第14話 ライカのおうち



「朝か……」


 かばんは目覚めると、昨日食堂として使った部屋に行きました。

 そこにはすでにシガクシャとライカがいて、二人でサドラウンをすすっていました。


「あ!おはようございます人間さん!よく眠れましたか!?」

「……」


 かばんは何も言わずに席に着きます。


「人間さんの分も用意していますよ!どうぞお食べください!」

「……いただきます」


 かばんは目の前に用意されていたサドラウンを食べ始めました。

 構わずにシガクシャが話を進めます。


「あ、そうだ!今日の目的地なんですがさっきライカさんと決めましたよ!ズバリライカさんのお家に向かいます!」

「!?」


 かばんはびっくりして思わず手に持っていた箸を落としてしまいました。

 あんなに自分に否定的だったライカが自分の家に招待してくれるだなんて考えられなかったのです。

 ライカはかばんのそんな表情を読んだのか、かばんに言い放ちます。


「人間の痕跡を探すってだけよ!何も知らないあんたに来てほしいわけではないからね!」


 塩対応のライカにシガクシャが付け加えます。


「ライカさんは昔から人間さんを見つけたかったみたいなんですよ。そのためにいろいろ資料とかを入手したから、色々なことを知っている私に見てほしいって」

「そういうこと!だからここで留守番していても構わないわ!」


 おそらく、シガクシャは朝早くからここにいて、ライカと話していたのでしょう。シガクシャはいつもの長いうんちくをしゃべって、あろうことかそれを聞いたライカに見初められてしまった……。ライカが初めて会ったとき、知識がないことをバカにしていたことから、かばんはその仮説を考え付きました。

 そしてその仮説はおおむね正しかったようです。


 気が付けばシガクシャとライカはサドラウンを食べ終わっていました。


「シガクシャ。先に操縦室に行っているわね」

「はい!私もすぐに向かいます!」


 ライカはカマニクンを4つほど手に持って、シガクシャにしばしの別れを告げると部屋から出て行きました。

 いつの間にか仲良くなっていた二人にかばんは困惑を隠しきれないでいましたが、シガクシャはそんなことを気にせずかばんに言いました。


「いやー!ライカさんは人間さんのことを知りたいみたいで!私とすごく気が合うことが分かりました!あ、そういえば人間さん!昨日の夜ライカさんとお話していたみたいですよね!何か進展ありました?」

「え?全くありませんでしたけど......」


 かばんは昨晩あった出来事をつまびらかに話しました。

 シガクシャは熱心に聞いていましたが、途中で難しそうな顔に変わりました。


「話を聞く限り、ライカさんは人間さんの種族全体に恨みを持っているようですね。『宇宙犬ライカ』に書かれていたことが本当だったら、ライカさんは人間さんに宇宙に行かされて、何かの拍子に地球に戻ってきたとか、きっとそういった経緯があるのでしょうね。」

「……多分そうですね。それを根に持って、ぼくを信用していないのでは」

「うーん。お友達になるためのハードルは高そうですねえ」


 シガクシャはそうつぶやきながら机の皿を重ね始めました。

 かばんも手元の皿を片付けながらシガクシャに言います。


「ところでシガクシャさん。ライカさんは人間について知りたがっていたとおっしゃっていましたよね。あれってどういうことなんでしょうか?人間を嫌っているなら、知りたがる意味がわからないですよ」

