第27話 電子の風に乗って
「ここがレーダー実験棟ね」
「案外狭いところウサ!」
一行はレーダー実験棟の入り口にたどり着きました。
目の前にはサンドスター実験棟と同じように、フロアマップが描かれています。
見たところ部屋の総数こそ少ないものの、建物は4階建てで、資料室、コンピュータ制御室、操作指令室、などなど、様々な機能を持った部屋がたくさんあることが分かりました。
「どこから行きます!?私としては、操作指令室が一番重要なところだと思いますので、そこに行きたいです!人間さんのレーダーがどの方向に向いていたかさえわかれば、人間さんがどの星を見ていたのかとか、色々わかるはずです!!」
「間違いないわね。4Fの一番奥側の部屋に行きましょう」
ライカもシガクシャに同調したので、一行は階段に向けて足を運びました。
レーダー実験棟の階段は薄暗く、2m先も見えないような状況です。
それを見たシガクシャはかばんを若干からかうように言います。
「人間さん!今度は火事を起こさないでくださいね!」
「わかってますよ......今回は自己浮遊ランタンがあるじゃないですか」
「それもそうでしたね!ライカさん!お願いします」
「はいはい」
ライカがコントローラーをいじると、自己浮遊ランタンが点灯しました。
周りが明るく照らされると、廊下にいろいろなものが落ちていることが分かります。重要そうな書類や、ハンコ、分厚い本など、多種多様な物品がそこら中に落ちています。
「なにウサこれは......?荒らされたピョン?」
キネは目の前に落ちていた紙を拾い上げながらつぶやくと、シガクシャがコメントします。
「うーん。人間さんはお片付けが苦手な習性だったのかもしれませんね!」
「ふーん、なるほどね。かばんもそうなの?」
「適当なこと言わないでください!」
かばんはちょっと大きな声で否定しました。
多少ムードが良くなりましたが、シガクシャはそのまま考察に入ります。
「それはともかく、キネさんの言う荒らされたっていう可能性も高いですね。先にここが見つかってて盗掘されたとか、よくある話です!」
「おかしくない?すぐそこに地球があるのに、わざわざこの星を盗掘する?それにここまで来れたのは初めてだって、キネも言っていたわ」
「全く持ってその通りですねえ!」
「となると、セルリアンにやられた。とかが考えられるわね」
ライカは組んだ指に顎を乗せて考えていましたが、シガクシャの興味はすでに床に散乱した物品に向かっていました。
「あ!あんなところに重要そうな資料があります!収拾しなきゃ!」
「もう!」
シガクシャのペースに翻弄されながらも、一行は階段を上がり、そのうち操作指令室前の扉までたどり着きました。
その扉は他のよりも頑丈そうで、やや高級そうな感じがしました。
かばんは取っ手に手をかけましたが、鍵がかかっているようで開きません。とりあえず鍵穴を探しましたが見つかりませんでした。
かばんが困った顔をすると、シガクシャがおもむろにショルダーバックの中から一枚のカードを出します。
「じゃーん!さいごのカードと呼ばれるものです!これで大体どんな電子ロックも開けちゃいます!このバッグに入っている中で一番高いやつです!」
セキュリティという概念を根本から破壊する代物が、何の前触れもなく登場しました。
シガクシャがそのカードをかざすと、小さくピッという音が鳴って扉が開きます。
ライカは不思議に思って声をあげます。
「あれ?音が鳴った?ここにも電気が通っているの?こんなに暗いのに」
「違いますよー!一時的に電気を供給する機能がカードに備わっているだけです!!原理は簡単で、電磁誘導という仕組みを使っています!ですが電磁誘導を起こすには導線の形状が重要になるんですよねー!トポロジーって知ってますか??このカードは外の空間をちょっとだけ捻じ曲げることによって......」
シガクシャが自慢話をしているのに構わず、キネたちは3人で会話を始めます。
「どうやらドーム以外の電気はすべて止まっていたようウサね」
「そうすると、施設によって電気の供給源が違うとか、何か理由がありそうです」
「そうね、早く中に入って調べてみましょう」
ライカが操縦するランタンが、部屋の中を照らします。
その中には大量の液晶パネルと操作盤、レーダーを一望できる大きな窓、たくさんの資料が入った書棚や、年季の入った椅子、奥には高級そうな机もありました。
しかし一番最初に目に入ってきたのは、太い字で大きく書かれた張り紙でした。
――No.4出力モード維持!設定変えるな!!
「なにこれ......」
「No.4ってどれだろう」
「あ!これじゃないですか!?」
いつの間にか部屋に入ってきたシガクシャがNo.4と書かれた操作盤を見つけましたが、それはすでに止まっていて動きませんでした。
「止まってちゃわかりませんね......」
「いえ!大丈夫です!ちょっといじくって直してみます!」
シガクシャが持っていたショルダーバックから見慣れない形の工具を取り出して、操作盤を分解しはじめました。
どうやらしばらく時間がかかりそうです。
「シガクシャさん。手伝いましょうか?」
「いえいえ!お構いなく!」
「そうですか」
かばんは何となく書棚を見ます。
そこにはシガクシャが好きそうなタイトルの背表紙がたくさん並んでいましたが、その中で一つ、かばんの目を引く冊子がありました。
『サンドスター流出事故・想定シミュレーション2226』
かばんは思わずそれを手に取り、読み始めます。
『サンドスター実験棟はサンドスターを扱う危険な施設でありながら、十分な成果を出せていない。昨年は莫大な予算と資材を投じて多量のセルリウムを地球に投射したようだが、火山の火口に落としてしまい、なんの成果にもつながらなかったようだ。
サンドスター実験棟は不要論が出て久しく、予算・人員がつかず、管理が行き届いていないように感じる。そこで本冊子ではサンドスター実験棟から流出事故が起こった場合の、被害想定、避難方法について述べる』
かばんはページをめくります。しかし中身は難しく、かばんの知能をもってしても理解しがたいものでありました。
かばんはあきらめて途中を読み飛ばし、一番最後のページを見ました。
『結論:サンドスター流出事故が起こった際には、ドームを電気柵で封鎖。その後、サンドスター汚染がされていないメンバーをすみやかに選抜する。メンバーは工学実験棟に移動し、無質量宇宙船に搭乗。電子ビーム渡航法で、惑星NSGK32129へ向かう』
かばんの心臓がバクバクと動き、瞳孔が開いていきます。
たいへんな資料を見つけてしまいました。
――ここはサンドスターに汚染され、滅びた?
