『鏡の中にある如く/Profit in a mirror』
File-01『昭和三十九年八月六日①』
これは、もうひとつの
解読表を持つ者だけが、真の『空想東京百景』を視る――。
†††
それは、あたしが生まれる前の夏のことだ。
夏の
そっか、建物を焼き払ったから、今度はひとを塩の柱に変えたんだな――。
1945年8月10日の朝、空襲警報が発令された。
しかし、
そして、午前8時15分──
ウランでもプルトニウムでもなく、呪詛毒――〈無限に連鎖していく死〉を撒き散らす、最新鋭にして非人道的な〈
しかも、ベルリン陥落で手に入れたアメリカは、黄色い猿だけを効率良く抹殺する
やがて、真っ白な地面を雨が洗い流すと廃墟の街にはいろんな奴らがやってきた。
家族を新型爆弾で失った復員兵、地方へ疎開していた人々……みんな、駅に着くと呆然と立ちすくんでいたが、次の瞬間には飢えと乾きに突き動かされて――互いに騙し、奪い、殺し合っていた。そうした騒乱の中で、殺人鬼の血――異能に目覚めるやつもいた。
ぼろぼろの手ぬぐいを口元に巻き付け、開きかけた地獄の蓋をマツリカは歩いていた。
東京の上空で新型爆弾が炸裂した日から、マツリカはひとりで歩いている。
街には〈生き腐り〉と呼ばれる連中が溢れていた。
新型爆弾の閃光を浴びても、塩の柱になれなくて、死に損なったひとたちは、道端に横たわり、腐り果てるのを待ち続けています。
塩と一緒に撒き散らされた呪詛毒が、皮膚の柔らかいところと臓腑から腐敗させていく。
閃光の直撃を免れた連中の口はいつも半開きで、爛れた死臭を吐きながら、弱った心臓だけが時を刻んでいた。チック、タック、ツー、チック、タック。
救援部隊の中にも死臭を吸い込みすぎたのか、肺を病んで死んだ兵士がいたという噂を聞いていたから、
だから、手ぬぐいを顔に巻き付けていた。
秋が終わる頃、NBCC――連合軍新型爆弾調査委員会の連中がジープやトラックに乗ってやってきて、屍体と死に損ないの屍体モドキを無造作に積み上げ、何処かへ持ち去った。台風で大地の塩も流され、街を覆っていた死臭が和らいだから、
しかし、一安心したのが災いしたのか。
あたし以外の誰かが、
†††
昭和39年、オリンピックを数ヶ月後に控えた
川を埋め立て、道路を掘り返し、とどめは水飢饉。
昨日、
ということは、今日は8月6日か。
封切日にわざわざ観に行くほど、24歳のおれはスクリーンの向こうにいる2歳年上のスターに憧れ、そのスタイルを必死で真似ようとしていた。
だが、今は
不意に廊下の黒電話が鳴り、大家が扉を叩いた。
「おい、
陽気で失礼な電話の主は
協和銀行の角を曲がり、
待ち合わせ場所は新宿西口のコマ劇場だ。おれは東口の交番前で待ち合わせようと言ったが、
他人のことが言えるか。だいたい、三度の飯がちゃんと食えるようになったのも、ほんの十年前の話だ。「もはや戦後ではない」なんて言われても、あの混乱を経験した身体から死臭にも似た貧乏の匂いが簡単に抜けるわけがない。
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