第23話 黒い電気柵



セルリアンはライカをじっと見つめてきます。

ライカは思わず恐怖に身をすくめましたが、セルリアンはその位置から動きませんでした。


「ライカさん。大丈夫ウサ。あいつは動かない。一定の距離を保っていれば襲われることはないピョン」

「あ、そうなの」


ライカは警戒を解きます。

キネの発言を聞いたかばんはいつか戦ったセルリアンを思い出しました。そしてキネに尋ねます。


「あの......それなら、どうしてキネさんの仲間はたくさんやられてしまったんですか?近づかなければ襲われることはないのに、わざわざ近づいて行ったということですよね」

「みんな、あのセルリアンの向こう側に行きたいと言ってやられてしまったのピョン......」


キネはちらちらと見えるセルリアンの向こう側を見ながら、寂しそうに言いました。どうも向こう側は土にまみれたこちら側とは違い、真っ白な壁面で囲まれていることが分かります。

この先には謎の建物が3つある。そう考えるとかばんもその先が気になって仕方なくなってきました。うつ伏せになっていたかばんは立ち上がって言います。


「キネさん、遠くから攻撃したら、襲われますか?」

「大丈夫だと思うけど、あまり近づくと危ないラビよ?」

「ここから石を投げてみます」


かばんは直径4cmほどの石を持って、セルリアンに向かって投げました。

石は地球に比べて弱い重力のもと、緩やかな放物線を描いてセルリアンに向かって飛んでいきます。

そのうち石は見事セルリアンに命中します。しかし当たった瞬間、石はパァン!と大きな音を立てて砕け散りました。そのまま地面に落ちた、3つか4つに分かれた石からは、プスプスと煙が上がります。

大きな音に驚いたライカは思わず耳をふさぎ、うずくまりながらかばんに問いました。


「何!?一体何をしたの?なんなのこの音は!」

「い、石を投げたんです」

「それは分かってるけど!」


かくいうかばんも、何が起こったかわからないようで、シガクシャに助けを求めました。

シガクシャは、煙を上げる石を見てぶつぶつとひとりごとを言っています。


「あの音と石の表面から察するに、高エネルギーが一気に石に流れた感じですね......キネさんはビリビリとか言っていましたし、この文明のレベルで考えられるのは......」

「シガクシャさん!」


声をかけられたシガクシャはハッとして、かばんの方を見ました。


「シガクシャさん。今何が起こったのか分かりましたか?」

「ええ一応!キネさんの言うビリビリの正体はたぶん電気です!」

「電気って......?電池の仲間でしょうか」

「半分正解です!電池はエネルギーをため込んで、電気として放出しやすいようにしたものですからね!そしてこれほどの強さを持つってことは、どこかに電気の供給源があるはずです!」


