第10話 ネゴシエーター:かばん


 視界に広がる本の山に、シガクシャとかばんは目を輝かせます。


「この量となると手では厳しいですね。宇宙船を近くに呼んで、一気に解析しちゃいましょう!!」

「え、呼べたんですか」


 ゴールデンレコードのことなどすっかり忘れて、シガクシャは大はしゃぎです。

 かばんはそのテンションにこそ付いて行けませんでしたが、若干気分が上がっていました。

 と言うのも、この部屋の本はひらがなの本ばかりだったジャパリパークのとしょかんとは違い、難しい文字で書かれた本が多くありました。頭のいいかばんにとってはその方が読みがいがあるというものです。


「今呼びました!!外に出ておきますから人間さんはしばしお待ちを!!」


 シガクシャは地下室の入り口の扉に手をかけて外に出ようとします。

 ですがシガクシャは外の様子をちらりと見ると、また扉を閉めてしまいました。

 そして、何かを訴えかけるような視線をかばんにかけます。


「どうしたんですか?シガクシャさん?」


 シガクシャは無言で扉を指差します。

 かばんもそちらへ行き、扉をちょっと開けて、外の様子を伺いました。

 そこにはなんと、例の茶髪の少女が不服そうな目でこちらを見ていたのでした!

 目が合ったかばんはびっくりして思わず扉を閉めてしまいました。


「ななななんで?え、怖い。どうしよう??」

「どうしようもこうしようも、あの現地住民の方ですよ!!人間さんからしてみればレコードを取り戻すチャンスじゃないですか!交渉しましょうよ!」

「交渉!?ぼくがですか!?」

「人間さんなら絶対できますって!それに交渉するなら私のような宇宙人が相手よりも、人間さん同士で対話したほうがスムーズにいきますから!」

「都合のいいときだけ宇宙人設定使うのやめてください!」


 ということは、他の星でも同じようなことを行っているということなのでしょうか。そうだとしたら自分がさらわれたのはこういった理由なのではないかと、かばんは頭の隅で思いましたが今はそれどころではありません。


「開けなさい!!ここは私の縄張りなのよ!!あなた達が勝手に入っていいわけないでしょ!」


 扉がドンドンドンと叩かれます。

 かばんは恐怖で身震いしましたが、シガクシャに言われた通りレコードを取り返すチャンスということもあり、意を決して扉を開けました。


「あの......こんにちは」

「こんにちはじゃないでしょ全くもう!」


 その茶髪の少女は扉を開けたままズカズカと室内に入ってきました。

 かばんはこのときはじめて少女をしっかりと観察できました。その頭には三角の耳が前方に垂れており、その尻にはくるりと輪になった真っ白のしっぽがついていました。間違いありません。彼女はフレンズでした。

 彼女は部屋の中を一回り見渡すと、一瞬満足げな笑みを浮かべたかと思えば、かばんの方を向き、ムスッとした顔で言い放ちました。


「どれにも触っていないでしょうね?」

「え、あ……はい」

「そう。じゃあ出ていきなさい」


 冷たく言い放たれたかばんは、委縮してしまい、助けを求める視線をシガクシャに送りました。

 それに気づいたのか、目の前の少女もそちらを向き、シガクシャを見つけました。


「あ、そこにもいたの?あんたも出てって。ここは私の縄張りだから」


 しかしシガクシャもかばんもここで引き下がるわけにはいきません。かばんは周囲を軽く見回してから少女に言います。


「ここが縄張りなんですか?本当にそうなんですか?」

「どういう意味よ?」

「だってここ、誰かが入った形跡がありませんもん…それに本も山積みですし、縄張りとして管理されてたとはとても思えません……」


 震える声のかばんに、少女は大声でまくしたてます。


「後でやろうとしていたの!なんなのよアンタたちは!!」


 少女はあからさまに苛立っている様子でした。これでは交渉は失敗です。

 かばんがシガクシャに助けを求める視線を送ると、シガクシャは助け船を出してくれました。


「なんなのよアンタたちは!と聞かれたら、答えてあげるが世の情けですよね。申し遅れました。私シガクシャと申します。こちらは人間さんです」

「……かばんですけど」


 シガクシャはこれまで見たこともない柔らかな物腰で自己紹介をしました。

『人間』と言う言葉に少女の耳はびくりと一瞬動きました。シガクシャは続けます。


「私たちはこのあたりを初めて旅していたので、貴方の縄張りだとは検討がつきませんでした。謝罪申し上げます」


 シガクシャが深々と頭を下げると、いきり立っていた少女も多少の落ち着きを取り戻し、会話をしてくれました。


「……そう。私はライカ。ライカ=クドリャフカよ。この国一番のエリイト犬なの。」

「エリイト犬のライカクドリャフカさんですね。実は私たち、この部屋の本を……」

「あのねえ。ここから出ていって。そうさっきも言ったでしょう?」

「承知しました」


 シガクシャはあっさりと認めてしまいました。いつもはあんなに食い下がってくるシガクシャが委縮しているのをみて、かばんは不思議に思って耳打ちします。


「シガクシャさんどうして」

「人間さん。相手は重要人物っぽいです。ここは一度引き払いましょう。日を改めて、失礼のないように、手土産を持ってもう一度来た方がよろしいかと」

「わかりました」


 会話が終わり、シガクシャとかばんはライカに目を向け、頭を下げながら言いました。


「大変失礼いたしました。それでは機会があれば、また」


 シガクシャとかばんはそそくさと地下室から出て行って、扉を閉めました。


「宇宙船に戻って作戦を立てますか?」

「そうしましょう」


 二人が階段に足を乗せると、先ほど閉めた扉をドンドンと叩く音が聞こえます。

 振り返ると、ライカが何かを叫んでいるのが分かりました。


「開けて!!開けて開けて!!嫌っ!嫌っ!!暗い!狭いぃ!!イヤアアアアア!!」


 どうやら地下室の中で叫び声をあげているようでした。それも先ほどの態度とは180度変わって、パニックになっている様子です。

 困っているフレンズを助けずにはいられない性格のかばんはたまらず駆け寄り、扉を開きます。

 それと同時に涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたライカがかばんに抱き着いてきました。


「ふわあああん!怖かったよおお!!」


 そのままライカはしっぽをぶんぶん振りながらかばんに顔をうずめてきます。

 態度の豹変ぶりにかばんはM困惑しながら頭をなでました。

 そうするとライカは恍惚の表情を浮かべて、そのまま寝てしまいました。


「どうしましょう」


 かばんは不安げな顔でシガクシャに言いました。


「うーん。本来の住処に戻してあげるべきでしょうが、場所がわかりません。とりあえず、宇宙船に持ち帰りましょう!!」


 シガクシャはウキウキとした表情で言いました。

 かばんはとりあえず同意して、ライカを地上へ運びました。


 宇宙船はすでに頭上で待機していました。

 いつものようにスポットライトのような光が照射され、体が宙に浮きます。

 そのうち宇宙船の底部まで上昇すると、3人の体は収納されてしまいました。


 宇宙船はその晩、無音でその場にとどまっていました。

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