第13話 窓越しの満月をみると




 シガクシャは新たな仲間を個室に案内した後、皿の片付けのために食堂として使った部屋に戻りました。

 そこにはまだかばんがいたので、シガクシャはちょうどいいと思って話しかけました。


「人間さん!片付け手伝ってください!」

「え?あ、はい」


 生返事を返すかばん。シガクシャは手際よく皿を重ね合わせて、かばんに渡します。


「はいこれ!プリンターの部屋まで運びましょうね!」


 かばんは両手いっぱいに皿を持って、多少ふらつきながらも前にいるシガクシャについて行きます。

 皿をほとんど持っていない持っていないシガクシャは時折後ろに振り返りながらかばんに話しかけます。


「皿を運ぶなんてあまり文明的じゃないかもしれないですがね!たまにやってみるといいものですね!人間さん知ってます!?運ぶっていう動作は、すべての文明の基礎となっているんです!運ばなければ何も生産できませんからね!どんな文明でも最初は物を手で運ぶんですけど、動物で運ぶ文明になって、機械を使って運ぶ文明ができてって……さらに進めば、物に飽き足らず情報を運ぶ文明になるんですよね!文明が発達するにつれてですね……」


 シガクシャがうんちくを言っているうちに3dプリンターの部屋までついていました。


「あ、シガクシャさん。つきましたよ」

「本当ですね!ではこちらに!」


 シガクシャは部屋の隅の箱を指差します。

 近づくとそれには身長くらいのフタがついており、一見してダストシュートのようでした。


「シガクシャさんこれなんですか」

「これはですね!インクリサイクルボックスです!」

「インクリサイクルボックス?」

「そうです!この中に質量のある物質を入れると、原子レベルで分解されて、3dプリンターのインクにすることができるんです!」

「分解?原子レベル?」

「例えばそのお皿!インクで言えば主に14番でできています!このお皿を14番のインクになるまで、細かく細かくすりつぶすってことです!」


 かばんはよくわからないことを目で伝えると、シガクシャは説明を始めます。


「まあ見てください!14番のインクの残量がここに表示されているのわかりますね!」


 シガクシャの指すモニターにはインク残量を示すゲージがたくさん並べられており、14番のゲージは満タンに比べて半分程度あるのが分かりました。


「ここにお皿を入れちゃいます!」


 シガクシャは皿を1枚づつボックスに入れます。


「ちなみにお皿を5枚入れるごとにゲームが始まって、当たりが出ると上からガチャポンが落ちてきます!」

「???」

「冗談ですよ!ほら人間さん!14番のゲージを見てください!」


 かばんがゲージを見ると、少しずつ上にせりあがっていく様子が見て取れました。


「3dプリンターのインク残量が回復できるんです!これでまたお皿とかを印刷することができるんですよ!」

「そうなんですね」


 かばんは素っ気ない返事をして、手に持っていた皿をインクリサイクルボックスに入れていきました。かばんがすべての皿を入れ終わったとき、14番のインクは7割程度まで増えていました。

 このときのかばんはこのインクリサイクルボックスを、ただ性能のいいゴミ箱のようなものとしか思っていなかったので、ここから話を膨らませることはしませんでした。

 かばんは、先ほどうまくいかなかったライカのことについて考えていました。


「どうしたのですか人間さん!顔が暗いですよ!」

「そうですかね」

「もしかしてライカさんのことですか?」

「……」


 かばんは何も言わずにシガクシャに背を向けます。


「元気出してくださいよ!昔の人間さんは悪くても、今の人間さんは悪くないって、ライカさんもいつか分かってくれますよ!」


 かばんはちょっとうつむくと小さくため息を出して、プリンターの部屋から出て行きました。


「ああ人間さん!どちらへ!」


 シガクシャは追いかけますが、かばんは扉を閉めながら言います。


「部屋に戻るだけです」


 ~~~


 かばんは自分が昨日寝た部屋で、ひとりで眠ろうとしました。

 その床は相変わらず素晴らしい眠りに誘う構造になっていましたが、どうやらかばんはあまり落ち着かない様子です。


「なんか、まだ眠る気分にはなれないや」


 かばんは立ち上がってつぶやきます。


「操縦室に行って、外の景色を眺めよう」


 彼女はそう言って、部屋をでていきました。

 なんとなく重そうな足取りで操縦室の部屋にたどりつくと、そこにはすでに先客がいたことが分かりました。かばんはその正体に多少の驚きを見せました。


「……!?ライカさん……」


 そうです。ライカがいたのです。

 ライカが操縦室の大きな窓から、外を眺めていました。


「何見てるんですか」

「別に何でもいいでしょ」


 ライカはやはり機嫌がよくない様子なので、かばんは彼女から一番離れた窓から外を眺めることにしました。

 中央アジアの山岳地帯。

 その空には満天の星が輝いていました。中でもひと際輝いていたのは、地球から一番近い星、月でした。

 煌々と光る月をみて、かばんは純粋な感嘆をします。


「きれいな月ですね……」

「そうね。満月だし」


 ライカは窓を見たまま手短に返事をしました。

 かばんは返答がなされたのを意外に思って、そのまま会話をしようと試みます。


「ライカさんは、星がお好きなのですか?」

「えぇ。まあね」

「そうなんですね。ぼくも、好きです」

「……」


 ここで会話は途切れてしまいました。

 そのまましばらく星を見ていると、今度はライカからかばんに話しかけます。


「ねえ、かばんは宇宙に行ってみたいって思ったことある?」

「え?」


 ライカとの距離は10m近くあったため、かばんはうまく聞き取れませんでした。

 するとライカは、かばんとの距離を詰めてきて、もう一度質問します。


「宇宙に行ってみたいって思ったことある?」

「えっと……」


 かばんはライカが自分から話しかけてきたことによる戸惑いと、予想だにしなかった質問に言葉を詰まらせてしまいました。

 実のところかばんは宇宙についてよく知りませんでした。本で読んだことはあるのですが、そこから得られた宇宙の情報と言えば、「広いこと」、「暗いこと」、「空気がないこと」、「重さがなくなること」だけでした。

 しかし、本で最初に宇宙の存在を知ったとき、得も言われぬわくわく感を得られたことを思い出しました。

 かばんはそのとき感じた気持ちをもとに言葉を作り、ライカに投げてみました。


「行ってみたいです」


 ライカは少し考えると、続けて質問をします。


「やっぱりそうなのね。じゃあ聞くけど、どうして?どうして宇宙へ行きたいの?」


 あまりにも冷たい口調で放たれたライカの質問に、かばんは再び答えに詰まってしまいました。

 その様子を見たライカはため息をつくと、そっぽを向いて吐き捨てるように言いました。


「答えられないのね。目的も何もなく宇宙に行きたいだなんて、人間はどうかしているわ」


 ライカはそう言って、操縦室を出て行ってしまいました。

 ひとり残されたかばんは、その後1時間ほど窓の月を眺めていましたが、やがて自分の部屋に戻りました。


 その夜のかばんはうまく寝付けませんでした。

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