密閉

チタン

第1話

 暑い……暑過ぎて死ぬ。


 大袈裟おおげさな話ではなく、このままだと間違いなく絶命すると「わたし」は直観した。


 遡ること5分ほど前、わたしは不意に目を覚ました。なによりも先に感じたのはこのであった。

 

 周囲を見渡そうにも、体は少しも動かなかった。意識を失っているうちに、わたしの体は運動機能すら維持できないほど致命的な状態に陥ってしまったようだった。

 ただ体の右側に感じる硬い感触が、自分の体が床に横たわっていることを認識させた。


 目をらしてみる。だが眼前には、ただただ真っ暗闇が広がるばかり。どうやら、ここは密閉された室内らしいことが分かった。

 次に耳を澄ましてみるが、物音一つ響いてこなかった。

 

 状況は考えていた以上に深刻だった。


 しかし、幸いにして意識はハッキリしている。

 一度、状況を整理しよう。

 ここは密閉された室内で、照明の類も空調の類も作動していない様子である。

 加えて、わたしは寸分も動くことは出来ず、人の気配はなく助けが来ることも望めない。


 わたしはふと自分の半生を回顧した。

 生まれてこのかた論理的な思考には絶対の自信を持っている。これまでも周囲から、そうした論理的思考を求められてきたし、それがわたしの存在意義とすら感じていた。

 その頭脳が導くところによれば……、これは詰んでいるのではなかろうか?


 そういえば、人間は長い時間高温下にさらされると体温上昇による熱失神を起こし、より症状が進行すると脳が機能不全を起こしてしまうと聞いたことがある。わたしの体はそれと似た状態に陥っているのだろう。

 そして、その先に待っているものは、つぶさに想像してみるまでもなかった。


 状況が絶望的なせいか、思考まで悲観的になる。


 いや、諦めてはダメだ!

 何かないか、助けを呼ぶ方法は?

 ここから出る方法は……?


 考えれば考えるほど、頭の中は焦燥と不安、死の恐怖に飲まれていく。

 そうするうちに思考は朧げになっていった。途絶えそうになる意識のなか、わたしは自分の運命を呪った。


 自分のことを論理的と自負していたわたしが、最期の最期に考えることが「運命」などという非論理的な事象だとは!

 あまりにも皮肉なことだ。


 ♢♢


 作業着を着た男が扉の横のボタンを押した。ギーッと音を立てて鉄の扉が開いていく。開ききると、男は部屋の中へ入り、照明の電源を入れた。その後に男の同僚が続いた。


「なんだこりゃ、酷い暑さだ!」


 男は悪態づいた。


「ああー、空調が止まっちまってるみたいだなぁ」


 同僚が冷静に空調の操作盤を確認しながら言った。どうやら、空調が故障してしまったらしいと同僚は告げた。


「参ったな、この倉庫には熱に弱い機器も多いってのに」


 そう言いながら周囲を確認すると、整頓された機器類のなかに、一体のアンドロイドが床に放り出されていることに気づいた。

 

「あちゃー、ダメだな、こいつは。完全に熱でCPUがイカれてやがる」


「しかも、そりゃ2040年製の最新モデルじゃねえか」


 男と同僚は、自社が扱うほぼ全種類のアンドロイドのスペックと価格を把握していた。


 それは勿論、足元に転がっている最新鋭機についても同様で、この機種が人間と同程度の思考を行うこと(といっても、すでにそれは不可能なわけだが。)、そしてこの鉄屑に成り果てた人形にどんな天文学的価格がついているかも当然知っていた。


 その価格が、二人の10年分の収入を合わせても、払いきれない額であることを考えると、二人は血の気が引く思いだった。


「おいおい、最近機種は危険が迫ったら自動で再起動するんじゃなかったのかよ」


「いや、ログを見ると再起動はしたっぽいぜ。そのときにはもう、ボディとCPUのコネクションが切れちまってたみたいだな」


「クソッ、それじゃあセーフティ機構の意味ねぇじゃねえか!」


 やりどころのない怒りから、男は動かなくなったアンドロイドをつま先で蹴飛ばした。


 反応はない。


 二人は横たわったアンドロイドのを横目に、上司にどう言い訳するかを相談し始めた。

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密閉 チタン @buntaito

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