――サンドスターはセルリアンを生み、多くの人が殺されたのではないか?
そんな状況証拠から得られた仮説が、かばんの頭の中をぐるぐると駆け回っています。
「かばん?顔色が悪いわよ?大丈夫?」
ライカが近寄ってきて声をかけます。
「いえ、なんでもないです」
かばんは手早く答えてその冊子をかばんの中に入れましたが、額から冷や汗がタラリと流れ落ちます。なぜ冊子を隠したのか、かばん本人にもわかりませんでした。
「嘘!何か隠したわね!見せな......キャイン!」
ライカがかばんを取ろうとした瞬間、窓の外に稲光が発生しました。二人は一瞬ひるんだ後に窓に駆け寄りましたが、もう一度見た時にはすでにその光は消えていました。一体何だったのかを話しているところに、申し訳なさそうな顔をしたシガクシャが割って入ります。
「いやあ、すいませんすいません!一瞬だけ電気が流れちゃったようです!」
「なんかが光ったみたいだったけど」
「そうなんです!このNo.4の望遠鏡は、電波を受信するだけではなくて、電子のビームを照射機能があるみたいなんですよ!いやーすごいですよね!」
シガクシャの電子ビームという発言を聞いて、かばんは思い出します。
「シガクシャさん。サンドスターの実験棟で撮った掲示板の写真を、もう一度見せてください」
「え?はいどうぞ!」
シガクシャはショルダーバックから端末を取り出して、少し操作をすると、かばんに見せました。
するとかばんは、
『電子ビーム渡航法、ほぼ実用化』
と書かれた記事を指差して言いました。
「これ、この記事。これを見る限り、No.4の電子ビームを使って別の星へ行ったのではないでしょうか?」
「電子ビーム渡航法って何?」
ライカが尋ねると、シガクシャが説明を始めます。
「簡単に言えば、宇宙船の加速装置のことですね!太陽帆とか呼ばれたりもします!地上から電子のビームを照射して、それを宇宙船に備え付けられた帆で受けます!電子のビームは帆にどんどんぶつかるので、受けた力で宇宙船が進むという仕組みです!電子は光速で動きますから、理論上はほぼ光速近くまで宇宙船を加速させることができるのです!」
「馬鹿じゃないの!?電子の作用でスピードが出せるわけないじゃない!電子の重さ知ってる?ものすっごく軽いの!」
ライカはシガクシャの説明に納得がいってないようでしたが、シガクシャはこれに慌てず答えます。
「そこが技術上ネックになるところなんですよねー!それを解決するためには、ビームの出力を滅茶苦茶に上げるか、宇宙船を滅茶苦茶に軽くするかしなければなりませんが、その技術はすでにあったようですね!」
シガクシャは上の記事に目をやります。そこには、
『任意素粒子の破壊技術、量産体制へ』
と書かれています。シガクシャは説明を続けます。
「ヒッグス粒子って知ってますか?原子を構成している素粒子の一つなのですが、これは物質の質量を決めているものなのです。つまりヒッグス粒子を破壊できる技術があれば、質量のない物質を大量生産することが可能になります!そしてそれを量産できるなら、質量ほぼ0のとっても軽い宇宙船を作ることが可能になるのです!」
かばんの脳裏に、先ほどの無質量宇宙船という単語が浮かびます。
ライカは相変わらず信じられないようで、シガクシャとまだ議論していました。
「くっ。当てたとしても、加速にどれだけの時間がかかるか分かったものじゃないわ!行ってる途中に死んでしまうかも......」
シガクシャは得意げにその下の記事を指差しました。
「コールドスリープ。これで時間の問題をクリアしたものとみられます!」
「ああ......なるほど」
ライカはそう言って、ちょっと悔しそうに続けました。
「わかった。わかったわよ。とにかくさっきの光で別の星に行ったことは認めるわ。じゃあ人間は電子ビームでどこにいった訳?それが分からなきゃ意味ないわよ」
「それはこれから解析してみないと分からないです!電子ビームが向かっていた方向から大まかに割り出せそうなのですが、照射されていた当時の惑星の軌道計算とかしなくちゃいけないので割と時間がかかりそうです!ちょっと待っててくださいね!」
「そう......」
ライカはふうと息を吐くと、キネと窓の外を見始めました。
その傍らでシガクシャがワクワクしながら作業に戻ろうとするのを、かばんが呼び止めます。
「ちょっと待ってくださいシガクシャさん」
「なんですか人間さん?」
かばんはかばんから先ほどの冊子を出して、最後のページを開いてシガクシャにみせました。
「シガクシャさんは......NSGK32129って星をご存知ですか?」
シガクシャは冊子を見ると、目を皿にしました。
そのままかばんから冊子を奪い、まじまじと文章を読みます。
その手はブルブルと震えていました。
「NSGK32129って......ナサガキ星人さんの惑星の正式名称じゃないですか......!なんでここに書いてあるのですか!?」
かくして、人間がどこへ向かったのか、どうやって向かったのかが分かったのでした。
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