File-02『矢ノ浦小鳩の口上』
行きつ戻りつのゆりかごで私たちは生きた。
1945年8月10日から1964年10月10日までの19年間を。
繰り返しの円環の中で。
†††
ほう、今日は2019年の8月10日か。
この都市は1945年――昭和20年の新爆投下から19年間、〈箱〉の中で堂々巡りを続けていたのだが、ようやく抜け出したようだね。
その代わり、私が
ふむ、新しい物語は『空想東京百景〈令〉』とな。
令和の〈令〉は、巧言令色
……ああ、『
†††
私は〈東京〉への新爆投下には居合わせていないが、8月10日は一応、誕生日ということになるから、それなりに感慨深い。
なので、少しだけ生まれた頃の与太話をしようか。
君たちが読んでいる『空想東京百景』の世界にまつわる話だ。
†††
私はかつて〈矢ノ浦小鳩〉と呼ばれていたが、この名は、昭和21年の〈東京〉で付けられた名で、本来は別の名を持つ
神仙とは、支那に住んでいた「魔女」のようなもの……まァ、八百万の神々の末裔だと思ってくれ。
〈
手引きしたのは、私より下位の俗物だった神仙〈
奴の尻尾を脳髄へ埋め込む呪術で肉体を強化された人工異能者部隊〈
間抜けな話だが、私は瀕死の脱走兵――〈
捕獲された私は、新京の関東軍防疫給水部
「〈世界最終戦争〉の役に立つ」と〈孤影〉に唆されたのだろうな。
なお、〈孤影〉――道化師のような彼女は、敗戦後ものうのうと生き延びて、〈東京〉へ辿り着いた。
私の〈
昭和20年3月10日の東京大空襲で焼かれ、建物ごと幽霊と化した〈十七號館〉は、
まったく、上手く逃げおおせたものだ。
2019年の私たちには、手を出すことができないのだからな。
†††
話を戻すと、引き渡された私は三位一体の〈トリニティ計画〉とやらで、〈甲・乙・丙〉という三つの〈
〈甲〉はもっとも優等であると同時に、人の手に余る奔放な魂魄であったから、観音像に封じ込められた。
そして、私が〈
†††
私は
しかし、昭和30年代に入って、ようやく発見され、合流することができた。
†††
残滓の〈丙〉は、無駄なものと判断され、新京の地下研究所に廃棄された。無力な幽体の状態でな。
だが、昭和20年8月9日、
地下研究所にもソ連軍が雪崩込んだが、無知無学の田舎侍どもに〈魔術的科学〉とやらの価値は分からず、生存維持装置に繋がれていた妊婦を強姦するしかなかった。
妊婦は〈
不完全な人工異能者の宿命だ。〈
そのため、生来の強化人間を作り出すための実験体〈腹貸し女〉として運用されていた。
芋虫のような異形と化してはいたが、元は美女であったから、兵士たちは代わる代わる犯し続け、全員が射精を終えた後、ようやく殺した。
†††
幽体であった私は、兵士に強姦され殺された〈鳳凰〉の胎児に憑依し、人間の姿を得た。
兵士たちは驚いたろうな。
戯れに
私は神通力で肉体を再構成したが、それでも不完全な幼女の状態でね。
それでも、高い知能と神通力は発揮していた。
加えて、向けられた殺意を反射し、八大地獄を顕現する報復で全員殺していたから、探偵時代より強かったんだけどね。
如何せん、人間性皆無の〈名前のない獣〉だった。
†††
新京の研究所を脱出した私は、
本土決戦用に〈甲〉と〈乙〉が移されたことを知っていたからだ。
長い旅の途中では、満州国に取り残された避難民……日本人の屍体を大量に見た。
川の上流から次々と流れてくるのだ。
後に分かったことだが、〈紅蝎子〉の正体は
†††
昭和21年12月、私はようやく〈旧十五区封鎖〉下の〈東京〉へ辿り着いたが、身を護る神通力を使い果たした上に、
その中心には、容貌魁偉な初代の〈
満州で助けたはずの「死にたくても死ねない男」は、魔女を探していた。
残念だったね。そいつは〈東京〉にいるけど、三分割されているから、元の姿で会うことはできないんだ。
新爆異能者や人体実験で生み出された怪物たちが入り乱れ、殺し合う宴が終わり、私は〈魔女に呪われた男〉の最後を看取った。
結局、瀕死の脱走兵を助けたことに意味はなかった。
†††
いや、まったく無意味というわけでもなかった。〈
一年以上の長旅で神通力を使い果たしていた私は、太郎字を頼るしかなかったのだが、〈名前のない獣〉に〈
まァ、私の身の上はこんなところだ。
†††
昭和20年8月10日に〈東京〉で何が起きたかは、〈
彼女は新型爆弾の閃光は浴びなかったが、呪詛に蝕まれ、数年の間、床に臥せっていた。
†††
過去の『空想東京百景』に記された人物で、〈
他にもいるとは思うが、明確に語られているのはこの四名だ。
不可解なのは、新爆投下時、
〈
詳しくは『空想東京百景』の〈V3〉で、本人が語っているが。
†††
何度も言っているが、満州帰り(?)の私は、昭和20年8月10日の〈東京〉で起きた惨劇を直接観ていない。
私が知っている〈東京〉は、昭和21年――〈旧十五区封鎖〉時代の終焉からだ。
よって、
私が矢ノ浦ビルヂングの探偵事務所を継いだのも、〈東京〉を識るためだ。
そういえば、『週刊タンテイ』編集部の若い記者からも、そのような企画を打診されていた。
後に
いや、厳密に言えば、正体不明の怪人物〈
もっとも、『週刊タンテイ』自体が〈帝都探偵組合〉の出版部門であるから、拒否する筋合いもなかった。
しかし、1964年10月10日の大量消失事件でこの私が消えてしまった。
†††
考えてみれば、桐原もかつての依頼者だ。
本人ではなく、彼の脳髄に埋め込まれ、棲んでいた
東京湾埋立14号地――〈
思うところがあるのだろう。
†††
結局、彼らのルポルタージュが、形になったのかどうかは分からない。
1964年10月10日に姿を消した私の記憶は長いこと失われていたし、新爆異能者たちが闊歩していた時代の記録も〈忘却の罠〉なる怪異が自動的に喰らって、削除していたからね。
だから、2019年の現在に至る長い長い空白が、今回の新シリーズ『空想東京百景〈令〉』で語られるのなら、それは嬉しいことだ。
まさに「神のみぞ知る」でね。
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