File-05『昭和三十七年八月七日③』
夢の島――14号埋立地にほど近い、
戦争中は陸軍工廠――
しかし、実際の住人に満州からの引揚者がどれだけ残っているのかは、誰にも分からない。キャスリーンとキティの二大台風で高層アパートは崩壊し、多くの住人は
そもそも、軟弱地盤の埋立地に高層アパートを建てる無謀も、公安警察の監視上の都合でしかなかった。満州引揚者の中に、中共と内通する者が紛れ込んでいたからだ。
台風で廃墟と化した後は朝鮮戦争景気に便乗し、陸軍工廠跡地に転がっていた廃材を漁っていた難民たちがアパート群の周辺を取り囲み、寄生するようにスラムを作り上げ、そのまま住み着いた。
スラムは違法建築を繰り返しながら増殖し、都の建てたアパート群や旧陸軍工廠跡も呑み込んでしまった。戦後のどさくさで、占領軍や警察に追われたBC級戦犯や共産主義者、行き場を失った外国人たちも多く逃げ込んでいた廃物の城塞は彼らの思想と貧困が複雑に入り乱れた結果、東京一の暗黒街と化した。秩序を失った街には都政の管理も行き届かず、殺人事件や火事が多発している。
そして――
「それにしても、暑いのによくそんな格好してるわね……」
遠目では目立たないが、近づくとその無頓着ぶりが目立つ。
「そういえば、前に普段着で
「せめて、髪の毛はもう少し整えなさいよ」
こういう時の
「ふん。婚期を逃した、は余計よ」
人間は日常生活を送る上で脳のすべてを使っているわけではない。ならば、その辺に
独り言を呟くように――
「ふうん、桐ちゃんはそれが〈
「〈
「〈
「
だが、思考の無精を合理的な発想と言い張るあたりは、間違いなく女だった。
城東署の警官ならまだしも、警視庁の怪異専門部署――通称〈0課〉の魔人刑事がいると厄介だな、と思ったが、午前中で引き上げたらしく、夏休みの子供たちが遊んでいる程度だった。もっとも、実況見分の大半は昨日の段階で終えているから、どっちにしても今日は再確認程度だろうとは思っていた。
「
「なによ、改まって」
仕事柄、事件の現場に来ることには慣れていた
「
「一種の具現化能力ね。喰らった
「〈
どうやら〈
「質量を帯びている、というのは……」
「幻影に過ぎない、って言ったでしょ。ま、普通に考えれば切れないはずなんけどね」
そう言いながら、
「〈
割れた鏡の断片を徹底的に磨き込んだかのように、想念で形成された小さなメスはあざやかに輝いている。
「桐ちゃんはあんまり好きじゃないみたいだけど、目覚めた〈
実験体の脳髄に植え付けられた〈
ほとんどの場合は何も出てこないし、殺人現場の記憶を取り込むのは、同時に他人の苦痛を取り込むことでもある。だから、
川べりという場所には不似合いな輝きを放つメスがゆっくりと空間を切り裂いていくと、空間に残されていた記憶がわずかな塵となって漏れだした。残留思念には若干の経年劣化があったが、
傍目には一人の男がぼんやりと川べりに佇んでいるだけだが、その意識下では慎重な共同作業が進められていた。切断面から漏れた残留思念を回収すると、作業は次の段階へ進む。
ゆっくりとコマを送りつつ、焼き付けたフィルムに〈
しかし、浮かび上がってきた映像が
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