第25話 電力供給断絶作戦


その瓶には、はっきりと『サンドスター』と書かれていました。

かばんの頭に様々な考えが錯綜しはじめます。


地球の地下で見た、我々はサンドスターには屈しないとの文字。

サンドスターの入っていたであろう瓶に付された明らかな危険物の表示。

どうしてサンドスターがこんな危険なものとして扱われていたのか。

かばんはパークで大量のサンドスターに触れてきました。

人間にとってサンドスターは危険なものであったなら、自分にもまた危険なものではないのか。

かばんが頭を抱えていると、シガクシャが声をかけてきました。


「人間さん。そんなに悩むことはないと思いますよ」

「え?」

「これを見てください」


シガクシャはショルダーバックの中からタブレットのようなものを取り出して、かばんに見せました。

その画面に表示されていたものは、様々な研究の情報が張ってあった先程の掲示板の写真でした。

かばんはそれを覗き込みます。


「この部分、小さいですが読めますか?」


シガクシャの指の先の記事には、


・サンドスターをもってサンドスターを制す。セルリウム誕生


と書かれていました。

かばんは思わずシガクシャに尋ねます。


「これは?」

「察するに人間さんはサンドスターの研究をして、安全に使えるように改良したのではないでしょうか?ライカさんがいたところの人間さんはサンドスターを敵視していたようですが、ここの人間さんは違ったのかもしれませんよ!!」

「サンドスターの研究?改良?本当にそうなのかな......」

「そうに決まってます!人間さんが普段触れてるサンドスターはきっと安全な方のサンドスターです!もっともサンドスターがなんなのかは未だによくわかりませんが!」

「ええ......」


相変わらず無責任なことを言うシガクシャでしたが、かばんにとって希望と勇気になったことは確かでした。

その様子を見たシガクシャはひと呼吸すると、廊下の方を向いて言いました。


「ところで人間さん。なんだか焦げ臭くありませんか?」


かばんは廊下の方に向きます。

廊下の奥の方に、ぼんやりとした明かりがあることが分かりました。


「明かりがついている?いや、まさか」


そう思うや否や、白い煙があたりに立ち込めてきました。

かばんとシガクシャは思わずせき込みます。


「火事だ......」

「なんということが!人間さんの痕跡が!」


どうやらかばんの持っていた松明から出た火の粉が何らかの可燃物に燃え移って、それが大きく広がってしまったようです。

シガクシャが慌てて廊下へ進み出ると、すでに火の手が廊下の半分くらいまで迫ってきていることが分かりました。


「ああああああ!!!もう111号室に行けないじゃないですか!!痕跡があああ!!!」


シガクシャがそのまま廊下を進もうとするのをかばんが慌てて静止します。


「ダメです!行ったら危ないですよ!」

「我々の来ている服は耐火性もあるんです!1000℃くらいまでなら余裕で耐えられますから!行かせてください!」

「二階が崩れてくるかもしれませんから!!死んでしまいますよ!」

「そんなことどうでもいいんですよ!!使い捨ての体なんかよりも大事なものが目の前にあるんです!」

「シガクシャさん!!!」


かばんが耳元で叫ぶと、シガクシャはハッという顔をして落ち着きを取り戻しました。

その間にも煙があたり一面に充満し、10cm先も見えないくらいになってしまいます。二人は身を屈めて、寄せ合いながら話します。


「すいません。ちょっと取り乱してしまいました……燃えカスからも情報を得られる場合がありますし、それを信じましょう」

「消火とかはできませんか?」

「防火装置の痕跡はありましたが、壊れていたようですね。起動することはないと思います!一瞬で鎮火する方法はあるにはありますが......」

「あるんですか?」

「いえ、なんでもありません!」

「......?となると今すべきことは、ライカさんに知らせることですかね」

「間違いありません!とにかくここから脱出しないと!」


かばんとシガクシャは火から遠ざかる方向へ這って進み、何とか建物の入り口の扉を見つけました。かばんが手探りで扉を開けると、新鮮な空気が建物に向かって流れ込んできます。

