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第32話 としょかんに降り立つ
リンゴを模した建物の中で、白い服に身を包んだ一匹のフレンズが本を読んでいました。
「この本も、まあまあ面白かったですね」
彼女は読んでいた本を棚に戻すと、ひとりごとを言い始めます。
「ここらへんの本も大分読みつくしてしまったのです。いやはや、かしこいとはすばらしいことですが、かしこすぎるのも考えものなのです」
彼女がため息をつくと、建物の上の方から茶色い服のフレンズが降りてきました。
「そうですね。ハカセ。かしこい我々にはこのとしょかんにある本は少々退屈なのです。すべて読みつくしてしまっているのです」
「間違いありませんね。助手」
ハカセと助手。二人はアフリカオオコノハズクとワシミミズクのフレンズです。
二人はこのとしょかんのなかで、のんびりと生活しています。本を読んで、ジャパリまんを食べて、寝る。たまにフレンズが訪ねてきたときは適当に相手をしてやる。それだけを繰り返す生活でした。
「お茶にでもしますか。助手」
「はい、ハカセ。アルパカにやったお茶がまだ残っているはずなので淹れましょう」
助手は棚をごそごそやって、一組のティーセットを取り出し、お茶の準備を始めます。ハカセはそれを見ながらひとりごとのようにつぶやきます。
「......ところで、助手。このとしょかんで一番難しい本はなんだと思いますか?」
「それは難しい質問なのです。ハカセはどうお思いですか?」
「『えすえふ』だと思うのです」
助手は表情を変えずに紅茶をカップに注ぎます。
「姿を変えられる宇宙人によって、何も信じられなくなった主人公のお話ですよね。宇宙人がものすごく怖かった記憶があります。ハカセ、このお話の何が難しいというのですか?」
「宇宙人の正体が最後まで分からないところなのです」
「はて......?それは、読者の想像にお任せするという終わり方だからなのでは?」
ハカセは静かに首を振りました。
「『えすえふ』に出てくる宇宙人は、地球環境が悪くなるとか難癖を付けて、技術の発展を止めようとしてくるのです。しかしそれがなぜかは、最後までわからない」
「そうですか?環境を壊すからというのはもっともな道理のように聞こえますが」
「宇宙人が地球の環境を心配する義理などないはずなのです」
「なるほど確かにそうなのです」
助手はお茶を入れたカップをハカセに差し出します。
ハカセはそれに口を付け、一口お茶を飲んでから続けます。
「そして何より」
「?」
「『えすえふ』は、このとしょかんで唯一、ヒトが出てくる本なのです」
「言われてみればそうなのです。我々もそこでヒトの存在を知りましたし」
「この本がなければかばんの正体もわかりませんでしたね」
助手は自分の分のお茶を注ぎ終えると、椅子に座りました。
「話をしていたら『えすえふ』をもう一度読みたくなってきたのです。ハカセ、本は今どこにあるのですか」
「今はかばんに貸し出し中なのです」
ハカセが二口目のお茶を飲もうとしたとき、耳をつんざくような大きな声がとしょかんに響き渡ります。
「ハカセ!!ハカセ!!大変だよ!」
ハカセと助手は声の方向に首を向けました。
そこには、ノースリーブの服を身に着けた黄色い髪のフレンズが、ハードカバーの本を手に持って、肩で息をしていました。これを見たハカセはため息をついて言います。
「なんだサーバルですか......」
「いえ、ハカセ。サーバルですよ」
「ってサーバルですか!」
ハカセは時間差で驚きました。
数か月前にかばんとともに旅立ったはずのサーバルが、どうしてここにいるのでしょうか。
ハカセと助手ははやや慌ててサーバルのところへ向かうと、質問を始めました。
「帰ってくるなら先に鳥のフレンズに連絡しろとあれほど言っておいたのです」
「かばん以外のヒトは見つかったのですか?」
「ハカセ!それどころじゃないんだよ!かばんちゃんが、かばんちゃんが、うわああああん!!」
「かばん?かばんに何があったのですか?」
「急にお空に行っちゃったんだよ!わああああん!何とかしてよおハカセ!」
