第18話 犠牲と進歩



「それ、何が書かれているんですか?人間さん」


 シガクシャがかばんの方に寄ってきます。

 かばんは手に持っていた手記を人が入っていたカプセルの上に広げると、ライカもそれを見ようと寄ってきました。

 かばんは黄ばんで多少読みにくくなっていた1ページ目を慎重にめくると、きれいにマス目が引かれた表が現れました。


『超音波振動複合型冷凍睡眠装置実験 2222/2/22-2/25

 〇冷却時間と解凍時間を変化させて冷凍睡眠可能領域を探索する。

 ※超音波は身体全体に5000Hzから冷却時間にかけて漸次減少させる。

 検体番号2681 冷却温度 -120℃ 冷却時間 10分 解凍時間 10分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2682 冷却温度 -120℃ 冷却時間 20分 解凍時間 20分 超音波タイプ 「断続」 死亡

 検体番号2683 冷却温度 -120℃ 冷却時間 30分 解凍時間 30分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2684 冷却温度 -150℃ 冷却時間 10分 解凍時間 20分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2685 冷却温度 -150℃ 冷却時間 20分 解凍時間 30分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2686 冷却温度 -150℃ 冷却時間 30分 解凍時間 10分 超音波タイプ 「断続」 死亡

 検体番号2687 冷却温度 -180℃ 冷却時間 10分 解凍時間 30分 超音波タイプ 「断続」 死亡

 検体番号2688 冷却温度 -180℃ 冷却時間 20分 解凍時間 10分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2689 冷却温度 -180℃ 冷却時間 30分 解凍時間 20分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 』


 そのページには上のようなことが書かれていました。

 かばんはよく理解できないまま、次のページをめくります。


『超音波振動複合型冷凍睡眠装置実験 2222/2/26-2/28

 〇冷却時間と解凍時間を変化させて冷凍睡眠可能な領域を探索する。

 ※超音波は身体全体に10000Hzから冷却時間かけて漸次減少させる。

 検体番号2691 冷却温度 -120℃ 冷却時間 10分 解凍時間 10分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2692 冷却温度 -120℃ 冷却時間 20分 解凍時間 20分 超音波タイプ 「断続」 死亡

 検体番号2693 冷却温度 -120℃ 冷却時間 30分 解凍時間 30分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2694 冷却温度 -150℃ 冷却時間 10分 解凍時間 20分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2695 冷却温度 -150℃ 冷却時間 20分 解凍時間 30分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2696 冷却温度 -150℃ 冷却時間 30分 解凍時間 10分 超音波タイプ 「断続」 死亡

 検体番号2697 冷却温度 -180℃ 冷却時間 10分 解凍時間 30分 超音波タイプ 「断続」 死亡

 検体番号2698 冷却温度 -180℃ 冷却時間 20分 解凍時間 10分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 検体番号2699 冷却温度 -180℃ 冷却時間 30分 解凍時間 20分 超音波タイプ 「連続」 死亡

 』


「これは人間さんの実験記録ですかね?超音波をあてて冷却速度の制御をしようとしたところをみると、熱の正体が分子の振動だってことは分かっていたようですね」

「そうですか……」

「……」


 かばんは返事を返しましたが、ライカは黙ってページを見つめていました。

 きっとデータにある検体たちが、自分の仲間である犬であることを察したのでしょう。


 かばんはその後もページをめくっていきます。

 次のページも、その次のページにも、似たような表がずっと続いていきましたが、相変わらず検体が死んだという情報が書き連ねられているだけでした。

 ノートの半分に差し掛かったところで、その表はぱたりと出現しなくなりました。

 その後十数ページにわたって、難しい微分方程式を解こうとした形跡が見られましたが、その後は白紙のページが続きます。


「これで終わりなのでしょうか……?」


 かばんがぱらぱらとページをめくっていくと、最後のページに差し掛かったところで、なにか文章が書かれていることを発見しました。

 そこにはこう書かれています。


『この手記を手に取った者へ』


「これは?!」


 シガクシャが興奮気味にかばんの手から手記を奪い、顔を近づけて音読を始めました。


「この文章は2222年5月25日に書かれたものである。

 我々は現在地表を覆いつくしているサンドスターから避難するため、このシェルターに入った。地表からサンドスターの脅威がなくなるまで、このシェルターに篭っていようという算段だ。

