第17話 液体空気に浮かぶ影



「どういうことですか?四つ足の生き物って」


急ぎ足でシガクシャのところにやってきたかばんとライカは、コールドスリープのカプセルの中を覗き込みました。

カプセルの中には青みがかった液体とともに煙が充満しており、中の様子は影としてしか把握できませんでしたが、確かにかばんと似たような姿をした生き物が仰向けに寝ており、その隣にはそれの半分くらいの大きさの生き物が、4つの手足を同じ方向に伸ばして横たわっていることが分かりました。


「大きい方が人間さんですね!頭が大きくて賢そうです!その隣のは何なのか分かりますか……?」


シガクシャが二人に尋ねるとライカが静かに答えます。


「私だよ……」

「はい?」


シガクシャが聞き返すと、今度は叫ぶように言いました。


「イエイヌだよ!」


それと同時に、ライカはカプセルの淵に手を置いて、嗚咽を上げて泣き出しました。

シガクシャは何故泣いているのか、ライカに尋ねようとしましたが、かばんはこれを静止して、代わりに質問に答えることにしました。


「人間さん?ライカさんはどうして泣いているのですか?」

「僕たち人間の仲間と、ライカさんたちイエイヌの仲間が一緒に眠っていたんです」

「なんと!そうなんですか!ゴールデンレコードを聴いた時から思っていましたが、やっぱり人間さんは同類以外と仲良くなれる能力をもっていたんですかね!…それでライカさんはどうして泣いているのですか?」

「ライカさんはもともと、人間は自分たちを捨てたと思っていたんです。でも、人間と一緒に自分の仲間がコールドスリープしているのを見て、それで、自分たちはただ捨てられたわけではなかったんだ、大切にされていたんだって、思えたのだと思います」

「うーん??自分の同胞も人間さんとコールドスリープされていてうれしい!ということですか?」

「……まあ、そんなところですかね」


かばんはなんでいちいち全部説明しなくてはならないのだと、心の中でつぶやきながらシガクシャの質問に答えました。

とはいえ宇宙人には「空気を読む」という文化がないでしょうから仕方のないことです。ですがその後シガクシャも、何もしゃべらず、ただ黙ってカプセルを見ていました。


少しばかりの時間が過ぎました。

シガクシャはライカが少し落ち着いたのを見計らって、声をかけます。


「ライカさん。いまから、コールドスリープの解凍を手伝ってもらおうと思っているのですが、大丈夫ですか?」


ライカはシガクシャを見て、小さくうなずきました。

承諾を得たシガクシャは、床に置いてあった大きなセラミック製の塊を掲げます。それは、かばんの身長ほどもある穴あきレンゲのような物体でした。よく見ると、その下部には車輪のようなものがついています。

ライカとかばんが興味深そうに眺めているのを見て、シガクシャは説明を始めます。


「ご存知の通りこの部屋の中央にある液体空気の貯蔵タンクがありますよね!その下にコールドスリープ解除用の解凍室があるので、このカプセルに入っている体をそこまで移動させなければなりません!それで、体の移動はこの電動レンゲで行うはずだったようですが、あいにくこのシステムは壊れているようです!なので、ここは人力で行います!」


シガクシャは巨大なレンゲをなでながら言います。


「私が指示を出すので、人間さんとライカさんはうまくこれを使って、解凍室まで体を運んでください!」


かばんとライカがうなずくと、シガクシャは緊張した面持ちをして続けます。


「ただし!良いですか!この作業は時間との闘いなんです!今は液体空気にさらされて体が完全に凍り付いていますが、空気に上げた瞬間から表面から解凍が始まります。完全な状態で目覚めさせるためには、凍った状態そのままで解凍室に入れて、割と特殊な方法で熱を当てる必要があります」

