第12話 宇宙犬ライカ
[宇宙犬 ライカ]
本のタイトルであるこの文字列は先ほど出て行ったあのフレンズを表すことは間違いないでしょう。
「シガクシャさん。この本って」
「宇宙。犬。ライカ。これを見てピンと来たんですよね!おそらくライカさんの自伝だと思われますよ!国の要人なら自伝があっても何も不思議ではありませんから!」
「じゃなくて。どこにあったんですか、こんなもの」
かばんが聞くとシガクシャは、自慢げに答え始めます。
「実は人間さんがライカさんとすったもんだしている間に、あの地下室の本の一部は
「へ、へぇ」
かばんはページをぱらぱらとめくります。
コペルダ星人の技術には目を見張るものばかりです。
かばんが最後のページに到達したのを見計らって、シガクシャがかばんに声をかけます。
「どうです?人間さん!これを読んでからもう一度ライカさんに話に行ってもらえませんか?」
「うーん……」
「どうしましたか?人間さん?」
「でもぼく、ライカさんに嫌われているみたいで。シガクシャさんが行った方がよくないですか?」
しかしシガクシャはかぶりを振りました。
「いいえ。人間さんが行った方が絶対いいです。なぜならこの星は人間さんのものだから!この星の住民同士のほうがスムーズにいくので!」
「ねえシガクシャさん。それってどういうことですか?地下室で聞いたときも同じようなこと言っていましたけど、ぼく納得していませんよ。シガクシャさんの方が饒舌ですし、そちらの方がうまくいくような気がします」
「……それは」
シガクシャはうつむきました。
「シガクシャさん、正直に答えてください。隠し事なんてよくありません。どうしてぼくに交渉させようとするのですか?」
かばんがやや語気を強めて言うと、シガクシャはぽつりと言いました。
「人間さんにお友達ができればいいなと、思ったんです」
「それって……」
「人間さん、レーダーで捉えたときから、ずっとひとりだったじゃないですか。わたしにもずっと警戒したままだし、いつも緊張した顔しているし、これじゃあいけないと思ってそれで……」
シガクシャはそう言ってうつむきました。
なんということでしょう。かばんは宇宙人に気を使われていたのです。
自分は友達がいないと思われていたことに軽くショックを受けたかばんでしたが、それはともかく、かばんは基本的にお人好しであるので、シガクシャの好意を無下にすることはできませんでした。
「……わかりました。本を読んでもう一回ライカさんとお話します」
「まあ、理由はそれだけじゃないですけどね!私はお食事作って場を用意しておきますから!読みおわったら教えてくださいね!それじゃあ!」
シガクシャは操舵室から出て行くと、一人取り残されたかばんは黙って本を読み始めました。
~~~
昔、東の国と西の国がありました。
二つの大きな国はどちらが先に人間を宇宙に行かせるかで競争していました。
どちらの国も、優秀な技術者とたくさんのお金を集め、ロケットを作っては飛ばし、人間を乗せるための宇宙船の検証を繰り返していました。
検証は日進月歩で、大気圏の突破、衛星の打ち上げ、大気圏への再突入と、人間たちはどんどん宇宙へ近づいていきました。
そしてとうとう、東の国の検証は、動物を宇宙に飛ばす段階まで達しました。
どの動物を乗せようか迷った末、東の国の偉い人は、イヌを宇宙船に乗せることを提案します。
研究員はそのために、街中をさまよっていたイヌを数十匹捕まえてきます。その中にいたのが、宇宙犬、ライカだったのです。
ライカは他の犬と比べて大変優秀なイヌで、ほとんど動けないほど狭くて暗い金属のカプセル内でじっとする訓練をよくこなしました。
一方で訓練が終わると、ライカはすぐに研究員に寄ってきて、ペロペロと顔をなめる甘えん坊でした。研究員もライカのことを大変かわいがっていました。
訓練は1か月におよび、20日もの間ずっと拘束するものもありました。
その後、ライカは再び金属のカプセルに入れられます。
いつもの訓練だと思っていたのか、ライカはすぐにその中に入り、待機姿勢を取りました。
研究員はライカの頭を優しくなでると、水を与え、カプセルの蓋を閉めました。
1957年11月3日。
ライカが入った金属のカプセルは宇宙に向かって飛び立ちました。
それは二度と戻ってくることはない、片道切符の旅でした。
~~~
かばんは一通り本を読み終えると、ひとり呟きました。
「なんてつらい話なんだろう」
かばんはそのまま考えこみます。
「これがライカさんの自伝だったとすると、フレンズ化前の話になるのかな。今までのことから察すると、彼女にはフレンズ化前の記憶があることになる」
かばんにはこれ以上のことはわかりませんでした。
それにこれが事実であったとしても、ライカにどのように対応したらいいのかもまるで見当がつきません。
