第21話 月に
かばんはシガクシャに連れられて、どこかに入り口がないか、件の施設の周辺をさまよっており、ライカも二人の後に続きます。
そのときかばんは上空から見た施設の全貌をぼんやりと思い出していました。
『・この施設には大まかに、頑丈そうな建物が4つと、1つの巨大なドーム状の建物で構成されている。
・4つのうち2つの建物は箱型と円状の形状で、見たところ11話で対峙した巨大セルリアンくらいの大きさ。
・また、建物のうちの1つは電波望遠鏡のすぐ近くにあり、これは先ほどの建物より低い。
・以上の3つの建物とドーム状の建物とは細長いチューブの様な建物で連結されており、これを通じて互いに行き来ができるようだ。
・一方、もう一つの建物はドーム状の建物とだけに連結されており、何となく隔離されているようで、どことなく不気味な雰囲気が漂っている』
そしてかばんは頭の中に描いた地図に、自分の場所を記します。
『今いる場所は、円状の建物の近くだな』
かばんはちょっと目を閉じて、となりの建物を見やります。その見た目はつい最近作られたように見えたので、かばんは不思議に思ってシガクシャに尋ねます。
「ゴコクやライカさんのところでみたものよりもずいぶん新しそうですね。もしかして、メンテナンスがされているのでしょうか?」
シガクシャはちょっと笑いながら、メンテナンスなど必要ないと答えます。
「この星には酸素もなければ微生物もいませんからね!外側から腐食されることはまずありえません!付け加えると、大気自体がないので基本的に砂埃を被ることすらないでしょう!」
ライカはなるほど、といった表情で施設の壁を触り、手を見ながら言いました。
「ねえシガクシャ、基本的に砂埃を浴びない……ってどういうことかしら?」
「大気がなければ風は起こらないということです!だから地面から砂が舞うこと自体がないのです!」
「そうじゃなくて、もし起こるとしたらどんな場合がある?」
「もし起こるとしたら?そうですねえ、例えば隕石が落下したときなんかは砂を浴びるのではないでしょうか?」
「そうじゃなくて……ねえかばん!」
急に呼ばれたかばんはびっくりして振り返りました。
ライカは砂が付いた指をかばんに見せつけます。
「このあたりだけ、結構砂がついてたんだけど、かばんはどうやって付いたと思う?」
「えと……人が活動したときに舞ったとかですか?」
「そうよね、そう思うわよね」
ライカは安心したような表情を見せました。
かばんは確かに、といった顔をして言いました。
「なるほど……それも確かに人間の痕跡と言えますね。これをもとに探せば……」
「そう。多分出入り口があるようなところは、砂埃がたくさんついていて周りより明らかに汚れているはずだし、風がないならたぶん足跡も残っているはずよ。それを目印に探せばいいと思う」
ライカはどや顔でシガクシャを見ると、シガクシャは悪気のない顔で言いました。
「流石ライカさんですね!私は言うまでもないと思っていましたが!」
「くっ……。わかったわよ。先へ進むわよ!」
ライカは若干顔を赤くして、小走りで先へ進みました。
~~~
一行は歩みを進めます。
施設の中でも特に大きなドーム状の建物を半周したところに差し掛かったとき、急に人間のものと思われる足跡が増え、建物の壁に砂埃がかかっていることに気が付きました。
ライカの仮説の通り、このあたりが出入り口として使用されていたのでしょう。
それもそのはず、近くの壁には明らかにここが入り口であることを示す、回転式のハッチが取り付けられていました。
「おぉ!これは!ここから入れますね!開けてみましょう!」
シガクシャは写真を一枚とると、レバーを回してハッチを開け、そのまま一人で中に入りました。その様子に戸惑いはありません。
「何しているのですか!?お二人も早く来てください!」
シガクシャに急かされた二人はいそいそとハッチの中に入ります。
中は2畳くらいのスペースになっており、入り口と対向する壁にもう一つ回転式のハッチがありました。
ライカは迷わずそのハッチに手をかけましたが、シガクシャに静止されてしまいます。
「ダメですよライカさん!その扉の向こうに空気が入っていたら、吹き飛ばされてしまいます!」
「でもここ狭いから!出口だけ!出口だけ確保しておきましょう!」
「そうは言っても無理ですよ!この部屋は間違いなく気圧を調整するためのものですから、そこは入り口を閉じてから開けなきゃダメなんです!」
「分かってるけど!」
ライカはとても不安そうな表情に変わり、かばんの裾を引っ張ります。
「かばん……」
「え?ライカさん?」
かばんは辛そうな目をしているライカを見て、何か言いかけましたが、そのまま口を閉じました。
ライカは小さな声で言います。
「うん、分かってる。耐えなきゃ、耐えなきゃね。ねえかばん、後ろから、ぎゅってしてくれる?」
「え……?わかりました」
かばんはライカの背中に体を押し当て、腕をライカに巻き付けます。
心なしかライカの顔は安心したものに変わりました。
これをみたシガクシャは思い出したように言います。
「あ!そういえばライカさんは閉所恐怖症でしたね!人間さんは暴れないように、そのまま羽交い絞めにしておいてください!」
かばんは不服そうな顔を浮かべていましたが、シガクシャはそんなことは気にせずに外側の入り口を閉め、しっかり閉じたのを確認すると、もう一方の入り口を開きました。
空気の圧がぶわっと顔にかかります。
これをもって、この小さな部屋はドームの内側と繋がったようです。
扉が開いたことを確認したライカはかばんを振りほどいて、真っ先にドームの方へ入っていきます。
「割と広くていい感じじゃない!」
ライカの声を聞いて、シガクシャとかばんもドーム内へ入りました。
真っ先に目に飛び込んできた色が緑だったことに、かばんは驚きました。
ほとんど反射的に目の前の植物に寄ってみてしまいます。
「これは……草?どこかで見た感じがするけど……っわあ!」
「人間さん!?」
かばんは足元が池になっていたことに気が付かず、そのまま落ちてしまいました。
シガクシャとライカは慌ててかばんを引き上げますが、その体にどろがたくさんついていることに気づきます。
シガクシャはその一部をぬぐって、いつの間にか手に持っていたサンプル瓶に入れ、それを眺めながら言いました。
「ここの土はきめが細かくて栄養も多そうですね!明らかに月の物ではありません!おそらくここは食料を生産する施設だったのではないでしょうか!」
「な…食べ物ですって!?」
シガクシャの隣で、ライカはよだれを垂らしながら言いました。
しかし、シガクシャは目の前の植物をちょっと見て考え始めました。
「でも食べ方が今一つ分かりませんね。どこが食べられるのかも全く……」
「茎か葉っぱじゃない!?」
「結構刺さりそうそうじゃないですか?」
「確かに。じゃあ根っこ?」
試行錯誤する二人に、かばんは目をこすりながら言います。
「これ、地球のイネっていう植物に似ている気がします。おそらく食べるのは穂の部分で……」
「おいしいお餅にできるのでウサピョンラビ!」
突然後ろから声がかかります。
3人がとっさに振り返ると、上に伸びる白くて長い耳と、白くて丸いしっぽを付けた、白い二足歩行の生物が立っていました。
「申し遅れたピョンラビ!私の名前はキネ。月ウサギのフレンズなんだウサピョンラビ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます