第8話 レコードの中身は




 かばんは抜き取った部品とシガクシャの持ってきたモーターと針とを組み合わせて、簡易的なレコードプレイヤーを作り上げました。


「わあ!人間さんって結構器用なんですね!」

「えへへ、それほどでもありませんよ」

「早速!レコードを乗せてください!」


 かばんはかばんから金色のレコードを取り出し、設置すると、レコードはゆっくりと回り始めます。


「よし…前に見たのもこのくらいの速さだったはず……針を溝に合わせて落としますね」

「待ってました!」


 かばんがそっと針を落として、金属板で作られた拡声器に耳を当てます。

 プツッと音がした後に、ノイズの背景からかすかにヒトの声がしているのが分かります。


『... As the secretary general of United Nation, and the organization have 147 members states....who represent of almost all of human of habitats on planet Earth...』

「シガクシャさん!聞こえます!聞こえますよ!!」

「ほんとですか人間さん!!」


 シガクシャもレコードプレイヤーに耳を当てます。


『...We know full well that our planet and all its inhabitants are ... but a small part of this immense Universe that surrounds us ... and it is with humility and hope that we take this steps ...』

「うおおおおおおお!!!!これはすごいです!!」


 シガクシャは興奮して飛び跳ね始めました。


「人間さん人間さんっ!!これってこれって!!なんて言っているんですかっ!?」

「え……?」

「これって多分地球の共通語ですよね!?人間さんわかりますよね!?」


 かばんはさっぱりわからないので下を向いてしまいました。


「つまり人間さんの知らない言語!?地球に共通語はなかった!?後で解析しなくちゃいけませんね!!続きを聞きましょう!!」


 シガクシャは話を軽く流して再びレコードプレイヤーに耳を当てます。


『Οἵτινές ποτ᾿ ἔστε χαίρετε! Εἰρηνικῶς πρὸς φίλους ἐληλύθαμεν φίλοι!』(古代ギリシャ語)

『各位好嗎?祝各位平安健康快樂!』(広東語)


 今度はよくわからない男が聞きなれない言葉をしゃべっているようです。

 かと思えば、別の女が知らない言葉をしゃべっています。

 かばんは訳がわからなくなっていましたが、シガクシャは興奮が冷ないようです。


「これはこれはっ!いろいろな人間さんの言語ですね!!多分挨拶をしているものと思われます!!!人間さんってたくさんの種類がいたんですねえ!!普通言葉が違うと仲良くなれないのですが、それでも色々な言葉を一枚のレコードに収めてたなんて、相当仲良しだったに違いありませんね!!」


 シガクシャはニヤニヤしながら、夢中になってレコードにかじりつきます。


『Здравствуйте! Приветствую Вас!』(ロシア語)

『!تحياتنا للأصدقاء في النجوم. يا ليت يجمعنا الزمان』(アラビア語、右から左へ読む)

「シガクシャさん!」(日本語)

『Bonjour tout le monde!』(フランス語)


 途中のかばんの呼びかけにシガクシャは気づきませんでした。


「まだまだ続きますよ!一体どれだけのあいさつがあるというでしょうか!?」

「シガクシャさん!後ろ!」

「え?」


 かばんに肩を叩かれて、シガクシャがようやく振り返ると、茶髪で泥だらけの小さな少女が、怖い顔でレコードを見つめていました。


「え?!あなたは?人間さんのお仲間ですか?!」

「違う」


 少女は短くそういうと、即席のレコードプレイヤーからレコードを強引に抜き取りました。

 そのはずみにバキッと音がして、拡声器の部分が外れてしまいました。


「ちょっとお!!何するんですかあ!」


 さすがのシガクシャもこれには抗議しました。かばんもそれを口をパクパクさせながら見ていました。

 それに対して少女は平然と言い放ちます。


「あんたらみたいな英語も知らない田舎モンにこんなもの必要ないでしょ?エリイトであるあたしが預かっといてあげる!」

「え、エリイト?」


 二人がポカンとしている内に、少女はアカンベーをして建物から出て行ってしまいました。

 しばしの沈黙のあとに、シガクシャが口を開きます。


「人間さん……」


 これはまずいことになったと、かばんは思いました。

 急に現れた少女の無礼な行為の数々は、国際問題、いや星際問題に発展するかもしれません。

 果ては宇宙戦争や、『えすえふ』に書いてあったような、地球が乗っ取られるような展開にもなりかねません。

 かばんは覚悟を決めて息を呑みましたが、次のシガクシャのセリフは意外なものでした。


「人間さん!エリイトとはどういった意味ですか?!」

「ふぇ?」


 想定外の問答に、かばんは思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。ですが瞬時に平静を取り戻し、咳払いをして質問に答えます。


「えっと、とっても優秀ってことです」

「はわー!!さっきの方って、とってもすごい方だったんですね!人間さんはあの方をご存知なんですか?!」

「いえ……」


 かばんはお茶を濁すように言いました。


「そうですかー!あの方って何者なんでしょうねー?私気になります!」

「……そうですよね。ぼくもです」

「後で一旦宇宙船に戻って上から探しましょう!おそらく彼女のお家もいっしょに見つかるはずですから!」


 気が付けばシガクシャはいつものニコニコ顔に戻っていました。

 かばんはほっと一安心したのと同時に、レコードプレーヤーを壊されたことに多少の憤りを感じていたことを思い出し、たまらずシガクシャに聞きました。


「あの、シガクシャさん。怒っていないんですか?」

「え?何のことですか?」

「レコード取られちゃったことです」

「怒りませんよ!現地住民とのいさかいなんてしょっちゅうあることですし、それに……」

「それに?」

「同じものは3dプリンターでいくらでも復元できますもん!」


 かばんは悪気のないシガクシャの返答にがっくりときてしまいました。

 当時は不本意だったとはいえ、一応しっかり苦労をかけて完成させたレコードとその再生機器でしたから、かばんは少なからず愛着を感じていました。

 しかしシガクシャはそれを、いくらでも作れる、と言うのです!ヒトは自分の製作物をいくらでも替えがきくような言い方をされたら嫌な気分になる生き物なのです。

 かばんはそのいら立ちを隠しながらシガクシャに言います。


「シガクシャさん。ぼくはそうは思いませんよ。レコードはあの一枚、大事なレコードなんです。今すぐ追いかけて取り返したいです」

「えぇ?なぜそんな非合理的なことを?まあでも!人間さんがそこまでいうなら協力しますよ!」


 かばんは苛立ちを隠しきれてないようでしたが、シガクシャはそれに対して不思議そうな顔をして立ち上がりました。

 そして二人で建物の外へ出ます。


 文化や考え方の違いは、えてして技術の違いにより起こるもの。

 シガクシャはそのことを一番わかっていたはずですが、自分が当事者となると気づけなかったようです。研究者とは不思議なものです。


 かくしてレコードを取り返すための戦いが幕を開けたのでした。



 ※ちなみにゴールデンレコードの中身は以下のURLで確認できます。wikipedia で恐縮ですが、ぜひご覧ください。

 https://en.wikipedia.org/wiki/Contents_of_the_Voyager_Golden_Record

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