File-03『昭和三十九年八月七日①』
丸ノ内線の
昭和31年の『週刊新潮』創刊から始まった、フリーランスのライターたちが週刊誌のスクープ記事を競い合うトップ屋の時代はそろそろ終わりつつあるが、時代の流れに乗り損ねた同業者たちを尻目にさっさと通俗小説家へ転じた〈師匠〉は仕事にあぶれたトップ屋たちをデータマンとして雇い、月千枚前後の執筆量を維持していた。
本職のトップ屋だった彼らにはそれぞれ得意とする領域があり、経済、政治家や芸能人のスキャンダルを狙い撃ちするのだが、〈師匠〉はそれを実話仕立ての通俗小説にすることで一般大衆と共有する。
そんな業界の古株である〈師匠〉は、戦前から
「それは〈師匠〉がおれを実験台にしようとした頃ですね」
「てめえ、まだ怒ってるのか」
七階の一室にある「事務所」で、あからさまに不機嫌な
終電で
しかも――第一声が「昨日、
いったい、何がどうなっているのか。聞き返す気力も考える気力もない――昨日、新宿で会ったはずの
渡された朝刊の片隅に、
顔写真もないベタ記事だが、屍体が見つかったのは江東区砂町、小名木川の川縁――絞殺屍体で、死後一ヶ月以上経過だって?
バンドから足を洗った
「6月14日……
昨日の呑み代になったレースだが、
「まあ、それだけだったら、面白くもなんともない事件だがな」
確かにその通りだったし、〈師匠〉が
「検死の結果、脳の一部が欠損していたのさ。削り取られている、というか……消滅していた」
「消滅?」
「そうだ。ロボトミー手術じゃあるめえし。それでいて、直接の死因は
二人とも首を傾げ、困惑の表情を浮かべていた。確かに、死んでもカラスしか泣かない――親不孝のろくでなしだが、ずいぶんと猟奇的な事件に巻き込まれたものだ。
「ペイと殺人は関係ないでしょう」
「どうだろうな」
〈師匠〉は
元々、
「万が一、何かあったとしても、〈師匠〉のネタにはならないと思います」
「そんなことはないぞ。今は使えなくても、〈あちら側の領域〉にある事件なら近い将来、必ず役に立つ。時は世紀末だ。あと数年もすりゃ、高度成長幻想の反動で幻想と怪奇の一大ブームが来る。その時、お前のネタが役に立つのさ。だからいいネタがあったら教えろよ。あと、警察には教えるなよ。いずれ、お前のところにも事情聴取に行くとは思うがな。ま、その前にオレが事情聴取ってわけだ」
自分で書くより、ネタを端金に換える方が性に合っているが、こうもあからさまに言われると胸くそが悪い。
「決めた。このネタ、オレも付き合うぜ」
「帳尻合わせはおれの得意技だぞ」
「ひとりで行きたいんですよ」
「……何かあれば、電話します」
小声で追い打ちをかけると〈師匠〉は
「すまんな、どうも、昔の癖が抜けなくてな。でも、ネタを独り占めして、どっかに売り込むんじゃねえぞ」
「そんなことしたら、簡単に足がつくでしょうね」
「当たり前だ、お前、オレが何社と仕事してると思ってんだ」
捨て台詞代わりのさりげない恫喝。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます