第2話 なんと言おうと最初の町

 俺の空の旅は、ゴミ置き場に落下するという形で終りを迎えた。

「きたねえ……」

 痛いのもあるが、何より全身ゴミだらけだ。頭に乗っていたバナナの皮を投げ捨て、大きな大きなため息をつく。

 しかし、気休めに体をポンポンと払うと、こびりついていた泥汚れやら変な汁やらが全部落ちる。なるほどこれは便利だ。

 気分良く歩き始めた俺は、先程捨てたバナナの皮ですっ転んだ。手足元注意ヨシ!

 よくねえよ。

 気を取り直して周囲を探索。どうやらこの辺りは住居区画らしく、何軒かの民家が軒を連ねていた。タンスを漁りに行こうかとも思ったが、俺が勇者である保証はなかったのでやめた。ギャグで窃盗とか、即時逮捕即時拘留もうドロボウはコリゴリだよパターンだ。トホホな目に遭わないためにも地盤固めはしっかり行いたい。

 住居区画を抜けると、すぐに商業区画に出た。和やかな町並みだ。お約束で行けばここは最初の町で、俺はスローライフを送るか鍛えた技で勝ちまくるかを選んで暮らすことになるだろう。

 と、ポケットに入った紙切れの存在に気づく。いくつかの金貨と、神様からのメモ。『わらわからの餞別です』……書面だと敬語になるタイプなのか。

 貨幣価値がよくわからないが、重さからしてなかなか質のいい金貨だ。全部で二万――単位がわからん。中央にGと書いてあるので便宜上Gと呼ぶことにする。

 まあ、多分、それなりの額になるのだろう。ちらりと見えた道具屋に、傷薬三五Gという看板があった。昔遊んでいたゲームとおおよそ同じぐらいの物価だ。最初の町で二万もあれば、その後も含めてかなり楽ができる。

 というわけで俺は武器屋に向かった。

「ヘイ店主。この店で一番いい武器をくれ」

「お、あんちゃん気前がいいな。ウチの一番はこのエビルブレイカーだ。一万五千Gギャグになるぞ」

 高いな! ていうか単位それかよ! なんか物騒な名前だし!

「迷うな……その一個下は?」

「ゾンビバスターで一万三千G」

 どうするよここ中盤の街だぞ。いや、どちらかというと終盤寄りかもしれない。

「一覧をくれ」

「怖気づいたか? まあゆっくり選べや」

 迷った末に、一番安い妖魔の斧槍を買った。八千G。

「あんちゃん見てて危なっかしいからサービスしてやるよ」

 七千五百Gになった。

「まいどあり~」

 早くも心が折れそうになる。こんなところに来て大丈夫なのか? 俺、多分まだレベル1だぞ。それにこの武器、持ち歩くには少し重い。防具も欲しいところだったが、歩けなくなりそうなのでやめた。

 街を歩く。よく見れば、周囲の冒険者や戦士達は皆一様に重装備をしている。ド素人が紛れ込むような場所じゃねえぞ。

 そうだな、なんかギルドに行ったら最初の町に送ってくれたりしないかな。馬車とか魔法陣とかで。

 淡い希望を胸にギルドへ向かう。受付のお姉さんは、営業スマイルで迎え入れてくれた。

「ようこそ冒険者ギルドへ。登録でいらっしゃいますか?」

「そうですね、お願いします」

「ではこちらの用紙にお名前をお願いします」

 渡された紙に羽ペンで名前を書く。三田仁平、と。

 紙を返すと、お姉さんは眉をしかめた。

「あ、その……すいません、これ、なんて読むんですか……?」

 しまった。つい日本語で書いてしまった。言葉が通じるからてっきり文字も同じだと思ったのだが。

「あー……じゃあ、読み上げるんで、書いてもらっていいですか? 来たばっかりで、あんまりこっちの言葉に詳しくなくて」

「わかりました。それではお願いします」

「仁平です」

「ジンペーさん……デスね」

 彼女の文字を覗き見る。蛇の死骸にも似たそれは……ヘタクソなだけでカタカナじゃねえか!

 ていうか看板にバッチリ『冒険者ギルド』って書いてあったじゃん! モロに日本語圏だろここ!

「お姉さん漢字読めないの?」

 訊ねると、彼女は急に冷や汗を流してこう言った。

「オ、オニサン、ワタシ、コノクニキタ、バッカリデ」

 急に怪しいお店のキャッチっぽくなるな!

「ソ、ソダ、オニサン、マッサジ、マッサジ。キモチイイコトシヨ?」

 ここそういうお店なの?

 まあいい。こんな綺麗なお姉さんとイイコトできるなら願ったり叶ったりだ。進められるがままに怪しい小部屋へと向かう。


 パッポー(一時間後)


 ただのマッサージじゃねえか!



 どうやら俺のギャグ補正には周囲を巻き込む力――ある種の強制力があるらしく、俺がツッコむと(それがモノローグだったとしても)相手はボケに回ってしまうらしい。かなりの、それも上位魔術師クラスの魔術耐性がないとこの力には逆らえないようだ。武器屋のオッサン何者だよ。

 ヘタクソなマッサージで外れた肩を戻しながら、俺は能力の検証をしていた。ギルドのお姉さんによれば、このようなパッシブスキルを身につけた人間もたまに訪れるらしい。恐らく同じ転生仲間だろう。アドバンテージが減ったと見るべきか、仲間が増えたと見るべきか。ギャグ仲間は一人も居ないだろうが。

 登録後の面談を終えて戻ると、受付のお姉さんは朗らかに笑って言う。

「そうだ。今日の夕方ぐらい、この街に勇者様が来るらしいですよ」

 俺が勇者である可能性が消し飛んだ瞬間だった。

「勇者様、ねえ……」

「なんでも、旅の仲間を探してるみたいでして。街に立ち寄るごとに冒険者に声をかけてるとか」

「仲間集めか……」

 ……待てよ。

 勇者様なんて呼ばれてるぐらいだ。当然、高レベルだろう。なら、勇者パーティに寄生すれば俺でも簡単にレベルを上げられるのではないか?

「勇者様はどんな人を探してるんですか?」

「アタッカーが欲しいらしいですね」

「なるほど! ありがとうございます!」

「あ、あの、馬車は!?」

 俺は古着屋に直行してボロい道着を手に入れた。これならあまり重くない。最近急に姿を現した正体不明の武道の達人……を装う。すぐに化けの皮は剥がれるだろうが、一戦か二戦だけでも寄生できればそれなりにレベルが上がるはずだ。最初の町に向かうのはそれからでも遅くない。

 俺は急いでギルドに戻り、併設された酒場で入り口近くの席にドカッと腰掛けた。ノンアルのドリンクと軽食を注文し、勇者を待つ。

 それから程なくして、入口の方から歓声が上がった。来た――

「君が勇者か。私はジンペー。わけあって武者修行の旅に出ている」

 ガタリと席を立ち、勇者パーティの前に躍り出る。線の細い糸目の優男……彼が勇者だろう。鎧の装飾がやたらと豪華だ。脇を固めるのは二人の女。

 一人は、身持ちの硬そうな賢者っぽい女だ。美人だが、そっちはどうでもいい。

 問題はもう片方。艶めかしいドレスを纏った女と、目が合った。

 見覚えのある顔。

 女も同様らしい。俺の顔を見るなり、こう言った。

「あれ……三田くん?」

八崎やさき……さん?」

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