第20話 月で



「人間さん!おはようございます!到着ですよ!月に着きましたよ!」


 シガクシャがかばんの部屋に入り込んできて、かばんを起こします。

 かばんが寝ぼけ眼でシガクシャをみると、シガクシャはキラキラした目でかばんを見返します。


「……まあ宇宙に朝も夜もありませんがね!ライカさんはすでに起きてますよ!早く人間さんも操縦室に来てください!」


 シガクシャはそう言うと部屋から去っていきました。


「うん……」


 かばんはゆっくりと起き上がると、伸びをして立ち上がります。

 そして、寝癖を手で押さえつけながら、操縦室に向かいました。


 ~~~


 かばんが操縦室に入るやいなや、シガクシャが声をかけます。


「ああ!遅かったですね人間さん!ほら!下見てください!下!」


 かばんは宇宙船の窓によって、見下ろすと、巨大な白い岩肌があるのがわかりました。その表面はごつごつしていて、そこら中になにかに抉り取られたような跡がありました。


「これが......月なんですか……?」

「そうです!イメージと違いましたか?」

「はい。もっとつるっしたものを想定していました」


 シガクシャはちょっと考えてから、目に見える一番大きな凹部を指差しながら言います。


「あれはクレーターといって、隕石が落ちてきた跡にできるものです!それと今いる場所は、地球からみて裏側の月ですから、人間さんが普段見ているものとは少し違うかもですね!」

「月に裏表があるんですか……?」

「そうです!月の自転周期と地球の公転周期は何故か一致しているので、地球からは常に月の表側しかみられないのです!だから地球生まれの人間さんにとっては、なかなか見られる機会のない光景だと思いますよ!」

「そうですか……それにしてもこんなにでこぼこしているとは思いませんでした」

「まあ、表側は常に地球側を向いているので、隕石が衝突するのはだいたい裏側なんでしょうね!だからクレーターがたくさんあるのではないでしょうか!」

「ねえシガクシャ」


 それまで会話に参加せずに、ずっと月の表面を眺めていたライカが声をかけます。


「それなら月の裏側に人間の痕跡がある可能性は低くない?隕石の衝突が多いところにわざわざ住処を作るとは思えないし」

「言われてみれば!さすがライカさんです!」


 シガクシャは操縦席に座って、機器を少しいじります。

 すると宇宙船は進路を変えて月の表側に向かっていきます。

 ライカはそれを確認すると、一息ついてかばんの方へ向かっていきます。


「おはようかばん。遅かったじゃない」

「ライカさん、おはようございます。さっきまで何をしていたんですか?」


 ライカはシガクシャをちらりと見てから答えます。


「人間の痕跡がどこにあるのか、上から探していたのよ。私のときみたいに、多分シェルターか何かがあるはずだから、それを見つけられないかなって思って」

「そうなんですか」

「シガクシャは知的なんちゃらとかいう自前のレーダーで探しているらしいけど、あれじゃ私すら見つけられなかったしね。結局は自分の目で探したほうがいいのよ」

「確かにそうかもしれませんね。ぼくも探してみます」


 宇宙船が月の表側に差し掛かったのを見計らって、二人は窓越しの月に目を凝らしました。

 いつか遠くから眺めた光景ですが、近くで見ると全然違ったものに見えます。

 表側は裏側に比べてクレーターの数こそ少なかったものの、白い岩肌がどこまでも続いているような感じがします。

 二人は心の片隅で人間の痕跡を発見するのは相当難しいと思っていましたが、10分もが経たないうちにかばんはある一点を指差してライカに言いました。


「ライカさん。なんですか?あれ?」

「どこ?」

「あそこです。あの大きな崖の左のところ」


 目を凝らして見た先には、へこんだ円盤状をした白い構造物が直線状に複数設置されていることが分かりました。

 操縦席で何かのモニターを見ていたシガクシャに、ライカは大声で呼びかけました。


「シガクシャ!止めて!痕跡よ!」

「なんですってライカさん!?」


 宇宙船は急ブレーキをかけたので、全員が前につんのめります。


「こっちに来て!あそこを見て!」


 シガクシャはやや駆け足で窓まで行くと、ライカが指さす方向を見つめました。

 しばらく訝しげな顔をしていたシガクシャですが、例の構造物を見つけると、目を丸くして飛び上がりました。


