第24話 サンドスター実験棟


シガクシャとかばんは、空の飛びかたを練習する二人にいったん別れを告げて、目的の場所へ向かいます。


「3つの建物につながる通路を上にしたとき、左の方向に目的の建物があります。行ってみましょう」

「よくもまあそんなことを覚えているものですね!」


シガクシャは感嘆しながらかばんの後を追いました。


「人間さんって、変わりましたね」

「なんのことですか?」


かばんは歩きながら、訝しげにシガクシャを見返しました。


「初めて会ったときはあれだけ怯えていたのに、いまではとても頼りがいがあります」

「まあ、慣れ。ですかね」


かばんは少し照れながら言いました。

『慣れ』。

ふと口にしたこの言葉から、かばんは今まで会った個性豊かなフレンズを思い出しました。ゴコクに旅立つ前、キョウシュウでは、たくさんのフレンズと出会って、交流しました。いろいろなフレンズの不思議な力を見ることはすでに慣れていたハズ。それなのに、どうしてシガクシャにだけ怯えていたのか、かばんは自分でも不思議でした。


--何か大事なものを忘れている気がする。


そんなことを考えながら二人で進んでいくとおそらくや目的の建物に続くであろう通路が現れました。

今度の通路の入り口は先ほどのような黒いセルリアンにガードされているわけでもなく、障害なく一本の道になっているようです。

しかし、どことなく進むのを躊躇させるような雰囲気があります。


「この入り口は、何となく不気味ですね……」

「そうですかね……?あ!あれは!」


シガクシャが通路の入り口付近へ駆け寄って、少し土を掘り返しました。

そして掘り出した5cm ほどの金属の欠片をかばんに見せつけます。


「これは?」

「ステンレスの欠片ですかね。厚さは2cmくらいありますが、人間さん、この縁辺部ちょっと妙ではありません?」


かばんはシガクシャの手元を覗き込みます。


「確かに、ちょっと内側に曲がってる感じがありますね」

「ですよね!解析をしないと詳細は分かりませんが、断面を見るに破壊された跡です!」

「破壊……?ここに何か破壊しなくてはならないものがあったということですか?」

「そうです!」


かばんは少し考えて、口を開きました。


「もしかして、とうせんぼするセルリアンがここにもいたとか?でも先ほどのセルリアンはこんな金属でできているわけじゃないですし」

「そこなんですよ。先ほどのセルリアンなるものがこんな厚みの金属でできていたとしたら、あんなグネグネした動きはできないはず……そもそもこの厚みのステンレスの曲げモーメントは......」


お経のようにぶつぶつ唱えるシガクシャに、かばんは声をかけました。


「先へ進んでみましょう。何かがわかるかもしれません」

「それがいいかもしれませんね」


シガクシャは立ち上がり、金属片をバックの中にしまうと、通路の写真を2、3枚撮ってかばんの後に続いて進みました。

廊下の奥には、ヒビの入った半透明の扉がありました。どうやら目当ての建物に続いているようです。

その扉を開けると、真っ先に『フロアマップ』と書かれた看板が目に入りました。

それを見るに、どうやらこのフロアには12の部屋があり、一つ一つの部屋に番号が割り振られているようです。

シガクシャはすかさずそれを写真に収めて、ひとりごとのようにつぶやきます。


「この建物は2階建てのようですね。研究所としては小規模というか、部屋割り的にみても研究させる気はあまりなさそうな気がします。エレベーターすらないようですし」

「あ、シガクシャさん。ここを見てください」

「なんですか?」


かばんが指さした111の部屋には、明らかに後から手で書き足したとみられるバツ印がありました。


「この部屋、何かあったのではないでしょうか」

「確かに、かなり急いで書かれたようですね!」

「急いでいたということは、何かから逃げていたとか?」

「その可能性は大いにありますね。行ってみればわかるはずです!奥の部屋です!行ってみましょう!」


シガクシャは目を輝かせながら、一人でずんずんと建物の奥へと進みましたが、すぐに戻ってきました。


「暗くて全然進めません!」

「ええ......」


かばんが肩を落とすと、シガクシャは弁明を始めました。


「いや、持ってきてはいたんですよ!自己浮遊ランタン!でも全部ライカさんに貸してしまったので、見えないんです!あ!そうだ!フラッシュ!カメラのフラッシュ機能を使いましょう!これを使えば割と遠くまで見通せるはずです!」