頭が疑問符で満たされたハカセに、サーバルはわんわん泣きながらすがりつきました。
そこでハカセはちょっと語気を強めてサーバルに言います。
「落ち着くのです!何が起こったのか分からなければ、我々とて手の打ちようが無いのです。とりあえずお茶でも飲みますか?」
ハカセはサーバルを椅子に座らせて、助手のティーカップを差し出しました。
「ちょっと落ち着いたら今まであったことをすべて話すのです」
「ありがとうハカセ」
サーバルはお茶を飲み干して、それから、ハカセに話し始めます。
「私たちがゴコクでバスに乗っていたら、急に空に大きな丸いのがやってきたんだよ。そしたらかばんちゃんがね、その丸いのに吸い込まれちゃったんだ。そしてかばんちゃんは、これを落としたの」
サーバルは手に持っていた本を机の上に置きました。
タイトルには、『えすえふ』とあります。
これを見たハカセの口元が少し強張ります。
「......興味深いですね。今の話、この本、『えすえふ』でも似たような展開があるのです」
「ですね、ハカセ。『えすえふ』と同じ展開なら、この後かばんの姿をした宇宙人がその丸いのに乗ってやってきて、サーバルを殺しにやってくるのです」
いたずらっぽく言う助手ですが、サーバルは本気で怖がっていました。
「......かばんちゃんが、そんなことするわけ、ないじゃない!」
「いえ?分かりませんよ?事実は小説より奇ですから」
「やめてよー......」
やけに突っかかる助手をハカセは制止します。
「助手、いたずらに不安をあおるのはやめるのです」
「すいませんハカセ」
「サーバル。最後のページを見るのです、この物語はフィクションであると書かれています。そんなことはあり得ません。絶対に」
「本当?」
「ええ。もう一度ゴコクに向かってみるのです。幻覚を見ただけとか、砂嵐に巻き込まれたとか、その可能性の方が高いですから」
「うん。わかったよー......」
サーバルが力なく立ち上がると、明るかったとしょかんが突然暗がりに変わります。
「え?なに?急に暗くなったよ?」
「雲にかかっただけ......とは考えづらい暗さですね。もしかしたら日食か何かかもしれません。様子を見に行きましょう」
3人はとしょかんの入り口へ向かい、空を見上げました。
そこには図書館をすっぽり覆うほど巨大な円盤が、不気味な様子で浮かんでいました。
「な。なんなんですかあれは!?」
「え、『えすえふ』の通りなのです......」
「そう!あれ!あれにかばんちゃんが吸い込まれていったんだよ!幻覚とかじゃなかったんだ!やっぱり!」
ハカセと助手は口をパクパクさせますが、サーバルは興奮した口調で騒いでいます。
その状況はしばらく続きましたが、円盤はいつまでたっても動きを見せず、としょかんの上に鎮座するように居座っています。
少し慣れて来たのか、助手はハカセに言います。
「このままとしょかんの上にいられても困りますよね。ハカセ。ちょっと文句を言ってきてほしいのです」
「いえ、それは助手に任せるのです」
「このような重要な役割はハカセが行うにふさわしいのことなのです。行ってらっしゃいなのです」
「しかし、文句をつけるなどは、最高指導者がすることではないのです。ここはやはり助手が行ってくるべきなのです」
「言い争ってる場合じゃないよー!」
サーバルが呆れた口調で叫ぶと、突然、円盤からスポットライトのような光がとしょかん近くの森に向かって照射されました。
これを見たハカセと助手は縮み上がります。
「な、なんなんですかあれは......」
「でも見て!光の中に影がある!なんか降りてくるみたい!」
サーバルが指さした先には、黒い影が一つ、ゆっくりとしたスピードで降りてきていることが分かりました。
サーバルはこれを見て言います。
「私、行ってくる!」
「ちょっと待つのです!」
「危ないのです!」
二人の制止を振り切って、サーバルは光が降り注ぐところへ向かいます。
そこにはなんと、
「サーバルちゃん。久しぶり」
「え、かばんちゃん......?」
数か月ぶりに会う大親友がいたのでした。
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