第22話 月ウサギのフレンズ



「月ウサギ……?」

「そうだラビ!キネは月ウサギなんだピョン!ここにフレンズが来るのなんて初めてウサ!是非お友達になってくださいピョン!」


 キネは跳ねながら言いましたが、ライカは信じられない様子です。


「月にウサギ?そんなのいるわけないじゃないの。月には生物なんていなかったのよ?フレンズなんているわけないじゃない」

「でもキネはここにいるウサ」


 目の前のウサギのフレンズはその赤い目をライカに向けて、ふんぞり返って言いました。

 ライカは息をつき、額に手を当ててシガクシャの方を見ます。


「シガクシャもおかしいと思うわよね?」

「確かに知的生命の反応がなかったのに、こんなのが中にいるなんてにわかには信じられません……」

「そういうことじゃなくて!」


 声を荒げるライカにキネは白いものを差し出します。


「お近づきのしるしに、これを差し上げるピョン」

「え?なにそれ?」


 ライカがキネの手中を覗き込みます。


「さっき言ったお餅ラビ。おいしいウサよ?」


 おいしいという単語につられたライカは、キネから迅速に餅を奪い取りました。

 そのやわらかい感触をライカは不思議そうに確かめ、訝しげに言います。


「毒とか入ってないでしょうね?」

「まさか!そんなもの入れるわけないピョン!」

「そうよね」


 キネの発言を聞くや否や、ライカは餅を口に入れました。

 ライカの口の中からもちゃもちゃとした不思議な音が聞こえます。

 そしてそのまま餅を飲み込むと、うれしそうな顔をして感想を伝えました。


「まあまあおいしいじゃない!好みだわ!」

「よかったラビ!」


 誇らしげな顔をするキネを横目に、ライカはかばんに耳打ちします。


「コイツは悪いやつじゃないと思う。こっちの事情を話しても問題ないわ」

「えぇ......」


 どこまでも現金なライカに、かばんは半分呆れた顔で愛想笑いを返したのでした。


 ~~~


 キネは愛想よく返事を返します。


「なるほどー!変な頭のがシガクシャさんで、黒い髪のがかばんさん。そしてちっちゃいのがライカさんラビね!覚えたウサ!」

「いえいえー!!覚えていただけて光栄です!ところで先ほど、キネさんは自分は月ウサギとおっしゃっていましたが、月ウサギと言うのは月に昔からいらっしゃる一族なのですか?」


 手慣れた感じで聞き込みを始めるシガクシャに、キネはきょとんとして答えます。


「えっと、一族?って何ラビ?」

「すいません、言い方を変えますね。ここにはおひとりでいらっしゃるのですか?」

「......そうウサ。でも......昔はいっぱいいたピョン」


 ふと、寂しそうに答えるキネに、ライカは目をつむって頷きました。シガクシャは質問を続けます。


「いっぱいいたって、月ウサギが、ですか?」

「いや、人間が、ラビ」


 キネの答えを聞いて一同は驚きの顔を向けます。

 かばんがそれについて詳しく尋ねようとしたのと同時に、キネの長い耳が後ろへ向き、緊張した面持ちに変わりました。


「みんな!ちょっと待つウサ!」

「??」


 キネが後ろに振り返ると、目先の茂みが動いて黒い塊が現れました。それは10cmほどの豆腐のような形の物体で、その表面には無数の小さな穴がたくさん空いています。そして、シガクシャ達の方向に向かって動いていることが分かりました。


「動いた......!?」

「ちょっとなんなのこれは!?」


 シガクシャとライカが恐怖の声を上げます。

 それもそのはず、その黒い塊には見るからに不気味な目玉が付いているのです。ぎょろりと舐めまわすように動くその目玉は、二人に嫌悪感を与えるのには十分でした。


「セルリアン......!!」


 怯えてすくみ上がる二人とは対照的に、キネはどこからともなく木製のハンマーのような道具を出して身構えます。かばんも背負っていたかばんを降ろして、臨戦態勢をとりました。


 幸いこのセルリアンは小さいうえに動きも遅かったので、キネの一振りであっという間に粉砕されました。

 パッカーンと言う効果音のあとに、キラキラと輝く物質があたりに放出されます。

 気持ちよくはじける四角い物質に、一行はなぜか達成感を感じていました。


「これは......?サンドスター......?」


 シガクシャはサンプル瓶を取り出して、放出されたキラキラを中に封じ込めました。そして一瞬ハッとした顔をすると、次の瞬間にはキネに詰め寄っていました。


「キネさん!なんなのですかあれは!黒い目玉の怪物!セルリアンって言うんですか!?あんなの初めて見ました!あれってどこから来たのですか!?そもそも生物なのですか??」

「私も知りたい。教えて」


 ライカも後ろから質問します。

 しかしキネは困ったような顔を浮かべて言います。


「うーん、ごめんなさいラビ。キネにもよくわからないんだピョン。ただ、だということは間違いないウサよ......」

「そんな!もうちょっと詳しく教えてください!どれくらい前からいたのか、とかは分かりますか?」

「そうウサねえ......少なくとも、キネが生まれた時はここはセルリアンだらけだったラビ」

「セルリアンだらけ!?それって今もそうなんですか!?あんなのがここにはたくさんいるんですか??」

「大丈夫ラビ。多くの犠牲を払いながらも、みんなでいっぱい倒したピョン!もうちっちゃいのばっかりで、害になるサイズのやつはほとんどいないウサ!アイツを除いては......」

「アイツ??」


 キネは向こうを見やります。そしてふぅと一息つくと、絞り出すように言いました。


「見せてやるウサ。ついてくるピョン」


 キネはピョンと跳ねて方向転換すると、テクテクと歩きだしました。


「人間さん。行ってみましょう」

「わかりました」


 シガクシャ一行もそちらへ進みます。

 道中、ぬかるみや木の根が張って歩きにくい場所がたくさんあり、歩きなれないシガクシャとライカはやや疲れ気味になっていました。それに対してかばんは平気そうです。シガクシャは前を歩くかばんに言います。


「人間さん......割と体力あるんですね!」

「はい。ぼくの強いところだとよく言われます」


 そんな会話をしている内に、先導していたキネはある一点を指差して言いました。


「ついたラビ。あそこで通せんぼしているセルリアン。見えるピョン?」


 キネの指先、数十m先には、確かに大きなセルリアンがいました。

 そのセルリアンは3m四方のブロック塀をそのまま黒く着色したような見た目で、平面に近い体を波打たせながら、不気味な目をぎょろぎょろと動かしています。そして波打つ体の後ろに、細い道があるのが見え隠れしています。

 かばんは脳内地図を開いて、それが三つの建物につながる廊下であることを見出しました。

 一方ライカはセルリアンの接地面に、何かの骨がたくさん落ちていることに気が付き、思わずよだれを垂らしながらキネに尋ねます。


「ねえキネ。あの骨ってもしかして」

「ライカさん……そうウサ。アレはキネの友達だったものピョン。あのセルリアンに何人もやられてしまったラビ」


 ライカは慌てて口の周りのよだれを拭きとって、神妙な顔を取り繕って言いました。


「ねえキネ?私結構強いから、あいつ倒して来てあげてもいいわよ?」


 ライカがセルリアンに近づこうとするのを、キネが慌てて静止します。


「ダメラビ!あれに触ろうとするとビリビリしてしまって、そのまま動かなくなってしまうのウサ!」

「はぁ?ビリビリぃ?何それ?」


 次の瞬間、二人の声に反応したのか、そのセルリアンの目が一行を捉えました。

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