第11話 二日目の夜



「人間さん?ライカさんは確かに、国、とおっしゃってましたよね?ここに国があるのですか?知的生命の反応はどこにもありませんけど」

「よくわかりませんが、本人があると言うならあるのではないのでしょうか」


 宇宙船の操舵室。

 後ろでぐうぐう眠るライカの前で二人は話しています。


「国があるとしたら、そこは知的活動のオンパレードのはず。それなのに反応がないなんておかしいんです!」

「じゃあ、装置が壊れているとか?」

「まさか!この装置は脳細胞からでている微弱な電流を感知するだけの単純な機械ですよ!壊れるとは考えられません!それに人間さんもこれで見つけましたし!!」

「そ、そうなんだ。でも、ライカさんの反応も捕らえられなかったんですよね」

「ええ、それも捕らえられませんでした」


 シガクシャが考えこむ一方で、かばんの脳裏に一つの仮説が生まれます。

 それは『フレンズはレーダーに反応しない』こと。

 かばんがシガクシャに連れ去られた際、一緒にいたサーバルをことごとく無視したのは、反応が捕らえられなかったから。イヌのフレンズであるライカに出会うまでその存在を察知できなかったのも、同じ理由。そうするとピッタリとつじつまが合うのです。

 しかしかばんはこのことを言いませんでした。それはほかのフレンズを巻き込みたくないというただ一つの理由でした。

 しばらくすると、装置が反応しない理由について、シガクシャも仮説を提唱し始めました。


「ライカさんについているお耳と尻尾。部族が付けるアクセサリー的なものかと思ったら、しっかり体温があるようなんです。つまるところ人間さんとは似ているようで全く違う種族なのだと思います。そうすると、人間さんの知らないところで秘密裏に文明を作っていることも十分考えられます。それこそ装置のジャミングシステムなんかもあったりする高度な文明が」


 シガクシャの顔が暗くなっていきます。


「ほかにも気になったのは、私が人間さんを人間さんと呼んだ時に、ライカさんがビクッてなったことです。これ、人間さんについて何か知っているってことなのではないでしょうか」

「そんなとこよく見てましたね」


 そしてシガクシャは、深刻な顔をして、かばんをじっと見つめて、言葉を一つ一つ選ぶように言ってきました。


「これは私の経験上、あくまで経験上の話ですが。人間さんはライカさんの種族にのかもしれません……。一つの星に一つの知的生物。ほとんどの惑星はそうやってできています」

「そんな訳ないじゃないですか!!!」


 突拍子のない結論を聞いて、かばんは思わず大声を出して突っぱねてしまいました。フレンズが人間を滅ぼしたなんて、ばかげている。

 あの優しくて、まっすぐなみんなが人間を滅ぼしたなど、ありえない。

 かばんには、自らの危険を顧みずに自分を危機から救ってくれたフレンズたちが、人間の敵だなんて毛頭考えられませんでした。

 そんなかばんを落ち着かせるように、シガクシャはなだめました。


「いえいえ!仮説ですので。気にしないでください」

「……」


 かばんは自分では気づいていないようでしたが、大分不貞腐れた顔をしていました。

 すると今度はシガクシャは話をごまかすように、慌てた口調で言います。


「まあ人間さん!いづれにせよライカさんが目覚めたらいろいろ聞き出せるチャンスなんです!そのときはよろしくお願いしますね!私ちょっと3dプリンターのメンテナンスがあるので後は任せました!」