「もし時間がかかって、解凍室に入れる前に解けてしまったら?」

「うーん、まあ、死ぬことはないでしょうが、体が欠損したり、脳に障害が残ることは必至でしょうね」


かばんとライカは、一瞬、今から行う作業の重大性にゾクりとした恐怖を感じました。

ライカは顔をぬぐいながら強気に言い放ちます。


「やってやろうじゃないの。人間は復活させて、このは絶対もとに戻すから!」

「その意気です!流石エリイトですね!」

「当たり前じゃない!」


ライカはシガクシャから巨大レンゲを受け取ると、すぐさまそれをカプセルの中に入れ、人間の影の下に滑り込めようと格闘を始めます。


「液体空気に触れるとヤケドするので気を付けてくださいね!あ!人間さんはライカさんのサポートをお願いします!」


かばんがライカに協力してレンゲを動かすこと数分、ついに人間の影の下にレンゲを滑り込ませることに成功しました。

シガクシャはそれを確認すると、ハンドサインとともにかばんたちに指示を出します。


「引き上げてください!」


「はい!」

「わかったわ!」


かばんとライカは、カプセルの淵を支点として、レンゲの持ち手部に体重をかけました。レンゲの本体は上昇し、本体に開いていた穴から、ざばあと液体空気が落ちました。


すると、先ほどまで影としてしか認識できなかった人間の体があらわになります。


それはかばんの身長よりも明らかに大きく、がっしりとした体型の身体でした。

ライカもかばんも、その身体をまじまじと見て観察します。


「ねえみてかばん!この人間の股間、突起があるわ!」

「あ、ほんとだ」

「きっとオスねこいつは!本で見たことあるもん!ねえシガクシャ?」


ライカはそう言ってシガクシャの方を見ました。

しかし、彼女は引き上げられた人間の体を見ながら、とても険しい顔をしていました。


「どうしたのシガクシャ?次はどうすればいいの?」


シガクシャはそう言われると、口を重そうに開いて答えました。


「降ろしてください」

「は?なんで?」

「降ろしてください」

「どうしてよ?!」

「いいから早く、降ろしてください」


ライカは何度か聞き返しましたが、シガクシャは同じことを繰り返し言います。

ライカとかばんは不思議に思いながらもレンゲにかけていた体重を緩めて、引き上げた体を液体空気の中に戻しました。

ちゃぽんと言う音がして、オスの人間の体は再び影に戻ります。


「ふぅ……」


シガクシャは大きくため息をつくと、隣のカプセルに体重を預けました。

ライカはそれを見てシガクシャに詰め寄ります。


「どういうことなのシガクシャ!」

「アレはダメです。ただ単に急速冷凍されているだけで、脱水もなにもされていません。見た目でわかります。たぶんイエイヌさんの方も、他のカプセルに入っている方もみんな同じだと思います」

「話が見えないのだけど!」

「つまりですね。もう、彼が目覚めることはないということです」

「……なんで!?まだ解凍室に送っていないわよ!」


大声でまくしたてるライカに、シガクシャは下を向きながら答えます。


「人間さん達の細胞って、中に水がいっぱい入ってますよね。知っていますか?水って、凝固すると体積が大きくなるんです。脱水しないままコールドスリープしちゃうと、細胞の中の水が膨らんで細胞膜を壊しちゃうんですよ。……つまり、彼を解凍した瞬間に細胞ひとつひとつから中身が漏れ出てきます。解凍したら、ぐしゃぐしゃになって死にます」


ライカはこの世の終わりのような表情で、顔の筋肉をプルプルと震わせながら言います。


「なんでよ!人間は実験したんでしょ!犠牲になった犬もいっぱいいたんでしょ!?なんで復活できないのよお!!シガクシャ!コペルダ星人の最新技術とやらで何とかしなさいよおおおお!!」

「バックアップがない限り、壊れたものは直せません」

「わああああああん!!!」


その返答にライカは泣き崩れてしまいました。

シガクシャは少し残念そうな顔でライカを見ながら、蓋の開いたカプセルへ向かいます。


「さて、復活できないのなら、どうしてこんな施設を作ったのか調べないといけませんね」


そう言ってシガクシャは、カプセルの蓋を閉じました。

その拍子に、どこかに取り付けられていたのでしょうか、一冊の本がカプセルからポトリと落ちます。


「これは……?」


それをかばんが拾い上げると、手書きの文字で書かれた手記であると分かりました。

その表紙には、かばんにも読める文字でこう書かれていました。


『実験ノート (36) 2222/2~』


そして手記の裏表紙には書きなぐったようにこう書かれていました。


『我々はサンドスターに屈しない』



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