ここでシガクシャから声がかかります。
「人間さん。そろそろ読み終わりましたか?」
「まあ、一応」
「それはよかった!さあお食事に行きましょう!冷めないうちに!ライカさんも待たせていますよ!」
シガクシャはそう言うと、かばんを別の部屋に案内します。
その途中、かばんは難しそうな顔をして言いました。
「シガクシャさん。やっぱりライカさんを説得するのは難しいと思いますよ。本には僕たち人間がすごく悪いことをしたって書かれていましたもん」
「ええ!?そうなんですか!そうなると厳しいかもしれませんね……でも人間さんなら大丈夫だと思いますよ!!」
「また無責任な……」
そんな話をしながら二人は宇宙船内の大きめの部屋に入りました。
そこには、机いっぱいに並べられた料理と、目をキラキラさせ、よだれを垂らしながらテーブルの食事を見つめるライカがいました。
ですがライカはこちらの存在に気づくと、一瞬ハッとした顔になって、元の不機嫌そうな顔に戻りました。
「お待たせしましたライカさん!」
「ふん。遅かったじゃない。まあこれくらいの『待て』は大したことないけど」
ライカはため息をつきながらかばんをにらみつけました。
「正直アンタとは話したくない。でもシガクシャが食べ物くれるっていうから仕方なく話すことにするわ」
かばんは軽く会釈をして、ライカの対面の席に座りました。
同じタイミングで、シガクシャも間の席に座り、料理の説明を始めます。
「えっと!こちら私が大好きなナサガキ星人さんの料理です!これがチポンャン!サバボセーガー!カマニクン!そしてデザートのカステラです!」
「ふぅん。おいしそうじゃない」
「どうぞどうぞいただいてください!とってもおいしいですよ!」
言われるや否や、ライカは犬食いで食べ始めました。
「おいしい!おいしいわ!」
本当においしそうに食べるライカにシガクシャは満足げな笑みを浮かべます。
「いやあ!苦労して作った甲斐がありますねえ!」
「でも3dプリンターで印刷しただけですよね」
かばんが突っ込みを入れている間に、ライカはすべて食べ終わってしまいました。
「ご馳走様!シガクシャあなたすごいわね!こんなにおいしいもの作れるなんて!」
ライカはしっぽをぶんぶんと振っています。今なら機嫌がよさそうです。
そこでかばんは意を決して話しかけ始めました。
「あの、ライカさん。先ほどはすいませんでした」
「なに謝ってんのよ?あなた何も知らないんでしょ」
ライカのしっぽは見る見るうちに垂れ下がっていきました。
「いえ知っています!ライカさんに僕たち人間がひどいことしてしまったこととか。人間を代表して謝りますから!レコードを返してください!」
「ひどいことをしたことは許せ?レコードを返せ?」
ライカの耳がピクリと動きました。
「ずいぶんと虫のいい話ね。人間はいつもそう」
「……」
「あんたにロケットの中がどれだけ苦しいかわかるの?どれだけ汚いかわかるの?どれだけ熱かったかわかるの?よくしてくれる人間に裏切られて殺された者の気持ちがわかるというの?これって謝って許されることかしらね?」
「……許されないことかもしれません、でも」
「確かにフレンズとなった今となっては過ぎたことかもしれない。でも私は人間が憎くて憎くて仕方ないのっ!!」
ライカがテーブルを叩きました。
「……そんなにぼくが憎いのですか」
ライカはかばんからぷいと顔をそむけ、ひとりごとのようにつぶやきます。
「当たり前でしょ。そんなこと」
息を吐くライカ。
ここまで難しそうな顔をしていたシガクシャが口を開きます。
「ライカさん。落ち着いて下さい。ところであのレコードは何に使うのですか?ライカさんが憎む人間さんの声が入っているんですよ?持っていても仕方ないじゃないですか」
ライカの目がなぜか泳ぎ始めました。
「それはえっと……人間を知るためよ。敵を倒すためには敵を知らなくちゃいけない的な……とにかくそういうわけだから」
「そうなんですね!」
答えを聞いて、シガクシャの目がキラリと光りました。
「実は私たちも人間さんのことを調べているんです!同じこと考えている方がこの星に二人もいたとは!」
「いや、えっと」
「あ、そうだ!人間さんを調べているならご一緒しませんか!私たちと人間さんがどこに行ったのかを探しましょう!是非是非!」
シガクシャはライカの手を取ります。ライカは嫌だと言いかけましたが、シガクシャの目力に押されて、とうとう承諾してしまいました。
「はぁ……わかったわよ。でも条件があるわ」
「なんでしょう!」
「カマニクンってやつを毎日よこすこと」
「わかりました!!」
こうして仲間が増えたのですが、かばんはもやもやしたままなのでした。
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