「ええ!?またぼくが話すんですか?」


 シガクシャは部屋から出て行きました。



 ~~~


 3dプリンターの部屋。薄暗いなかで、シガクシャはパソコンに向かって誰かと話しています。


「バケガクさん。サンドスターの解析結果は出ましたか?」

「ああ、結構面白いことが分かったよ。サンドスターの一部と、プリン誘導体かピリミジン誘導体とが結合すると、構造が急激に変化するんだ。こんな物質今まで見たことない」

「ふむ……その類の誘導体って、アデニンとかチミンとかですよね。炭素生物の設計図としては主要なパターンの一つですが……もしかして人間さんもこのパターンでした?」

「流石鋭いね。サンプルの細胞もアデニン、チミン、シアニン、グアニンで設計図を作ってあるみたいだった」

「サンプルではなく人間さんです!」

「はは、そうだったね。でも、地球上にたくさん存在していた人間と、それに対応するようにできた謎の物質サンドスター。この関係、何か匂わないかい?」

「……サンドスターは人工物ってことですか?」

「ご名答。その可能性が非常に高い。まあ、もう少し解析を続けてみるよ。実のところ結合後の効果はまだ全然わからないからね」

「あ、地質データもお願いします!このあたりの土地と、昨日の土地とで比較したいので!」

「やれやれ。まあデータが増えるに越したことはないかな」



 ~~~



 そのころかばんは、操舵室でライカの様子を観察していました。

 どこかにレコードを隠していないか気になっていたのです。

 最初に毛皮の中にあるのかと思いましたが、ライカは毛が短く、そんなことはできなさそうです。

 ライカの身に着けている服は、なにかゴワゴワした見慣れない素材でできた、半そでの白いジャンパーでしたが、そこにもレコードは収まらなさそうです。

 残るはスカートの中。ふわふわした巻き毛のしっぽに隠しているかもしれません。

 かばんは意を決してその中を見ましたが、ついにレコードは見つかりませんでした。


「ちょっとなにしてんのよ!」

「わ!」


 あきらめて顔を上げようとしたその時、かばんはライカに怒鳴られました。


「いえ、えっと」

「えっと、じゃないでしょ!私に何するつもりだったの!?ほんと人間ってのは信用ならない!!」


 地上でかばんに泣きついてきたのがウソだったかのような態度に、かばんは困惑しました。

 その間ライカはかばんを見ずに周囲をぐるりと見回すと、ぶっきらぼうな口調でかばんに尋ねました。


「ここ、どこよ」

「う、宇宙船です」

「ふざけないでよ……!」


 ライカは静かに怒り始めました。


「いきなり拉致されて、宇宙ですって……??あのときとまるで同じじゃない!もう嫌!」

「……?」


 何を言っているのかわからないかばんはさらに困惑しました。

 おそらくライカの過去に何かあったことは間違いないのですが、かばんは知る由もありませんでした。

 かばんはライカに質問します。


「あの、あのときって……」

「とぼけないでよ!だから人間は嫌いなんだ!!」


 ライカはそう吐き捨てると、廊下へ続く扉から出て行ってしまいました。


「ああちょっと……」


 かばんは呼び止めましたが、ライカは言うことを聞きません。

 それと入れ替わるようにシガクシャが操舵室へ入ってきました。


「人間さん?また交渉失敗ですか?ライカさんすごい顔してましたよ?」

「僕のせいじゃありません」


 会話にならなかった。それどころか相手は会話する気もないようだった。かばんはそう伝えてため息をつきました。

 その様子を見たシガクシャはかばんの隣に座って話し始めます。


「人間さん。交渉を成功させるのに一番重要なことってなんだと思いますか?」

「なんですか?誠実さとかいうんですか?」

「違いますよ。相手を知ることです」


 シガクシャはさも当たり前のことを言うかの如く続けます。


「相手がどんな生き物なのか。何をしたら喜ぶのか。過去にどんなことがあって、未来をどうしたいと思っているのか。それを知ればおのずと何を言ったらいいのか見えてくるはずです」


 かばんはそれを聞いたうえで、吐き捨てるように言います。


「そんなこと言ったって、ぼくも全然わかりませんよ?ライカさんのこと」


 かばんのセリフを遮るように、シガクシャは一冊の本をかばんに手渡しました。

 かばんは訝しげに本をうけとり、表紙とタイトルを眺めてみます。

 そこには、


[宇宙犬 ライカ]


 と書かれていました。


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