第3話 頼れる勇者は○○

八崎 明やさき めい。俺の恩師――と言うには大袈裟だが、それなりにお世話になった人だ。ミスの多い部下であるところの俺を、何度か庇ってくれた。転勤したはずだが、まさかこんなボディコン魔女になっていたなんて。

「え、ていうか……八崎さん、死んでたんですか……」

 なんかショックだ。

 勇者がギルド長と会食している間、俺は八崎さんとサシで飲んでいた。もう一人の賢者っぽい女は生貝にあたったらしく、早々にトイレに駆け込んで出てこない。食中毒は特殊な状態異常らしく、三賢人(誰)ぐらいの魔術師でないと治せないのだとか。

「イケるだろって思って、三日ぐらい寝なかったら……なんか死んじゃったのよね」

 あんたも労災かよ。弊社はさぁ……。

「それより三田くんこそ。こんな街まで来てるってことは、相当経つんでしょ? 私が飛ばされてからすぐ死んじゃったわけ?」

「それは違います。俺は今日死んだばかりです」

「え、今日? じゃあどうしてこんな高レベルの街まで?」

 やっぱり終盤近い街なんだな。

「それがですね……」

 カクカクシカジカ四角いテーブル。経緯を話すと、八崎さんはゲラゲラ笑う。

「えー、なにギャグ補正って。初めて聞いた。ま、まあ、うん、いいんじゃないの」

「八崎さんはどんな能力にしたんですか」

「メイでいいよ。今はそう名乗ってるし。私はね、魔力吸収にした」

 周囲の空気や触れた任意の相手から魔力を吸い取ることができるらしい。強すぎないか?

「ギャグ補正ねえ……ん? もしや」

 なにやら思いついたらしく、八崎さん……もといメイはこう言った。

「ジンペーくん、私らと一緒に来ない?」

「え、いいんですか?」

「ちょうど仲間探しに来たところだったし。君がいれば心強いかな」

 経歴詐称に失敗したため諦めかけていたのだが、これは願ったり叶ったり。ありがたく仲間入りさせてもらう。

 しかし、それと同時に疑念が湧いた。彼女は俺が転生したばかりのペーペー冒険者であることを知っている。いくらギャグ補正の能力があるとはいえ、天下無敵の勇者パーティにお呼ばれするような力量はない。何か裏があるのではないか?

 まあいいや。



「なるほど、君がメイの古い知り合いか」

 糸目の勇者――コンジキは、俺に見定めるような視線を向ける。実力を看破されそうで不安だったが、特に何もなかった。

「実力に不安が?」

「いや、それはいいんだ。それよりもな……うーん、男か……。まあ、メイの紹介だと言うなら、仕方がないんだけど」

 スケベな奴だ。英雄色を好むと言うが、こう露骨に陰湿な反応をされるとどう返していいのか困る。オープンなのかムッツリなのかハッキリして欲しい。安心しろよ。俺はレベルが上がればそれでいいんだから。

 そんなわけで晴れて勇者パーティの一員となった俺は、早速冒険の旅へ――出なかった。今日はもう遅いので、この街で一泊するようだ。だから飲酒してたのね。

 因みに勇者パーティは流石の魔術耐性で、俺がツッコんでもボケることはなかった。ので、無意識下でツッコんでしまう俺は常に空回りというわけだ。虚しいな。

 宿は三部屋。てっきりダブル二部屋で男女別れるものだと思っていたが、勇者と俺は別部屋だ。そんなに男が嫌いなのか。

 ならハーレム部屋にでも泊まればいいんじゃないか? この様子じゃ二人共お手つき済みなんだろうし。八崎さんああいうタイプが好きだったのかなあ。

 なんて考えながら一人ベッドで悶々していると、不意に声を掛けられた。

「ムラムラしてんねお兄さん」

 賢者だ。名はハクギンと言うらしい。何やら魔法でも使ったのだろうか、音もなく忍び寄ってきた彼女は、無遠慮にベッドの端に腰掛ける。

「何しに来たんですか」

「いやね、ちょっと味見がしたいなーって」

 そうと言われて意味が理解できないほど、俺も初な男じゃない。彼女が人肉食の気狂いでなければ、これはエッチなお誘いだ。身持ちの硬そうな外見だが、案外前職は遊び人だったのかもしれない。

「コンジキさんに怒られないんです?」

 移り気を咎められないのかというニュアンスで訊ねたのだが、彼女の返答は意外なものだった。

「確かにお兄ちゃんもいい顔はしないけど……お互い似たようなモンだし」

 なるほど兄妹。であれば……え、本命はメイさん? うわー……知りたくなかった。そんな様子おくびにも出してなかったのに。マジかよ。

 一人鬱々としている俺に、ハクギン氏は言う。

「まあまあ。これもなにかの縁だと思うよ。それともお兄さん初めて? 私がリードしてあげるから、今夜はしっぽり楽しもうよ」

 いろいろ連想しそうで嫌だな……。

「え、遠慮させてもらってもいいですか……」

 俺の態度に、ハクギン氏は何かを察したように言う。

「あ、もしかしてメイに惚れてたり? だから操を立てる的な?」

「い、いや……」

 嫌いじゃない、いやむしろ付き合えるのなら嬉しいが、しかしここで好意を認めてしまうとかえって心の傷が大きくなるので頷かない。

「そもそも、メイさんはコンジキさんと……」

 俺が言うと、ハクギン氏は口を開けたままポカンとしてしまった。それからしばらく固まって、拘束魔法が解けたように笑い転げる。

「お兄ちゃんが? メイと? あはははは、なにそれウケる」

 え、男女で旅してたらそういうことにならない? ならないの? ビジネスパートナー的な? でも社内恋愛ってない?

 なんてことを考えている内に、彼女が真実を口にした。

「ありえないよ。だってお兄ちゃんゲイだし」

「は?」

「しかも私と同じで性豪だし。地元じゃ百人斬りのコンジキってちょっとした有名人でね、私の元カレも――あっ、……ふーん、そうか。ジンペーさんのこと気にしてた理由がわかったかも」

 クスクスと笑うハクギン氏。急な出来事に混乱していた俺は、わけもわからず訊ねるばかり。

「なんです。なにがわかったんです」

「いやね、ジンペーさんって、結構私の好みのタイプなんだけど」

 大胆な告白は英雄の特権。

 面食らった俺が疾風のようなツッコミを入れる間もなく彼女は続ける。

「私とお兄ちゃんって男の好みが似てるっぽいんだよね」

「どういうことですか」

「つまり、お兄ちゃんはジンペーさんのことが気になって仕方がないんじゃないかって思って」

 背筋がに冷たいものが走るのを感じた。

「お兄ちゃん、表向きは真面目だから。勇者になった以上、仲間内で間違いが起きないようにって、女所帯にしてたんだけど……ま、頑張って」

 全てに合点がいった。彼が男のパーティ参入に難色を示したのも、わざわざ男同士で部屋を分けたのも、全て彼の性的指向によるものだったのだ。

「それで、ジンペーさん。今夜は……どうする?」

「なにもしない」

 そんな気分ではなかった。

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