File-09『昭和三十九年八月八日③』
結局、飛びかかる〈
「意図的に仕込んだ
黒い水銀にも似た、きらきらとした液体で満たされた水面にはゆっくりと波紋が広がり、突き刺さったメスの光を増幅していく。幻影で構成された〈
四人の〈
「ふう。さすがに疲れたあ。四人同時なんて、やるものじゃないよねえ。ねえ?」
眉間に皺を寄せて、
つまらない思考と入れ替わりに、急激な眠気が少しずつ
スーツに染み込んでくる水は背中から熱を奪い、意識は遠くなっていく。
能力を使いすぎたのか。
ブラウン管が消えるように、薄暗い世界が急速に明度を落とし、
†††
いろんなひとのいろんなことは預かったものだから、持ち主へ返したかった。
わたしの頭の中にはいろんなことが詰まってて、不気味に光る液体の表面をスクリーン代わりにして、映してみたりする。
でも、まがいものでしかないから、いろんなことはずっとわたしの頭の中に置きっぱなし。
鏡のような刃で切り裂かれるまでは、わたしが殺した屍体へお帰りにならない。
月の光に照らされて、浮かび上がったのは昔のわたし。
わたしは時限爆弾のような「何か」を抱えてしまったから、もう歩けなくて、此処に立ち止まったまま、殺し続けるしかない。〈
昔のわたしに植え付けられた
時間はどんどん流れてしまうから、昔のわたしに触れることはできない。
昔のわたしは少しだけ、泣いてた。
それは、ほんの一瞬のこと。
誰かのことを照らし出すことを止めた暗い水面に浮かび上がっているのは白い月。
偽物の月を映し出したのは、包帯と呪符で縛り付けられ、干涸らびて無表情な顔。
これは、わたしだ。闇病院の実験体。人体改造の〈特殊娼婦〉としては幼すぎたから、代わりに脳髄に
†††
意識を取り戻した
月?
閉鎖された地下に月の光が射し込むはずはないのに。ましてや、今日は新月だ。
そう考えた途端に、月の光は消えた。
「気のせいか……」
周囲を見回し、自分自身の姿を確かめると、
ふと、腕時計に目をやると、7時を回っていた。予想通り、夕方までに片をつけることはできなかったのだが、この街に入って既に6時間も経過していることは予想外で、時の流れる速さ――そのものが違うような錯覚すら覚えた。
「ごめん。ちょっと暴れすぎたかも」
意識を取り戻した
「でも、前に桐ちゃんと会った時は、もっと普通だったんだよね?」
珍しいことは数秒も続かず、続けて
新宿で出会った時よりも「本人らしさ」の再現率が低かったのは、〈
「それにしても、あの娘の進化は予想以上に早いわ」
しかし、二度目の〈
「それは、誘い込んで喰らうためでしょ。喰らう理由? 〈
周りを見回せば、誰が組んだのかは知らないが、目の前に縄紐と呪符で簡単な結界が組まれていて、湿気を吸い込んだ紙製の呪符がだらしなく垂れ下がっている。
意識を取り戻した後も、
やがて立ち上がる気力を取り戻すと、瓦礫だらけの広間から派生するいくつかの地下通路を見回ったが、どれも完全に浸水していた。さっきの看板に「急激な老朽化」と書かれていたことを考えると、地盤沈下で地下水が溢れ出した可能性もある。
「月の満ち引き……まさかな」
壁や柱には焦げた痕がそのまま残っていて、昭和27年に
「
「桐ちゃんが覚えていないことを、
「確かに、その通りだ」
そして、片隅にうずくまる不完全な影を見つけた。
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