もしかして止まらなきゃ降りられない人?」


 この少女は一体何を言っているのだろうかと、煌輝は唇を歪める。

 日本の列車は、普通止まってから降りるものだ。まさか怪我を覚悟で飛び降りろとでも言いたいのだろうか。


 別に走行中の列車から飛び降りられないわけではないが、できることなら止まってから安全に降りたいと思う煌輝の意見は至極当然と言える。


 しかしいまさら少女を残して逃げるわけにもいかず、煌輝も腹をくくってこの場に残ることにした。


「それより爆弾をどうするんだ? もうすぐ爆発するぞ」

「それを今から考えるの。今すぐ降りないなら少し静かにしてて」


 残念ながら少女にもこの爆弾を短時間の間に解体することは困難なようで、注意深く観察しながらどう処理しようか考えているようだった。


 考えてみれば少女がここへ到着したときには既にタイマーは三分を切っていたのだから、どっちにしろ国家魔導師が駆けつけてからでは間に合うかどうか怪しい。


 むしろテロリスト側が、到着した国家魔導師を道連れにするために意図的にタイマーを設定していた可能性も考えられる。


 刻一刻と迫る起爆時間に煌輝が不安気に少女の様子を窺っていると、


「仕方ない」


 少女は天井に向かって右手を掲げるなり――屋根を一瞬で吹き飛ばし、大きな穴を開けてしまった。


 おお、青空が見える……! なんて言ってる場合ではない。


 できる限り被害を最小限にしようと、丁寧かつ慎重に事態を進めていた煌輝としては信じられない光景だった。


 この少女は到着してからというもの一分も経たないうちに連結部分を切り裂き、列車をひしゃげて窓ガラスを全て割り、挙げ句の果てには屋根まで破壊したのだ。こんな救助方法があっていいのだろうか。


「お、おい! なにしてるんだ!? これ以上物を壊す必要はないだろ!?」

「これは必要なことなの。爆発して大きな被害を出すよりマシでしょ」


 確かにそうかもしれないが、あまりに自身のポリシーからかけ離れ過ぎた行動を目の当たりにして言葉が出ない。


 その一方で、これまでの一部始終を見た煌輝は目の前にいる少女が“風”を操る類の能力者ではないかと冷静に分析していた。


 吹き荒れた暴風によって砕けたガラス片や金属の中には、まるで刃で斬られたように断面がツルツルしているものがある。それは自然の力では到底あり得ない人工的なものだった。


 もし本当に風を操れるのなら、極端な話ではあるが爆風そのものをどうにかできるのかもしれない。


 どっちにしろ今の煌輝に爆発物を処理できる術がなく、少女の手に全てを委ねるしかない。


 何より爆発物を見つめる少女の目に迷いがなく、成功を確信しているかのような、とにかく自信に満ちあふれているのだ。


 そうこうしているうちに、爆発まで二十秒を切った。


 一体どんな方法で爆弾を処理するのか、煌輝は不覚にも期待に胸を躍らせてしまう。


 ふぅ、と息を吐いた少女は、自分に言い聞かせるように呟く。


「私はこんなところで死ぬわけにはいかないんだから」


 覚悟を決めた様子で、場の空気が一気に張り詰めて緊張感が煌輝にも伝わってくる。


 少女を中心に緩やかに風が舞い、髪が靡く。


 固唾を呑んで見守る中――少女は爆弾をポイっと上空へ投げた。


 まるでゴミをゴミ箱に捨てるように。割と乱暴に、ためらいもなく。


 投げられた爆弾は勢い良く高く舞い上がり上昇を続ける。やはり風を操っているようで落ちてくる気配はない。高度的にも周りの建造物に被害が出る心配もなさそうだ。


 みるみるうちに小さくなっていく爆弾はやがて、眩く閃光すると黒い煙が青空を隠し、大きな爆発音が大気を揺らした。


 あまりに雑過ぎる爆弾の処理方法に煌輝は絶句する。


「…………」


 もちろん煌輝には爆弾をあんなに空高く放ることはできないが、仮にヘリコプターが飛んでいたら彼女は一体どうするつもりだったのだろうか。


 思いのほか爆発の規模が大きかったことにも驚く煌輝は、一か八かで抱え込まなくて良かったなと心底思う。ましてや窓の外に投げ捨てていたら大惨事になっていただろう。


 一時は胴体が繋がったまま降りられないんじゃないかと考えていただけに、この窮地を救ってくれた少女には感謝の言葉の一つでも述べるべきなのかもしれない。

 そんなことを考えていると――


「君、成守なるかみ学園の生徒だよね? 名前は?」


 列車を止めて運転席から戻ってきた少女は、凛とした眼差しで煌輝を睨みながら聞いてきた。まるでこれから取り調べでも行われそうな雰囲気だ。


「なぜそれを聞く必要がある。答える義務はないと――」

「いいから答えて」


 ――前言撤回。直ぐにこの場から逃げよう。


 そう思ったのも、この少女が面倒くさい人間であることを本能的に感じ取ったからだ。あいつと同じ匂いがすると――。


 それにこのまま警察やらに聴取を受けるのは非常にまずい。そして始業式に遅れることはもっとまずい。


「お、俺は――」


 口を開いたと同時にゆっくりと列車が止まると、異様な雰囲気は消え失せ代わりにたくさんの警察隊が押し寄せてきた。


「大丈夫ですか!? 現在の状況は!?」

「主犯格と思われるテロリストは拘束済みです。命に別状はありません。後続の車両は一般乗客が多数乗車していたため、安全性を考慮し途中で切り離しました」


 ハキハキと答える銀髪の少女に、警察官たちは目を奪われていた。


「詳しい話はここにいる――ってあれ!? どこいったの!?」


 銀髪の少女が話を長々としている隙を突いて、煌輝は列車をこっそり降りていた。

 色々と知られてはいけない事情もあって、警察の厄介になるわけにはいかなかったのだ。


「待ちなさい! 怒らないから戻ってきなさい! 待ちなさいってば――ッ!」


 かつて、そう言って怒らなかった者を煌輝は知らない。

 呼び止めの声を背に、今のは全部聞こえなかったことにして煌輝は学園へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る