シガクシャはびしっと人差し指を立てながら言います。

正体が自分の知っているものだと分かって安心したのか、ライカは下がっていた尻尾を上げてシガクシャと話し始めました。


「つまり電気を供給するコードみたいなのを見つけて切っちゃえば、あいつを倒せるってこと?」

「コードって!まさか!」


シガクシャはちょっと笑いを含んだ声で言うと、ライカはしかめっ面で反論します。


「私、なんかおかしなこと言った?」

「こんな文明が進んでるところにコードなんてあるわけないじゃないですか!ワイヤレス電力伝送に決まってますよ!」

「あぁー、それね。そっちね」


ライカは知った風に口を聞きましたが、かばんは分かっていないことを一瞬で見抜きました。

そんなわけで、かばんはライカの代わりにシガクシャに質問します。


「ワイヤレス電力伝送って何ですか?」

「名前の通り、コードなどを使わずに電気を供給するための技術です。これがどれくらいうまくできるかが、文明レベルの指標になるんですよ!」

「なるほど、そうなんですか」

「へぇ……」


関心するかばんの横で、ライカも密かに関心していました。


「じゃあそれをどうにかしちゃえば、あいつをやっつけられるってわけね」

「そうですね!!」

「でも、どこにあるのかわからないじゃない」

「多分ドームの天井に取り付けられていると思います!高いところは電力供給に当たって有利ですからね!」


シガクシャが上を見上げて探すと、ほどなくしてそれらしいものを見つけたようです。


「見つけました!あれだと思います!」


シガクシャはドームの中心付近につり下がっている、直径1mくらいの球体の機械を指差しました。


「あ、あれですか?地面から30mは離れていますよ?どうやってあそこまで行くんです?」

「確かに一筋縄ではいかなそうね」

「キネのジャンプ力をもってしても、無理ピョン...」


難しそうな顔をする3人に、シガクシャはショルダーバックから風船のようなものを取り出して見せました。


「これでやってみましょう!」

「それ、自己浮遊ランタン?」

「そうです!これを体に括り付けて、あそこに行くことできませんかね!このくらいの重力だったら、何個か体に結べば飛べる気がします!」

「えぇ......他に方法ないのですか?」

「空飛ぶ機械はあるっちゃありますが、宇宙船にいったん戻って印刷しなくちゃいけないので、結構時間がかかってしまいます」


ライカはちょっと考えると、自己浮遊ランタンをシガクシャから奪い取り、胸を叩いて言いました。


「まかせておいて!私がアレを壊しにいってあげる!」

「ああ!壊すのはよくないです!これを使ってください!」


シガクシャは続けて、銀色に光るロール状のものをバッグから取り出して、ライカに差し出しました。


「なにこれ?」

「これはアルミホイルというものです。まあアルミニウムを10μm程度に引き伸ばしただけのものなので説明はいらないでしょう。これを伝送装置に巻き付ければ電磁波が遮蔽されるのでそれだけで無力化できます。貴重な文化財ですから、壊さないよう頼みます!」

「面倒ね......」


ライカはしぶしぶとアルミホイルを受け取りました。

そして自己浮遊ランタンを自分に結ぶようかばんに頼みました。

ほどなくして5つの自己浮遊ランタンはすべてライカに結び付けられました。


「ランタンのモードをライカさんの脳内操作に切り替えました!行きたいところに行こうと念じればそちらの方へ飛べるはずですよ!」

「わかったわ」


ライカは力んだ顔をして念じますが、ランタンは一向に動きませんでした。


「おかしいじゃない!壊れてない?これ?」

「いや、そんなはずは......じゃあこれを使いますか?」


シガクシャはライカに平たいのものを渡します。


「なにこれ」

「自己浮遊ランタンのコントローラーです!十字キーの左右で方向転換!上下で前進後進!Aボタンで上昇!Bボタンで下降します!そして左→右→ LR同時押し→B→ A→ 下→下 →X→Yで目の前の障害物を避けられます!」

「ふーん......」


ライカはちょいちょいとリモコンをいじくると、あっという間に宙へ浮かび上がっていきました。


「うわわわわわ!!高い高い高い!」

「ライカさん!」

「キネに任せるラビ!」


すでに10mほど浮遊していたライカに向かってキネがジャンプし、ライカの足を掴みました。

二人分の重さによって、ライカはゆっくりと下降し、やがて地面に着地しました。

シガクシャとかばんは二人に駆け寄って安否を確認します。


「大丈夫でしたかライカさん!」


ライカはしばらく呆然とした顔をしていましたが、そのうち顔を真っ赤にして言い訳を始めました。


「さっきのは練習だから!練習!Bボタンを押せば普通に降りられたし!別にキネに助けられなくとも自力で降りられたし!」

「あの、ライカさん。僕が代わりに行きましょうか?」

「いい!自分でやる!」


ライカはムキになって、コントローラーをぎゅっと握りました。

これを見たシガクシャがかばんに耳打ちをします。


「人間さん。これはしばらく時間がかかりそうですね」


かばんは小さくうなずくと、シガクシャに小さな声で伝えました。


「シガクシャさん。ぼく、一つ見たいところがあるのですが」

「はい?何ですか?人間さん?」

「あの廊下に繋がる建物以外にも、このドームに直結している建物が一つあったんです。そこがどうなっているのか、見に行きたいです」

「ああ!確かにそんなものがありましたね!行きましょう行きましょう!」


うん、うんと頷いたシガクシャは笑顔を作って、ライカに声をかけました。


「ライカさん!私たち、ちょっと他に調べたいところがあるので少しここを離れます!伝送装置は頼みましたよ!キネさんのこともです!」

「え!何よ急に!」

「頼みましたよ!ライカさん頼りにしてますから!多分ランタンの操作も、とてもうまくなると思います!」

「わかったわよ......」


ライカは納得していなさそうな顔で、小さくうなずきました。


かくして、かばんとシガクシャは謎の建物の調査に、ライカとキネはワイヤレス電力伝送装置の対処に乗り出したのでした。

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