夢か現か、日常か

明日野四音

襟巻き

小さな頃ベッドの外は海で手を出していたら、ワニかフカに喰われてしまうと思っていた。


畏れとは崇高なもので、超自然的なものは美しかった。



猫は上手に育てると襟巻きになる。

上手く躾て、首と指差すとうまぁく収まって良い子にしている。

多いのは白猫で次にロシアンブルーのような青灰色の猫、重宝がられたのは黒猫だった。特に黒猫は悪戯っ子で自由気ままであるし、なんとなく気味が悪いので、躾難いらしく、人気は高いがどうもなかなか襟巻きにならなかった。


近所に住むクルエラ・ド・ビルみたいなマダムは、従者のように夫を侍らせ、猫を三匹抱いていた。もちろん白猫、灰猫、黒猫で、その日の、気分やら天気やら召し物に合わせてくるくると襟巻きにしていた。


つまり、猫は伸びるのである。


私は少しばかり縫い物の先生をやっているが、猫の襟巻きも幼心に欲しかったことがあった。

いつしかマダムは田舎を離れてしまったし--うだつのあがらぬ夫に嫌気がさしたか、そもそもマダムは魔女で外国に帰ってしまったとか…変な噂も流れた。--私に猫アレルギーがあることもわかり…いつしか忘れるように諦めてしまった。


犬にも胴の長いのがいて…それは襟巻きにならんともわからぬが、犬なりの役割があると見えて置物のようにじっとはすれども襟巻きにはならない。

古来より、大型の猫やら熊やらは敷物になったし、狐や猫やらイタチやらが襟巻きになった。その役割は未だ消せぬらしく、犬は大きくとも小さくとも胴が長くとも、襟巻きにはならぬ。クルエラはコートを作ろうとしたが何になるやら。置物以外を私はまだ知らない。

胴の長い犬は黒光してぬるぬるとうなぎのようでもある。猫のように柔軟な様子はなく、動きは大袈裟とも言ってよい。猫は伸びるが犬はなんなのか。


猫を五匹ほど飼う友人が上手く躾て、そのうち一匹が襟巻きになりそうだと連絡が来たのではるばる会いに行った。


はるばるなどと偉そうに言ったが、電車で2時間ほどのところである。お酒と鰹節なんかを手土産にして、いざ家に上がってみると…どの猫も方々に伸びていた。客人を好くタイプの一匹は、足元にまとわりついて、こま結びになろうとしてくる。足を取られてつまづいてしまった。


カーテンレールの上からとろけるように伸びているものもいれば、生き物の構造上おかしいのではないかと言うところから足が生えているように見えるものもいた。

と、止まらぬクシャミも始まった。

マスクを何重にも重ねて、鼻声で尋ねる。

「それで、縁くん。襟巻きになるのはどの子なのよ。」

「何故か、どの子もそぶりがあるんだけれどね、一番早いのはあの、テレビの上の灰色のだろうね。」

と言った。

ロシアンブルーのような種の猫は、こちらを不思議そうに眺めては、にゃーと鳴いた。

「君に手土産に地元の酒を持ってきたよ。」と酒を手渡し、猫たちには鰹節だ。と袋をがさがささせると、爛々と光る目が一斉にこちらを向いた。


鰹節に目がないのかと尋ねると、縁くんがいや違うと首を振る。

では、なにかと聞くと、こやつらは酒を嗜むのだという。酒瓶に反応するのだと。

猫のくせになかなかなものだ。夏目翁の書いた小説じゃ猫が酒呑み酔って踊ったとも書かれていたが…五匹も全てに酒を呑むのだという。化けでもするのではないかと思った。

いや、襟巻きにもう化けているのか…


猫の襟巻きは、丁寧に躾をするばかりだと思っていたが、いやそうでもないらしい。人間臭く育てると化けるのか、いやはや、わからぬ。


小皿に取った鰹節に出汁醤油をちょっとかけて、梅干しと一緒に出してきて、七つの猪口を用意した縁くんは、楽しそうであった。

「最近は長く呑めるやつが減ってね、誰に相手してもらおうかと思って呑ませてみたら、酒は悦ぶし、伸びるしね。嬉しくなっていたら、猫の襟巻きの話を君が持ち込むだろう?よくは知らないが、伸びたらこっちのものだよ。僕も昔、猫の襟巻きが欲しくてね。」

と一息に酒を飲み干した。


床に並べられた猪口に猫は寄ってきて、舐めては、顔を洗い満足そうである。

テレビの上で寝ていた灰猫は満足げにとぐろを巻いている。

「そろそろだろうよ。雅よ、見てなよ。」

縁くんは、灰猫を見つめて、首元を指差した。にゃーと間延びした鳴き声が聞こえたかと思うと、縁くんの首に先の灰猫はくるくると巻きついていた。


つまり、猫は伸び、襟巻きになるのである。




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