第16話 冷たいヒトたち



 奥の扉からひんやりした空気が流れてきます。

 シガクシャはわくわくした表情を浮かべながら、自己浮遊ランタンを目の前に掲げ、ずんずんと扉の中へ進んで行きました。

 かばんとライカはなぜか背筋に寒気を感じて、進むのを躊躇していましたが、ほどなくして先行していたシガクシャの驚きの声を聞きます。


「うおわああああ!!すごいです、すごいです!こんなものあるなんて!」


 かばんとライカも急いで奥の部屋に入って、部屋の様子を確認しにいきました。


「これは……?」

「なんなの……」


 二人の目にまず飛び込んできたのは、卵型をした同じ大きさの金属のカプセル。

 それが先ほど見た音楽ホールくらいの広さの部屋に所狭しと並べられていました。高く上がった自己浮遊ランタンに照らされたそれらはキラキラと輝いているように見えました。


 かばんとライカはその中の一つをコンコンと叩いてみましたが、特に反応はありませんでした。切れ目のように見える部分もありましたが、そこから開くようなことも無いようでした。

 よく見ると容器にはパイプのようなものが取り付けられており、耳を近づけてみると何かが流れているような音がしていました。


「この容器に電気が流れているのでしょうか?」

「いや、違うと思うわ。多分あそこからつながっているのよ」


 ライカが指さしたのは部屋の中央に鎮座したこれまた大きなタンクのような機械でした。

 円柱型をしており、ところどころサビた金属でできています。

 かばんとライカは近くに行って調べてみると、電源が入っておらず、動いてはいないように見えました。

 かばんはその装置をぐるりと一周してみると、何やら操作盤のようなものを見つけました。これは宇宙船の中にあったタッチパネル型のようなものとは大きく異なり、重そうなレバーで動かすタイプのもののようでした。

 かばんは近くにいたライカを呼び寄せます。


「ライカさん。これは?」


 ライカは興味深そうに操作盤を一瞥すると、もとの澄ました顔に戻ってつぶやくように言いました。


「……『液体空気分配器 操作盤』と書かれているわ。パッと見た感じ『非常モード』になっているようだけど、その意味は分からない」

「そうですか……」

「ねえ、ちょっと動かしてみない?」


 ライカの唐突な提案にかばんは首をぶんぶんと振ります。


「ダメですよ!そんなことしたら何が起こるかわからないじゃないですか」

「どうせ壊れているんだし、別にいいでしょ?それにここは私の縄張りだし、私が何をしようと私の勝手じゃない?」


 ライカが一番大きなレバーに手をかけたそのとき、後ろからシガクシャの声ががかかります。


「ちょっとライカさん!何してるんですか!」

「うひゃあ!」


 ライカはびっくりしてその手を放しました。


「ダメですよ勝手に触っちゃ!冷却装置が開いちゃうかもしれません!」


 シガクシャは珍しくぷりぷり怒りながらライカ達に近づいて言いました。

 しかしライカは悪びれずに言います。


「どうなろうと私の勝手でしょ、私の縄張りなんだし!」


 シガクシャは反論します。


「そんなことはありません!歴史的な価値がある以上はその価値が分かる者に保護されてしかるべきなんです!エリイトを名乗るならそのへん分かっているはずでしょう!」

「う……エリイト」


 ライカは黙りました。

 重たい空気が流れます。

 かばんはこれを何とかしようとして、シガクシャに質問をします。


「あの、シガクシャさん。ここが何の施設だかわかったのですか?」


 聞かれたシガクシャは即座に答えました。


「よくぞ聞いてくれました人間さん!ここはコールドスリープのための施設です!」

「コールドスリープ?」

「冷凍して睡眠状態になることで、未来まで自分を生かすっていう技術です!そこそこ発達した文明にしか見られない割と貴重な施設です!そしてなんと驚いたことに……」

「なんですか?」

「電気系統は止まっていますが、冷却装置自体はまだ作動しているみたいなんです!つまり、コールドスリープを解除すれば人間さんの仲間はまだ生きているということになります!」

