触らぬ神に祟り無し

文屋旅人

触らぬ神に祟り無し

「どうしよう……」

 医師は困惑していた。

 たまたま、趣味の釣りに福井県某所の海岸にむかったら、深きものどもがいた。

 のぺっとした顔のそれは、明らかな敵意を向けペタペタと向かってきていた。

 クトゥルフの熱心なファンであるその医師は、いやな予感がして手持ちの石で思いっきり殴った。死んだ。

 まさか殴っただけで死ぬとは……そんなことを思いながら、どうしようか医師は考えた。

 とりあえず、深きものどもが実在していたというだけでも大ニュースだし、人型の水生生物が存在していたというだけで、生物学的医学的に学会の寵児になること間違いなしだ。

 しかしながら、こいつを持ち帰りたくない。

 持ち帰ったら、出世栄達は約束されているが……持ち帰ったら嫌な予感がする。

「よし、捨てよう」

 医師は釣り用具を片し、深きものどもの死体を適当に海に放り投げた。

 こうして医師はすたこらさっさと帰っていったのである。



「ほう、なんと賢明な男か」

 深きものどもの長であるダゴンは、イハ=ントレイの玉座から医師の行動を見ていた。

 もし深きものどもの死体を持ち帰ったら、ダゴンは直々に医師に干渉しようとしていたのだ。

 医師は命拾いをした。

 触らぬクトゥルフに祟りなし。



          了

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