第9話 古代文字を解読しよう
かばんたちは外に出て、とりあえず辺りを見渡しますが、逃げていった少女の姿はどこにも見当たりませんでした。
「はて……どちらに行かれたのでしょうか?」
「シガクシャさん、ここ」
かばんが指差すコンクリートの上にはかすかに靴底の痕跡がありました。
「これは……足跡ですか?!つまりこれを追えばわかるということですね!さすが人間さんです!!思いもよらない方法です!」
「……パークではみんな使っていますけど」
「ぱーく?」
「いえ!なにも!」
(それよりもこの足跡、タイリクオオカミさんとかフェネックさんの足跡に似ている気がする……何か関係があるのかな?)
考えこむかばんをシガクシャはせかします。
「ちょっと人間さん!?追いかけるのではなかったのですか!」
「あ!今行きます」
かばんたちは足跡を頼りに進んでゆくと、廃ビル街を抜けて、がれきが散乱する原野に着きました。
たくさんのがれきの中から足跡を探すのは一苦労です。
ふと、シガクシャはあたりを見渡します。ここのあたりは原野と言ってもところどころに家の残骸が残っており、人間がいた時は住宅街があったようでした。
「ここは先ほどの場所よりも低いお家がたくさんあったようですね。つまり、中心部の高い建物の周りを取り囲むように知的生命が住む場所があった。この構造は情報の文明化がそこまで進んでいない都市によく見られます」
シガクシャがいつもの解説をしていると、ポトリと、冷たいものが額に落ちてきました。
「おや?何でしょう?」
シガクシャが額をぬぐうと、また額を液体が濡らします。
「これは……水……?」
「雨みたいですね」
「わー!大気活動がお盛ん!!」
シガクシャとかばんは、近くにあった屋根を残した廃墟の中に逃げ込みました。
~~~
逃げ込んだ廃墟の中でしばらく休んでいると、シガクシャが何かを見つけたようです。
「あれ?人間さん?そこの壁何か書かれてません?」
「え?あ、本当だ」
かばんが見ると、そこには石を擦って書いたと思われる、見慣れない模様がありました。
『 If you can read this message, come to music hall』
「おおお!!!文字!!これは大発見ですよお!!人間さん!なんて書いてあるかわかります?!」
「いえ……この文字はわかりません」
「そうですか!多分古代文字ですね!写真に撮って解析してみましょう!」
パシャリと音を鳴らして、シガクシャは文字をデータに収めました。
「おや?見たところこれが書かれたのはそんなに前ではないようですが……。あ、でも、もしかしたらこの家に住んでいた人間さんが書いた可能性も否定できませんよ!」
「そうですかね?ってアレ?」
「!?どうしましたか人間さん!」
かばんは驚きました。
なぜなら、先ほどの文字が別の壁にも書かれていたからです。
『 If you can read this message, come to music hall』
『 If you can read this message, come to music hall』
『 If you can read this message, come to music hall』
『 If you can read this message, come to music hall』
『 If you can read this message, come to music hall』
いえ、かばんが見た壁だけではありません。
右の壁にも、左の壁にも、天井にも、背中にあるガレキにも、シガクシャが今踏んでいる床にも、目につくコンクリートにはもれなくこの文字列が書かれていたのでした。
同じ文字が、同じ筆跡で、一つ一つ丁寧に書かれているのを見て、かばんはなにかゾッとした、悪寒のようなものを感じました。
「シガクシャさん……これって一体……?」
「うーん。おそらくこれは、標章とか製品表示だったのでは?」
「標章?」
シガクシャは腕を組みながら説明を始めます。
「この壁がどこで作られたのかを示すマークのようなものです。もっともこんなガレキひとつひとつに付けているのはおかしいですが。今のところそうとしか考えられませんね」
納得いかなそうな顔をしているかばんにシガクシャは言います。
「まあそのうち解析結果が送られてきますよ!それまで足跡をたどってみましょう!」
「……そうですね」
雨が上がり、かばんとシガクシャは再び歩き出しました。
しかしここで問題が起こります。
雨によって足跡が消えてしまっていたのです。
わずかな手がかりが消えてしまい、愕然としているかばんにシガクシャは提案しました。
「人間さん、これでは追跡はできないかもしれないですね。いったん宇宙船に戻って、知的反応探知機でこのあたりを見た方が早いですよ」
「まってシガクシャさん。ここ」
かばんが指さしたガレキには、あの筆跡で文字が書かれていました。
『Music hall, South ⬇』
前半の文字列は先ほど見た文字列の一番最後に書かれていたものと同じで、後半のSouthのうちSがやたら強調されていたのと、矢印から、かばんは何かメッセージが隠されているような気がしました。
「もしかして……」
ピンときたかばんは、かばんからハカセから持たされた方位磁石を取り出しました。
そこにはN、W、S、Eと記号が書かれています。
「やっぱり。この石で大きく書かれている『ら』みたいな記号は、この道具に書かれている『ら』みたいな記号と同じなのではないのでしょうか?」
「人間さん!?なんですかその道具は?」
「方位磁石です。自分がぐるぐる回ってもいつも北の方向を指してくれるので、まっすぐ進むときに使うんです」
方位磁石をシガクシャにみせると、案の定食いついてきました。
「なるほどー!!地磁気を利用したものですね!!人間さんもやはり使っていたんですね!!」
「この道具の『い』みたいな記号は北を表します。その逆位置にある『ら』みたいな記号は南をあらわすから......」
「つまり南に行けば何かしらあるということですね!!」
「この針の白い方が示す方向へ向かえばいいということです」
二人は方位磁石を片手に南へ向かうと再び文字列の書かれた石が見つかります。
『Music hall, South⬇ 』
先ほどと同じことが書かれており、二人は道が正しかったことを確信しました。
しかし結論から言えば、これはハズレでした。
地磁気が反転していたからです。
地球の北極と南極は、およそ100万年に一回の周期で反転します。
つまり方位磁針の指す向きは、北が南に、南が北に変わっていたのです。
二人は南に進んでいるように見えて、実際は北に進んでいたのでした。
もう10kmくらい歩いたでしょうか。
当然二人は迷ってしまいました。
日も暮れてきて、足元も悪くなってきました。
例の文字列も進んでいる内に見つからなくなっていました。
かばんは切羽詰まった様子であたりを見回しながら言います。
「どこか寝床を探さないと」
「あの建物の中に入りましょう!」
「え、あれって」
見るとそこには、崩れかけてはいたものの、ぎりぎり屋根が残っている白い建物がありました。
「もしかしたらここが目的地かもしれませんよ!」
「それはないと思うけどなあ」
シガクシャは手を引いて、かばんとその建物の中に入りました。建物の中にはさらに地下へ向かう階段があり、頑丈そうな扉がありました。
二人は扉を開いて、中の光景を一瞥します。
そこにあったのは、本、本、本。無数の本が所狭しとあったのです。
かばんがシガクシャを見ると、わなわなと震えていました。
一体どうしたのでしょう。かばんが話しかけようとしたそのとき。
「ホワアアアアアアアアアアアア!!!!」
突然シガクシャが甲高い奇声を上げながら飛び始めました。
「うわああああああ!!人間さんの本がいっぱいです!!全部記録にとらなきゃあ!!ぎゃあああああ!!保存状態も悪くないです!!最高最高最高ですう!!!カメラ!カメラを早く!あ、バッグの中か。」
思いがけない人間の記録の発見に、シガクシャは慌てふためきます。
かばんはその様子を、やれやれといった面持ちで見ていたのでした。
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