「……!?」


 ライカとかばんは驚きのあまりポカンと口を開けました。


「あれ?どうしましたか?」

「いえ……それって、本当なんですか?」


 かばんが聞くと、シガクシャは胸を叩いて答えます。


「ええ!本当ですとも!そのためにはまず、この装置の仕組みを解析してですね!人間さんがこの装置を作ったときに想定していた!適切な順序で操作を行う必要があるんです!」


 だからさっきライカに触らないように言ったのだ。と、シガクシャは続けました。

 それを聞いたライカはシュンとして、少しだけ反省したような顔に変わりました。


「解析はたぶん3時間くらいで終わります!それまで、お二人は自由にしておいてもらっていいですよ!」


 シガクシャはショルダーバッグから、ボタンがたくさんついた趣味の悪い眼鏡を取り出して、顔にかけると、そのボタンを器用に押しながら装置を観察しはじめました。

 シガクシャが解析に夢中になっているのを見て、ライカはかばんに耳打ちをします。


「ねえ、ちょっとこの部屋を一周してみない?」


 かばんは不思議に思いつつもうなずきました。


 ~~~


 かばんとライカは並んで大きな部屋の隅から隅までを歩きました。

 その間二人は言葉を交わすことはありませんでしたが、ライカもかばんも何かを考えながら、じっと前を見て、歩いていました。

 ちょうど部屋を一周し終えたとき、ライカは唐突にかばんに話しかけます。


「ねえ、かばんは、人間を復活させるべきだと思う?」

「え?ぼくは……」

「私はね、本当は人間に会いたいの。フレンズではなく、本当の人間に」


 かばんは驚きました。てっきりライカは人間が大嫌いだと思っていたからです。

 それなのに、会いたいだなんて。

 かばんの頭は混乱していました。


「ライカさんは、どうして人間に会いたいのですか?」

「私を宇宙に放り出した理由。それを教えてほしいの。ただ、それだけ」


 ライカは寂しそうに言いました。

 かばんはその答えを知っていました。彼女のもとは実験動物で、人間の技術発展のための犠牲になったこと。これは『宇宙犬ライカ』に書かれていたことです。

 しかしかばんにはそれを正直に言う勇気はありませんでした。

 なのでかばんは、


「ぼくはきっと、悪い理由ではないと思いますよ」


 と言って、黙りました。

 ライカは鼻でため息をつくと、小さく、


「そうね」


 とつぶやきました。

 そしてもう一度息を吸ったかと思えば、ライカは急に真剣な顔に変わり、走り出しました。


「ライカさん!どうしたんですか?」


 かばんは追いかけるなか、ライカが一つのカプセルの前で止まったのを確認しました。

 そこにたどり着くと、息を切らせてライカに聞きます。


「はぁ、はぁ、ライカさん?急に走り出して、一体どうしたのですか?」


 ライカは、目の前のカプセルをじっと見ていました。

 かばんもそれをよく見てみると、そのカプセルは他の金属のカプセルとは違い、石でできていることが分かりました。またそこには、かばんが知らない文字が刻まれていることも分かりました。



「これ……他のカプセルとは違うようですね?ライカさん。なんて書かれているのですか?」

「コールドスリープ実験の実験体となった犬たち、ここに眠る」


 ライカはぽつりぽつりと言いました。

 その目の下には一筋の光が動いているようでした。

 かばんがライカの口元に目をやると、その唇はぶるぶると震えながら途切れ途切れで音を発していました。


「なにか、懐かしい臭いがしたと思って、行ってみたら、これよ」

「ねえ、犬はただの、実験体だったの?コールドスリープ、したのは、人間だけだったの?」

「じゃあ、犬は人間のなんなの?私は人間にとって何だったの?」

「もしかして、私も、実験体だったの?宇宙に行かされたのは、そのためだったの?」

「かばん、答えてよ!私は人間のなんなの!?」

「人間は、人間は、私は、私は、わああああああ!!」


「ライカさん!!人間さん!」


 ライカが泣き崩れるのと同時に、シガクシャが呼びかける声がしました。


「解析が終わったので、一つ開けてみました!!」


 かばんとライカがそちらの方を向いたのを見て、シガクシャは大声で続けます。


「なんか人間さんっぽいものの他に、毛がいっぱい生えた四つ足の生き物が入っていましたよ!コレ……なんなんですかね?」



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