話す犬

先だって、猫は襟巻きになると話したけれど、犬であったって特異な生き物である。


私は、猫の襟巻きが欲しかったのであるが猫アレルギーも相まって、大層犬が好きだ。

実家では幼い頃から犬を飼っていた。洋犬ではあったが、よく懐いて、出かけるときに置いて行かれるのを嫌がった。日本犬のように忠義などがあったかは知らぬが、よく可愛がってやったし、それによく応えていたと思う。


犬は本当に可愛がった。アレルギーも出なかった。それだから、犬は人語を話す、と伝え聞いた時は、嬉しかった。飼っている犬と会話ができるのか!それならばうちの犬もと思って話しかけるが一向に話さない。洋犬ではいけないのかと思い、学校からの帰り、石垣の隙間から鼻を覗かせる柴犬に毎日、毎日話しかけていた。

「私、雅って言うんだ。君の名前は?」

「僕はポチだよ。」

とうとう喋った!と喜んだのも束の間、「可愛らしいお友達だこと。犬が好きなのね。」と石垣の上から高い声が降ってきた。


その家の奥さんらしかった。子供ながらに悔しくて恥ずかしかった。


猫を襟巻きにしてみせた縁くんとそのまま酒宴となり、ちょっとした昔話に酔いしれた。

襟巻きをしたまま、満足そうな彼が少し羨ましかった。


そういえば、と縁くんは言い、酒で口を潤わした後、近所の犬和尚がね、仔犬の貰い手を探しているんだよ。と続けた。


犬の怪異は猫の怪異よりも例が少ない。難しいらしい。何より、細かな条件がそろわないと生まれないらしい。

人語を介すには、幼犬でなければならない。

犬は4〜6頭ほど出産するが、一番後に産まれて、中でも小さい犬がよろしいと言う。産後の肥立ちが悪く、いつまでもいつまでも小さな体でいる犬がいいと言う。親犬も世話ができず、人に助けられないと育たない。そうやって人の手で育てられていくうちに、自分を人と勘違いするようになるらしいのだ。

そして、成犬になっても大きくしてはならない。これも素質だが、大きくなってしまう犬もある。いくら小さくしたくとも生き物である以上、上手くは行かぬのだ。


「縁くん、その犬和尚のところは何匹懐妊しているんだい?」私は、小さな頃、あの犬に何度となく話しかけたようにワクワクしていた。

「さて、七匹お腹にいると言って、大柄な犬でもないのに驚いていたよ。」

縁くんがにこりと答えてくれるので、これは先が読めたような気がした。

「犬和尚は、犬が人語を解すことを知っているのかい?」

「ああ、その辺りは完璧さ。その母犬も幼犬の時は良く話していたと言う。図らずも、大きく育ってしまって、だんだんと話さなくなってしまったようだが、未だに和尚に向かって鼻をふんふん言わせて何か疎通しているようだよ。」

これは嬉しい。こんな嬉しいことはない。猫の襟巻きなど、これっぽっちも羨ましくなくなった。


酒に乗ったのか、床に溶けて伸び放題の白猫を抱き上げて、私は小躍りする勢いだった。

「おや、その白猫も、襟巻きになるぞ。」と縁くんが言って、私の首に巻いてくれ--クシャミで息も詰まりそうになったが、猫はじいっとしていた。その夜は更けていった。

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