第4話


 途中何度かテロリストと遭遇したが、先の者と同様に植物の蔓による奇襲が効果を十全に発揮し、相手は為す術無く捕縛されることとなった。


 そんな攻防を繰り返しているうちに、相手の目的が何なのかハッキリしないまま先頭車両の扉の前まで辿り着いてしまったが、この際それはもう諦めることにする。


 このまま事なきを得ればよかったのだが、そうもいかないようだ――。


 二号車両側の扉から先頭車両の様子を覗きこむと、主犯格と思しき人物が運転席で列車を操縦しているのが見えた。


 他に人の気配はないようだが、狭い車内では隠れられるような場所もないため相手に気づかれずに接近するのは難しい。


 そう考えた煌輝は、先手必勝と言わんばかりに、大胆にも先頭車両の扉を一気に開け放って攻撃を仕掛ける。


 黒い薔薇を一輪手に持ち、それを手裏剣のようにして投擲した。


「――誰だッ!!」


 煌輝の侵入に気が付いた男は、振り向きざまに手の平から炎を顕現させて解き放つ。ろくに相手の確認もせずに攻撃するのはどうかと思うが、その行動は結果的に男にとって最速の防御となった。


 黒い軌道を描いた薔薇は炎に触れるなり瞬く間に発火し、惜しくも男の眼前で燃え尽きる。


 この一瞬のやり取りだけで相手の能力が炎であること、そして火力もそれなりに高いことを知る煌輝だったが、それは想定内のことでもあった。


「――ッ!?」


 解き放たれた炎そのものをブラインド代わりにして、煌輝はタイミングをずらすようにして黒い薔薇をもう一輪放っていたのだ。

 相手に再度炎を放つ余裕はなく、今度こそ顔へ突き刺さるかに思えたが、テロリストの男は間一髪のところで首を反らし攻撃を躱してみせた。

 

「……やってくれるじゃねえか……!」


 顔に怒りの色を滲ませた男は低く唸る。

 頬には真新しい一筋の赤い線が入っており、それは煌輝の黒い薔薇の攻撃によるものだが、致命傷には程遠い。


「発想は悪くなかったが、相性が悪かったな?」

「そうみたいだな」


 嘲笑うテロリストに対し、煌輝も苦笑いするほかなかった。


 煌輝にとって火を使う能力者は最も苦手とする相性の一つだ。そして火はアジア圏で能力者が能力に目覚めた場合に最も多い性質の一つでもある。


 そのため炎の壁が張られることをある程度想定しての二段攻撃だったわけなのだが――どうやら相手の方が一枚上手だったようだ。


「うちの荒くれ者共はどうした」

「全員拘束させてもらった。お前もこのまま大人しく投降してくれないか。これ以上手荒な真似はしたくない」

「国魔師の分際で図に乗るなよ。これが何なのかわかるだろ?」


 カチカチと音を鳴らした、見慣れない小型の黒い物体のディスプレイには数字が示されており、その数字は着々と数字を減らしていた。


「時限爆弾!? 自爆するつもりなのかお前らは……!」

「最初からそのつもりだ。さてどうする。爆発する行く末を一緒に見守るか、ここで今直ぐ死ぬか。選べ」


 今ここで爆発してしまえば列車はおろか、辺りの交通機関にも被害が及びかねない。


 ――ここで今すぐ命を絶つより、少しでも時間を稼いで希望を繋ぐ方がいいだろう。


 爆弾に手を翳す男の選択に、煌輝は降参と言わんばかりに手に持っていた薔薇を名残惜しそうに放り投げる。


 余念がないのか、落ちた薔薇目掛けて男は直ぐに炎を放ち、薔薇は火に焼かれ灰と化した。


「植物を使う能力者のようだが、どうやら“難攻不落の城塞アブソリュート・クラッド”でも“東洋の彼岸花ナイトメア・リコリス”でもないようだな。死に目にどちらかを見ておきたかったが、それは諦めることにしよう」