「そうですか?」


 シガクシャが手を止めます。


「嫌いなら嫌いなりに、興味を持っているということですよ。知りたくなって当然じゃないですかね?」

「え??」

「まあともかく、ライカさんが人間さんに興味があるってことは間違いないと思いますよ!じゃあ人間さん片付けお願いします!私は操縦室に行っていますから!」


 シガクシャは重ねた皿をかばんの方へ押し付けると、足早に部屋から出て行ってしまいました。

 かばんはため息をつくと、昨日と同じ要領で皿を片付けに向かったのでした。



 ~~~


 かばんは皿の片付けを終えると、操縦室に入りました。

 そこにはすでにシガクシャとライカがいて、目的地への進路を決めていました。

 かばんが自分の存在が聞こえるように声をかけると、シガクシャが振り向いて言いました。


「あ!人間さん!遅かったですね!ちょうど今発進しようとしていたところです!ささ、席についてください!」


 かばんは言われたとおりに席に着きました。

 続けてライカとシガクシャも席に着きます。


「それではライカさんのおうち、『音楽ホール』を目指してレッツゴーです!!」


 宇宙船からふわっとした感覚を感じると、窓の景色が後ろに流れていったと思えば、いつの間にか止まっていました。

 どうやら目的地に着いたようです。体感で1分くらいのことでした。


「さあつきましたよ!人間さん!ライカさん!」

「え?もう着いたの?」


 ライカは目をぱちくりさせて言いました。


「当然です!コペルダ星人の最新技術ですから!さあ早く行きましょう!」


 シガクシャに急かされて、三人は音楽ホールの前に降り立ちました。

 音楽ホールはところどころ屋根が剥がれており、すぐに崩れ落ちるようなことはなさそうなものの、心もとない外装でした。


「驚いた?ここが私のおうちよ!どう?すごくない?」

「いいですねー!どんなものがあるのか、楽しみです!」


 シガクシャがわくわくした顔でホールの中に入っていったので、かばんもそれについていきました。

 建物の中に入ると受付台と思しき台があり、その前に大きなソファーが4つほど並んでいました。

 物珍しそうに眺めるかばんとシガクシャに、ライカは説明しはじめます。


「ここが玄関よ!で、右側の大きな扉の向こうが私の部屋!」


 ライカはそう言いながら駆け足で扉に近づいていき、重そうな扉を体重を乗せて開きました。

 その中には大量のやわらかそうな椅子が並んでいて、奥には舞台と思われる大きな台がありました。


「どう!?でしょ!私は大体いつもここで生活しているわ!」

「おおお!!すごいです!人間さんはここで講演とか発表会をしていたのでしょうね!」


 ウキウキ顔のシガクシャにライカは満足そうな笑みを浮かべました。

 シガクシャはそんなライカにハイテンションで質問します。


「それでライカさん!私にぜひ見せたいものって何ですか!?」

「シガクシャがみたら卒倒するようなすごい代物よ!私初めて読んだとき感動したんだから!付いてきなさい!」


 ライカは舞台に上がると、袖に入ってシガクシャ達に手招きしました。

 そちらへ向かうと、壊れて開きっぱなしになった扉があり、シガクシャ達は3人で中に入っていきます。

 扉の奥は長い廊下になっており、側面には同じような扉がたくさん並んでいました。

 ライカは扉のうちの一つを開けて、シガクシャとかばんを中に入れます。

 その部屋の中は埃っぽい臭いが充満していて、壁にはかばんが見たことことのなほど難しそうな本が、たくさん積まれていました。

 ライカはそれらの本の中から比較的大事そうに積まれた本の山の前にシガクシャを連れて行って、その中の一つを手渡しながら言いました。


「見てこれ!ランダウリフシッツの理論物理教程!シリーズ全部見つけるのは大変だったんだから!」

「おお!!見せてください!」


 ライカが自慢げにシガクシャに手渡してきたのは、そのなかでも特に難しそうな物理学の本でした。

 しかし、シガクシャはその本をぱらぱらとめくると、残念そうな顔をして言いました。


「あーこういうのですか……」


 シガクシャは本を閉じます。


「でも出版年とかは参考になりそうですから、一応スキャンしておきます」


 彼女は肩掛けカバンから変な形の機械を取り出すと、その本に向けて光を当てました。

 明らかに興奮が覚めているシガクシャにライカは不服そうです。


「ちょっと!なんでそんなにテンション低いのよ」

「正直、基礎的な科学のお話、特に理論物理のお話はどこの文明でも似たり寄ったり……というか同じなんですよね。私の研究対象からはちょっと外れるというか、当たり前すぎてあまり面白くないというか……」

「なんですって!?」

「いや興味深いですよ……?それより人間さんがいた頃の生活がわかるような、小説とかはありませんか?」


 シガクシャの返答にライカは怒りました。


「小説なんてあってもなんの意味もないじゃないの!物理学はすべての学問の基礎だって、主任さんも言ってたわ!!」

「うーん……それはその通りなのですが」

「もういいわ!!それならとっておきを見せてあげるから!付いてきなさい!!」


 ライカはシガクシャの手を引いて、部屋を出て、廊下の奥へ連れていきました。

 かばんも遅れてそれに続きます。


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