「あれってもしかして!?電波望遠鏡じゃないですか!?」

「電波望遠鏡?」

「ものすごく遠くの星を見るための装置です!!遠い場所から発せられた光とか電波を、あのパラポラアンテナの中心に集める仕組みです!月に来た人間さんは、あの装置で宇宙を研究していたのかも!」


 シガクシャが興奮気味に続けます。


「とにかくあそこに降りてみましょう!知的生命体の反応はありませんが、人間さんがあそこにことは間違いないです!降りて痕跡を探しましょう!」

「わかりました」

「楽しみね!」


 宇宙船は、電波望遠鏡に向かってゆっくりと降りていきました。


 施設に近づくにつれて電波望遠鏡の周りにあるいろいろな施設が見えるようになってきます。

 ドーム状の建物、四角い箱のような建物、電波望遠鏡の近くにある頑丈そうな家など、大小さまざまな建物が並んでおり、それらすべてが細い管のような道でつながっていることが分かりました。


 そのうち、宇宙船はその施設にどんどん近づき、近くにあった比較的平らな地面に着地します。

 かばんとライカはいつものように降りようとしますが、シガクシャに止められました。


「待ってください人間さん!ライカさん!そのまま降りたら死にますよ!」

「え?」


 シガクシャは銀色に光る布を手に持ち、それを差し出しました。


「外に出るときはこれを着てください!磁場がない星には放射線がわんさか飛んできますし、気温も滅茶苦茶熱いか、滅茶苦茶寒いかです!呼吸もできるか分かりません!このスーツは内部の状態を最適な状態に保ってくれますから、これをつけるだけ!お願いします!」


 かばんとライカはそれを受け取りました。

 かばんはそれを広げてみましたが、どうみても折り紙程度の大きさしかない、ただの布でした。こんなものをどうやって着ればいいのでしょうか。


「人間さん!それ、体に付けて引き伸ばして包み込むんですよ!いくらでも伸びますから安心してください!」


 言われた通り、かばんはその布を指先で押し込んでみました。するとシガクシャに言われたとおり、指が銀色の布で包みこまれました。


「なにこれ……」

「そのまま全身包んじゃってください!何なら私がお手伝いしましょうか?」

「ああ、ちょっと」


 かばんが静止するのを無視して、シガクシャは銀色の布を慣れた手つきで伸ばしていきます。

 かばんの体はあっと言う間に、銀色の布で包みこまれました。


「ははは!三人でおんなじ恰好ですね!でもその中って快適でしょう?」

「確かにそうね」


 ライカはぴっちりと覆われた自分の体を興味深そうに眺めながら言いました。


「オッケーです!これで大丈夫!いざ月面へ!まいりましょう!」


 シガクシャがスイッチを押すと、三人の体は月面へ向かって降りていきました。

 着地をすると、砂埃がゆっくりと舞い上がります。


「わあ...体が軽いです!」

「月は地球よりも軽い惑星なので、引力も小さくなるんでしょうね!体感でだいたい1/5くらいですかね!」

「万有引力ね。月が私を引っ張る力と、私が月を引っ張る力」


 ライカが軽く両足ではねると、その体は1m近く飛び上がりました。若干よろめきながら着地したライカは、シガクシャに笑顔を向けます。

 しかし当のシガクシャはそれに気にも留めず、辺りを見回して言いました。


「それにしてもこのあたり、明らかに人工的に整地されていると思いません?」

「うん……そうね」


 確かに周辺と比べると、自然にせり上がっている場所もなく、大きめの岩すら転がっていないため、不自然にも思えます。


「あ、あれは!」


 シガクシャが急に駆け出して、身をかがめます。

 かばんとライカが追いかけてみると、その手には金属の欠片がありました。


「この欠片、熱で溶けていますね。もしかしたらここ、ロケットとかの実験場だったのかもしれません」

「そうだとしたら?」

「人間さんがここからどこへ向かったのか、わかる資料があの建物の中にある可能性が高いです」


 シガクシャは、眼前のドーム状の建物を見て言いました。

 間近で見ると、ライカが暮らしていた音楽ホールが小さくみえるほどのドームです。


「あの中を探すんですか?」

「もちろんです!行きましょう!」


 シガクシャは若干竦んでいたかばんの手を取ると、勇み足で進んで行きました。

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