振り返ると、火の勢いはどんどん強くなっていることが分かりました。


「これはマズイですね。このシェルター全体に火の手が回るかもしれません!」

「急がないと」


かばんとシガクシャは大急ぎでドームの方へ戻っていきました。


~~~


ところ変わってドームの中央部。

ここではキネとライカが座って休憩をしていました。

そのはるか頭上にはアルミホイルに包まれた立方体が鎮座しています。

二人はそれを見ながら額に浮かんだ汗をぬぐいました。


「案外早く終わったわね」

「それはもうライカさんの操縦がうまいおかげラビ!」

「それほどでもあるわ!こんなに難しい機械の操縦ができるのだから、もっともっと褒められてしかるべきよ!」

「流石ライカさん!!キネにはできない所業!最高最善の王になれる器ウサ!!」

「ふふふ......」


ライカは鼻を高くして、自己浮遊ランタンのコントローラーをちょいと弄りました。

まだ自己浮遊ランタンが取り付けられているキネが、ふわりとライカの方へ移動しました。


「パイロットをアンタに変わってもらって正解だったわ」


ライカはキネをわしゃわしゃと撫でます。するとキネが気持ちよさそうな顔をしながら答えます。


「でもまさか供給装置自体がセルリアン化しているとは思わなかったピョン。あの時ライカさんがキネの体にアルミホイルを巻いてくれなかったら、キネは今頃黒焦げになっていたラビ!」

「ほんとにね。この基地一体どうなっているのかしら」


そんな話をしていると、キネの耳の向きが変わりました。


「......ライカさん。足音がするラビ」

「うん。でもこの足音はシガクシャとかばんだと思うわ」


ライカとシガクシャの距離は、直線距離でまだ200mは離れていましたが、キネとライカの鋭敏な聴覚はそれをはっきりと捕らえていました。


「とりあえず、合流しましょうか」

「そうするピョン!」

「あんたはそのままランタンに乗ってていいわ。私がそのまま操縦する。そして私の運転テクニックをシガクシャ達にも褒めてもらう」

「わーい!了解ウサ!」


二人は嬉々としながら足跡の方へ向かって行きました。


~~~


かくして2つのチームは合流しました。

ライカは汗をびっしょりと流して息を切らすかばんを見て多少驚きましたが、そのままドームの天井にある立方体を指差しました。


「かばん見て!装置をアルミホイルで覆ったわ!これであのセルリアンに電気は供給されないはずよ!それに見なさい!私のランタン操縦テクニックを!多分宇宙で一番うまいと思うんだけど」


ライカは、しっぽを振り振り、キネを旋回させながら言いましたが、かばんにはそんなものを見ている余裕はありませんでした。

かばんがやや焦りながら言います。


「そんなことよりライカさん!!大変なことを起こしてしまいました!」

「え?」

「火事ですよ!もうドームをつなぐ通路まで煙が来ています!逃げないと!」


ライカが目を凝らすと、確かにドームの端からもくもくと煙が上がっているのが確認できました。


「ヤバくない!?」

「ドームに来るのも時間の問題です!逃げましょう!」

「逃げるったって、どこに逃げるというのよ!ここまで来て入り口に戻るっていうの?せっかくここまで頑張ったのに!」


ライカは途端に不機嫌そうな顔になり、しっぽを下げました。

しかしかばんは言います。


「いえ違います。探索を進めます。進みながら逃げます」

「え?」

「黒いセルリアンのいる先へ向かいましょう。この施設のどこかに、人間がどこに行ったのかがわかる痕跡が必ずあります。それを見つけに行きます」


ライカはかばんの目を見ました。それまでの怯えていた目とは打って変わり、何となく力強さを感じます。


「わかった。かばんを信じることにする」


~~~


一行は燃え広がる火を横目に見ながら、通れなかった通路へ急ぎました。

目的地に着くと、通路を通せんぼしていたセルリアンはいつの間にかいなくなり、代わりに壊れかけたシャッターがありました。

よく見ると一部が曲がっており、そこから奥への道が見えます。


「セルリアンが消えてるピョン......」

「やっぱり!おそらく動力を失って動けなくなったのでしょうね!先に進みましょう!」

「ちょっと待って!それってセルリアンが電化製品だったってこと?」


ライカの問いかけに、シガクシャは一瞬立ち止まります。


「その可能性もありますね!」


シガクシャはそれだけ言って、シャッターの隙間を潜り抜けました。

何はともあれ、このまま進めそうです。


「よくわからないことばかりだわ」


ライカも隙間を通り抜けます。

かくして一行は、前人未到の3つの建物へ向かって行ったのでした。



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