 有名な二つ名を口にする男はそう言いながらもどこか安堵の表情が見て取れる。


 それもそのはずだ。もしその二人のいずれかがこの場に居たなら、テロリストはおろか車両ごと消し飛ばしていたのかもしれないのだから――。


 しかし煌輝には車両を破砕する力も、人を殺めるだけの殺傷力すら能力に備わっておらず、下手をすると資格を持たない能力者にすら負ける可能性すらあった。それが今のこの状況を招いた。


 走路をタイヤが荒立たしく走る音が響く車内で二人はしばらく対峙したまま睨み合っていたが、少しでも時間を稼ごうと煌輝は訊いても無駄だとわかりつつもテロリストに問う。


「どうしてこんな無意味なことをするんだ。罪のない民間人を巻き込むな」

「無意味? これは危機意識の低下した国へのれっきとした抵抗だ」

「抵抗だと? このふざけたテロ行為がか?」

「ふざけてなどいない! 国はもっと強く在るべきなのだ! この国は……脆弱過ぎる!」

「力を持ったからって何になる。お前のやってることは、ただ弱者に力を振るっているだけだ」

「これは見せしめだよ若造。我らに力があれば、この世界を混沌へと運んだ忌まわしき“吸血鬼”共をこの世から撲滅できる」


 低く唸るように発せられたテロリストの言葉に、煌輝は息を呑んだ。


 今から約半世紀ほど前。経済事情の悪化、内政の不振、資源問題等による様々な思惑から引き起こされた世界的な戦争を機に、能力者と時を同じくして表舞台へと姿を現した、人間と似て非なる存在――“亜人種”。その一つが“吸血鬼”だ。


 吸血鬼は生まれつき強靭な肉体と治癒能力を持っており、人間の生き血を吸うことでさらに強大な力を得るとされる不老不死の怪物である。


 どうして“亜人種”ではなく“吸血鬼”と固有名詞で指したのかといえば、それは一部の国家が吸血鬼の手によって支配されているからだ。


 事の発端は亜人種側が協定を申し出たことに対し、欧州の一部国家がそれに断固拒否を示し宣戦布告もなしに事実上の戦争を仕掛けたことが起因している。


 一方的に攻撃を受ける形となった亜人種側だったが、それが吸血鬼の中でも“真祖”と呼ばれる王の逆鱗に触れたことによって形勢は逆転。


 人間側は慌てるようにして最新鋭の兵器投入を試みるも全く通用せず、異能の力を操る能力者ですら吸血鬼を前に手も足もでなかった。


 欧州の一部地域はたったの一夜にして焼け野原と化し、あっという間に領土を奪われた。


 しかし、それもそのはず――何せ彼らもまた異能の力を扱っていたというのだから、人間如きでは敵うはずもなかったのだ。


 衝撃的な史実と恐怖が刻まれ、あまりの怪物性に人々は亜人種の中でも特に吸血鬼ばかりを忌み嫌うようになり、それは半世紀経った今でも人々に遺恨を残している。


 だが煌輝が息を呑んだのは吸血鬼に対してではない。それを滅ぼさんとするテロリストの思想にだった。


「そんな必要はない。他の国の吸血鬼や亜人種は知らないが、少なくとも日本に居る奴らはこちらから危害さえ加えなければ何もしてこないだろ」

「それは単なる奴らの気まぐれだ! そんな怠け腐った思考をしているから亜人種共に足元をすくわれるのだ!」

 

 日本に存在する亜人種は温厚な性格の持ち主が多いのか、積極的に領土を奪うといった行動は取らなかった。


 しかし今まで存在が否定されていたはずの、伝説やお伽話の産物とされていた亜人種は、島国であるこの日本にも数種類の存在が確認されている。


 それはつまり普段はその正体を隠して人々に混じって溶け込んでいるということで、ヒトと全く区別がつかないということでもある。


「すくわれるって……人間もそこまで捨てた生き物でもないと思うんだが」

「ならこの特区はなんだッ!! 列車の外を見てみろ! 何が見える! 俺の親は――二十年前、この地で吸血鬼に殺されたんだぞ!」


 憎しみのこもった叫びが車内に響く。

 煌輝は視線を外さず、相手の目を見つめたまま暫し思考を逡巡させる。

 窓の外に広がるのは真新しい綺麗な町並み。

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