🌔

第19話 月へ



一行が音楽ホールを出た時には、外はすっかり暗くなっていました。

シェルターの中が若干かび臭かった分、外の空気がおいしく感じます。

シガクシャは宇宙船を呼び寄せて、乗船のための準備を始めました。

ふと、ライカは音楽ホールの方を振り向いて言いました。


「この家から出ることになるのね」

「寂しいですか?」

「いいえ?ちっとも」


気付けばライカは目の前の宇宙船だけを見ていました。

その目はキラキラ輝いているように見えます。


「長いこと住んでいたのに」

「わからないけど、知らない場所に連れて行ってもらうのって、わくわくしない?」

「何となくわかる気がします」

「あと、私のおかげで宇宙に行けた人間たちが、月で私に感謝するってのが今から楽しみだということもあるわね」

「それはわかりかねます」

「あとサドラウンもカマニクンもおいしいし」


そうこう言っている間に、シガクシャは宇宙船の準備を終えたことを伝えました。

宇宙船から奇妙な光が照射されて、一行は宇宙船に取り込まれていきます。

はじめこそかばんは浮遊感に慣れませんでしたが、今ではすっかり慣れていました。少なくともライカが羽ばたく鳥のマネをするのを微笑みながら見られる程度には。


宇宙船に乗船したのち、かばんとライカはシガクシャに連れられて操縦室に向かいました。

操縦用のパネルのあちこちを触るシガクシャにライカが質問をします。


「ねえシガクシャ、月までどれくらいかかるの?」

「ちょっと今計算中です......あ出ました。2光秒も距離がないみたいですね。まあこの星の衛星ですからこんなものですかね。この船の最高速度は光速の31%だから、理論上は7秒で到達できます!」

「7秒!?」

「あ、理論上の話ですよ!実際は加速とか減速にかかる時間を考えないといけないので最速で一時間くらいかな」


一時間でも十分早い。そう思ったライカでしたが、彼女にとって聞かなければならないもっと重要なことがあります。

ライカは言いました。


「それじゃあご飯はいつ取るの?月で?」


ライカのお腹がぐぅとなります。

かばんとシガクシャは笑みを浮かべながらライカを見ました。


「それじゃあ、もう食べましょうか!静音モードで、寝ている間に月に到着しているように設定しますね!あ、ライカさん。献立のリクエストはありますか?」

「ナサガキ星人の料理!」

「ライカさんは本当にナサガキ料理がお好きなんですね!わかりました!では食堂でお待ちくださいね!」


シガクシャは駆け足で3Dプリンターの部屋に行きました。

かばんとライカは、宇宙船が動き出し、眼下に映る音楽ホールがみるみる小さくなっていく様子をしばらく眺めたあと、ゆっくりと食堂に向かっていきました。


「今日はメインディッシュがチンャポンで、副菜でカミラス、デザートにカザランシです!」


かばんとライカが食堂に到着した時には、すでにテーブルにおいしそうな料理が並んでいました。

ライカはよだれをだらだらと流しながら、あっという間に完食してしまいました。

かばんも料理をおいしくいただき、皿を片付けようとしたところを、シガクシャに静止させられます。


「今日は人間さん早めに寝た方がいいですよ!ライカさんも!お二人は別の星は初めてですよね!なら今日は早めに寝て体力を温存させた方がいいですよ!」


二人はおとなしく言うことを聞き、それぞれ自分の部屋に行きました。

しばらくして、手に持ったモニターで二人が寝たのを確認したシガクシャは、皿を一人で持って3dプリンターの部屋に入りました。

そして皿をダストボックスに入れ終えると、プリンターの近くに設置されたコンピュータの前に移動し、スイッチを入れました。

ほどなくしてシガクシャは、誰かと会話を始めます。


「あ、バケガクさん!解析はどうですか?サンドスターの!」

『やあシガクシャ。どうだい?地上の研究は進んでいるかい?』

「進んでますよ!順調に!人間さんが月へ行ったことが分かりました!私たちもこれから向かいます!」

『そうかい。それはよかった』

「それよりどうです?サンドスターは……?」

『ああ。また面白い性質があることが分かったよ。正直こんなものを作れるなんて人間の化学力をなめていたね。化学工学の分野だけとってみたら、コペルダ星人と同等以上かもわからない』

「ほほう!どんなんです!?」

『……前にサンドスターは特定の分子に反応して変質するって話はしたろう?』

「ああ!プリン誘導体とかピリミジン誘導体のことですね!バッチリ覚えています!」

『そうそう。まあ変質の条件はそれだけじゃないみたいだけどね。その変質のことについてなんだが、どうやら変質したサンドスターの特徴は、別のサンドスターに伝播することが分かったんだ』

「はい?別のサンドスターに伝播??」

『おっと。説明を先走りすぎたかな。例えば、変質していないサンドスターAがあって、離れたところにも変質していないサンドスターBとがあったとしよう』

「ふむ」

『ここで、サンドスターAに遺伝子を取り込ませて変質を起こすと、サンドスターBも同じような変質を起こすことが分かった』

「なんとまあ器用な!」

『さらに驚くべきは、その伝播の距離だ。サンドスター1分子の直径は、だいたい200nm前後なのだが、変質はどれくらいの距離伝播したと思う?』

「どうでしょう。1μmくらいですかね?」

『そのくらいが限界だと思うだろう?ところがどっこい。3m、いや、それ以上だ。そして伝播はほぼ同時に起こることをみるに……』

「サンドスター同士で、量子もつれが起こっているのですか?」

『そう、その可能性が最も高い。......すべてのサンドスターは裏で一つにつながっている……そう考えていいと思う』


シガクシャはパソコンの前で息を呑みました。そして興奮を抑えきれない声で言います。


「人間さんヤバイですね!!量子的効果を取り込んだ化学機械を作れるなんて、相当の強者です!!」

『私も同意見。......ついてはコレ、もっと解析しないといけないと思うだろう?』

「あー。このトーンで話すバケガクさんが何をしたいかは、もう大体わかります。ズバリ生物実験でしょう?」

『そう。上には黙っててくれないかな?』

「いいですよ!私が現地住民を同行させていることを黙っててくれるなら!」

『おいシガクシャ!それはだめだろう!』


ここでシガクシャはコンピュータの電源を消しました。

その顔は非常に満足げでした。


宇宙船は自動走行で、順調なペースで月へ向かっています。


「さてと、私も寝ますかね」


シガクシャは自身の寝室に行き、やはり満足げな顔で眠りについたのでした。

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