 しかし我々は限界であった。食料はもうほとんど残されていなかった。持ってきた種は土が悪く育たなかった。男の怒号や子供の叫び声が絶え間なく響いていた。何々が盗まれたとか、誰々が殺されたとか、そういった情報が絶え間なく耳に入ってくる、まさに地獄と言うのにふさわしい状況だった。

 唯一の希望と言えば、私の行うコールドスリープ実験だ。腹を減らさずに時間をやり過ごすことができる誰もが求める夢の技術だ。

 しかし、実を言うと、実験用の犬は一匹を除いてもういない。これ以上実験を続けるのは不可能であった。


 先月、私は嘘をついた。

 コールドスリープ技術が完成したという、ひどい嘘だ。

 それを聞いた途端、人々は狂喜乱舞して、装置の建設に取り掛かった。

 ほどなくして装置が完成すると、皆がカプセルに入っていった。

 我先にと、二度と覚めることのない眠りへとついて行った。

 今、このシェルターには人類は残されていない。

 いるのは何千人もの人間を自殺させた悪魔と、何も知らない私の愛犬だけ。

 私も今、愛犬と一緒に永遠に眠ることの決意が付いた。

 もし、これを読んでいる君が死人を復活させる技術を持っていたとしても、私を復活させることはしないでほしい。それがせめてもの罪滅ぼしだ」


 シガクシャはここまで読んでから顔をあげると、ライカがふるふると打ち震えているのを見ました。


「なんて……なんて無責任なの……イエイヌをいっぱい殺しておいて、技術を完成させなかったなんて!結局みんな死にました、人間は滅びました、だなんて!これじゃあ私たちはなんのために犠牲になったのかわからないじゃない!」


 ライカは顔をぐしゃぐしゃにしながら吐き捨てるように言いました。

 その瞬間、シガクシャが大声で叫びました。


「ピーエス!!」


 かばんとライカの体がビクッと震えます。


「もしこれを読んでいる君に宇宙へ飛び立つ技術があるなら、月へ行ってみてほしい。我々は地下に篭る道を選んだが、一部の人間は宇宙に活路を見出した。そこの人間が、どうしているのか、どうなっているのか、私の代わりに見届けてほしい。私の願いはそれだけだ」


 シガクシャは言い終えると、ショルダーバッグにしれっと手記を入れました。

 かばんとライカはポカンとしています。


「どういうことですか……月って……?そこに人間がいるんですか?」

「この手記が正しければ、そうなりますね!」

「人間は、宇宙に行ったの?」

「ええ。この手記が正しければ!」


 シガクシャはわくわくした表情を浮かべて、まっすぐに二人を見て言いました。

 そして開けっ放しにしていたショルダーバックを閉じると、改めて二人を見ます。


「私はこれから月に行こうと思います!お二人はどうしますか?現地住民を私たちの技術で別の星に連れていくのはよくないので、私から無理強いはできません」


 ライカはしばらく考えてから、かばんを見ないで言い出しました。


「ねえかばん。私もフレンズになる前は実験動物だったんだと思う」


 かばんは頷いてライカを見ました。


「コールドスリープの技術はうまくいかなかったみたいだけど、私が命を懸けた宇宙開発の技術はどうなったのかしらね?月まで行けるようになったのかな?」

「どうでしょうかね」

「私は、知りたい」

「ぼくもです」


 二人は決意を固めたようです。


「シガクシャ、私も宇宙へ、月へ行きたい!私が切り開いた宇宙の技術がどうなったのか、この目で見てみたいの!」

「そうですか!うれしいです!人間さんはどうしますか?」

「ぼくも、ヒトを探すためにここめで来たんです。月に人間がいると言うなら、行ってみたいと思います」

「そうですね!それでこそ人間さんです!それではみなさん!月に向かって進みましょう!!」


 こうして一行は人間を探すため、月へ向かうことになりました。

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