「シガクシャさん。ちょっと待ってください」


かばんは背中のかばんをまさぐって、棒切れと布とマッチを取り出しました。


「え?それって?」

「大丈夫です。一度使ったことはありますから」


かばんは棒切れの先端に布を巻くと、そこにマッチで火を灯します。あたりにほのかな熱と、ぼんやりとした光が現れました。


「松明です。これで先に進めます」

「人間さん......」

「え?」

「すごいです!燃焼現象を利用して光を!こんな手段思いもよりませんでした!人間さんはとんでもないことを考えますね!!」

「えぇ......?そんな言うほどですか?」

「いえいえ!常人には思い浮かばない手段だと思います!」

「ありがとうございます。この松明はと思うので、急いで111号室へ向かいましょう」

「そうですね!」


とは言ったものの、シガクシャにとってその道はとても長いものでした。

例えば廊下の壁際に設置された掲示板には、シガクシャが好きそうな情報が大量に掲示されていました。


『コールドスリープ、無重力下で実験成功』


『電子ビーム渡航法、ほぼ実用化』


『任意素粒子の破壊技術、量産体制へ』


「はぇ~これはこれは!間違いなく貴重な資料です!人間さん!松明をこちらへ!もう少し右に!」


シガクシャはニタニタしながら掲示板を撮影します。


「シガクシャさん!早く行かないと松明が!」

「分かってます!分かってますからもうちょっとだけ!ってあそこにあるのはもしかしてデュワー瓶なのでは!?人間さん!あそこの奥を照らしてみてください!」


かばんには相変わらずシガクシャの行動が理解できませんでした。

松明はすでに半分ほど消費されています。

かばんはついに痺れを切らして言いました。


「シガクシャさん!先に行ってしまいますよ!」

「ああ!待ってください!」


子どものように動き回るシガクシャを静止しながら、ようやくかばんは111号室の前までたどり着きました。しかし松明はほとんど残されていません。


「ここが例の部屋ですね!」

「開けてみます」


かばんが111号室の扉に手をかけます、施錠はされていないようです。

扉を開き松明をかざすと、両脇に大きな薬品棚があることが分かりました。


「どうやらここは薬品庫として使われていた部屋のようですね!」


かばんが部屋の中に足を踏み入れると、ガチャリという音が足元から聞こえます。

かばんがとっさに松明を床にかざすと、割れた瓶があちこちに散乱しているのが分かりました。

シガクシャは床にかがみこんで調べ始めます。


「これって......」

「薬瓶ですね。落としてしまったのでしょうか?」

「あの、触って大丈夫なのですか?」

「我々が来ている服はもちろん薬品耐性を備えているので安心していいですよ!」


かばんはシガクシャの隣に座り込みます。

その瓶の破片には黄色と赤でなにかのマークが付されていました。

薬に関する知識は全くないかばんですが、危ない物質が入っていたものであると一目で察しました。


「入り口の×印は、これを落としてしまったことを表す印だったのですかね?」

「その可能性は大いにあります!断定はできませんが」


シガクシャはそう言って部屋の全体の写真を撮ると、持っていた破片をショルダーバックの中に入れました。

そうこうしている内に、あたりがどんどん暗くなっていきます。


「あああ!!松明がなくなってしまいます!人間さん!早く戻りましょう!」

「分かってます!」


松明の火の粉を散らしながら、二人はなんとか入り口まで戻りました。


「いやー!間一髪でしたね人間さん!一息ついたらもう一度行きましょう!」

「そうですね」

「あ、そうだ。さっき撮った写真見ますか?すごく面白いことがわかるかもしれませんよ!」


シガクシャがショルダーバックからカメラを取り出そうとした拍子に、薬瓶の欠片が落ちてきました。


「あ、落ちましたよ」

「ありがとうございます」


かばんはそれを拾い上げようとかがみます。

その瓶に付された黄色と赤のマークの横には、なにか文字が書かれています。

かばんはとっさにそれを読み上げました。

......いえ、読み上げてしまいました。


「サンド......スター......」


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