第26話 三つの道




壁のようなセルリアンがいた場所の向こう側は、先ほどのサンドスターの研究施設へ続く道と同様に、白くて長い、細い廊下になっていました。

これを見たキネは興奮した様子で、ぴょんぴょんと跳ねながら言います。


「ついに!ついにあのセルリアンの先に行けたピョン!ここまでとっても長かったウサ!」

「よかったわね」


鼻を鳴らしながら答えるライカに対して、キネはしんみりとした口調で返しました。


「キネの友達はみんな、この先へ行くために死んでしまったピョン......友達の分まで、キネが行かないといけないラビ!」

「......友達がみんな。ね」


ライカにはキネの気持ちが誰よりもわかるつもりでいました。広いドームに一人でいたと聞いて、どこか自分と重なるところがあったのでしょう。

しかしながらライカは、キネから『友達』という言葉が発せられるたびに、どこか自分とは違うのだなという、何となく疎外されたような気分を味わうのでした。

ライカがため息をつくと、キネが急にせき込み始めました。


「ゲホっゴホっ!」

「えっ?」

「大丈夫ですか?」


かばんが駆け寄ります。

どうやらすでに、ドームとの隙間から煙が侵入しているようです。

ここが燃え始めるのも時間の問題なのかもわかりません。事態を重く見たかばんはシガクシャに尋ねました。


「シガクシャさん。なんかないんですか?消火の方法とか、さっき一つあるとか言ってましたよね?教えてください!」

「あぁ、えっと、ドームに穴を空ける方法のことですね!」

「穴を空ける?」

「いわゆる窒息消火ってやつです!穴を空ければこの施設の空気は全部月に排出されます!空気がなければ物は燃えはしませんから一瞬で消火できます!」

「そんなことしたら施設の植物が全滅してしまうピョン!ゴホ!ダメラビ!ゲホッ!」

「だから躊躇しているんですよ!それに気圧の差で人間さんの痕跡もまとめて吹っ飛んでしまいそうです!」


頭を抱えるシガクシャ。

せき込み続けるキネを心配したライカは焦った口調で言いました。


「シガクシャ!とりあえずキネにも宇宙服着せて!」

「あぁ、そうでした!人数分のスペアをもってきておいてよかったです!」


シガクシャは、ショルダーバッグの中から銀色の折り紙のような物体を取り出して、キネに差し出しました。

その瞬間にライカがそれを奪い去り、キネに着せようとます。


「キネ、動かないでね」

「なにするピョ......ン?」


戸惑うキネに、ライカは折り紙を伸縮させ、手際よく着せました。咳が止まり、息が楽になったようです。

その様子を見たかばんは、何かを思いついたような表情を見せ、シガクシャに提案します。


「あの、一つ試してみたいことがあるのですが」

「なんですか人間さん!何なりと言ってください!!」


~~~


「これでいいの?」

「いやー!まさかこんな方法を思いつくなんて!人間さんはやっぱりすごいですね!」


シガクシャが感嘆の声を上げます。

通路には、宇宙服を広げて作られた銀色の幕がぴっちりと張られていています。それは通路の隅から隅までをすっぽりと覆っており、ネズミ一匹通る隙間もありません。

かばんは自分の来ている服の一部をつまみながら説明を始めます。


「この宇宙服が持つ、ものすごい伸縮性を利用したんです。シガクシャさんはこの服に耐火性があると言っていたので、炎がこの幕でガードされることによって、こちら側には火の手は回って来ない、という寸法です」


なんということでしょう。かばんはありあわせの材料を使って、防火シャッターを作り上げたのです。


「宇宙服を宇宙服として使わないことがミソね!やるじゃない」

「キネにはさっぱりわからないけど、かばんさんはすごいピョン!」


ライカとキネも感心しています。


「ともかく!これでこの先をゆっくり探索できるというわけですね!先に進んでみましょう!」


一行が少し前進すると、目の前に十字路が現れました。


「さて、どちらへ行きましょうか」

「あ!床を見るウサ!」


キネは目の前の床に三本の矢印の表示があることに気づきました。

その表示にはそれぞれ以下のような記載がされていました。


↑ レーダー実験棟

→ 物理学実験棟

← 工学実験棟

↓ ドーム


「これは?」

「なるほど、どうやらこの先にも研究施設があったようですね!私としましては、レーダー実験棟がとても気になります!まっすぐ行きましょう!」

「いや、まずは物理学実験棟でしょ?物理はすべての学問の基礎よ?最初に探索されて然るべきじゃない?右ね」

「キネはエ学実験棟が気になるラビ!どんなことやっていたのかまるで想像がつかないピョン!左ウサ!」

「皆さん落ち着いてください」


なんということでしょう。仲間全員の意見が割れてしまいました。

こうなると残ったかばんに決定権が回ってきてしまいます。


「常識的に考えて物理からよね?かばん?」

「人間さんもレーダーから調べた方がいいと思いますよね?」

「かばんさんはキネのことが嫌いウサ......?」


かばんは困ってしまいました。

正直な話、どこから調べようと結局全部行くことになるから変わらないと思いましたが、皆の意見を尊重しないとのちに禍根を残しそうです。

かばんは胃が痛むような気がしてお腹を押さえましたが、ふと、脳裏にいつか聞いたアドバイスが浮かんできました。


『そのまままっすぐ行け』


かばんは思わずそれを口にしてしまいます。


「このまままっすぐ行きましょう」

「やったー!」


とたんシガクシャが喜びましたが、他の二人は口をとがらせています。

かばんは慌てて即興の言い訳を始めます。


「えっと、人間を見つけたいという当初の目的から考えると、レーダー実験棟に行くのが正解だと思ったんです。どこにいったのか分かるだろうし。それにあの上から見た電波望遠鏡がどうやって使われていたのか、ぼくも気になっていました」

「そうなんだウサ!」

「まあ、わかったわ。順番なんて特にどうでもいいことだし。さっさと行きましょう」


気付けばキネとライカは先へ進んでいます。

あっけなく納得した二人に、かばんは拍子抜けしました。

その表情を見て不思議に思ったシガクシャはかばんに話しかけます。


「どうしましたか人間さん?」

「いえ、あまりにも簡単に説得できてしまって、ちょっと驚いてしまいました」

「驚くことがありますか?二人がすぐに納得したのは、人間さんが素早い決断をしたからですよ!」

「素早い決断?」


かばんは思わずオウム返しをしてしまいました。


「みんなそれぞれ自分の意志はあるけど、ここで悩んで時間を使うのはいやだから、人間さんに決めてもらいたい。みんな内心ではそう思っていたはずです。人間さんがどの選択肢をえらんでも、時間を使わなければそれが正解だったんです」

「そうなんですか」


シガクシャはちょっと微笑むと、付け加えるように言いました。


「老婆心かもしれませんが、たとえ選択肢が与えられた時でも、選択肢の先のことだけでなく、その背景にあるものが何なのか、常に考えなくてはなりません!私は人間さんにその能力が備わっていると思ってます!だから人間さんはいい大使に...

...」


そう言いかけたところで、先を行くライカとキネから声がかかりました。


「かばん!シガクシャ!早く来なさい!日が暮れちゃうわよ!」

「ライカさん、月の昼間はそんなに短くないピョン!」


シガクシャは二人に返事を返すと、小走りでライカの方へ向かいます。


「説教はこれくらいにして、行きましょう!」


一行はレーダー実験棟に歩みを進めたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る