第7話 カザフスタンに降り立つ
宇宙船から照射された光とともに、二つの影が下りてきます。
かばんとシガクシャです。
ごこくちほーから何千kmも離れた中央アジアまではるばるやってきたのでした。
その目的は二つ。
一つは地球からいなくなってしまった人間の痕跡を探すこと。
そしてもう一つは。
「つまり、その円盤には音が記録されてて、それを聞くためにはレコードプレイヤーなるものが必要なんですね?!」
「そういうことです」
「溝に針を乗せて振動させるとは盲点でした!!確かに音は空気の振動ですもんね!」
かばんの背負うかばんの中には、人類の手がかりとなる、一枚のレコードがあります。
名前はゴールデンレコード。西歴1977年にアメリカが発射したボイジャーと言う探査機に備えられていたものです。もっともそんなことは彼女らには知る由もありませんが。
ともかく、もう一つの目的は、これを再生できる機器を見つけることなのです。
当初かばんはレコードの再生方法については秘密にしていましたが、素直なシガクシャに感化されて、すべてを話したのでした。
~~~
しばらく原野を歩くとシガクシャが丘の上に立ってかばんを呼びました。
「人間さあん!!やっぱりありましたよ!文明の痕跡!やっぱり私の見立て通りですね!まあ選んだのは人間さんでしたが!」
かばんも急いでそちらに向かい、丘の下を覗き込みます。
「わあ……!」
そこには朽ちて崩れかけた灰色の建物がたくさんあり、その光景にかばんは思わず息を呑みました。
「シガクシャさんこれって」
「ええ……!ここに人間さんがいたのでしょう!建物は主にコンクリートですか……まあ地震がなかった地域でしたし、そんなに強い素材で建てる必要はありませんよね!!」
かばんは驚きました。
彼女のいたジャパリパークにも建物はたくさんありましたが、それらはどれも小さく、散在していたものであって、絵にかいたようなコンクリート・ジャングルを見るのはこれが初めてだったからです。
(こんなもの一体どうやって作るのだろう?)
かばんはしばらく人間の建築技術に感嘆していましたが、シガクシャはそれに構わず話しかけます。
「人間さん!音の
「はい!」
かばんとシガクシャは歩き出しました。
~~~
「うーん見つからないですねえ」
3、4時間ほど街中を捜索したのち、崩れかけた建物の中でシガクシャがため息をつきます。
その周りには、壊れたCDプレイヤーやDVDプレイヤーと思われるものの残骸がたくさん散らばっていたのでした。
「それらしいものはたくさん見つけましたが、どうも記録したものを光で再生する媒体ばかりのようです。このレコードにはサイズも合いませんし」
手に持った何かの再生機器をいじりながらシガクシャは言いました。
レコードのような円盤を挿入するための機械であることは明らかでしたが、あまりにもサイズが小さいようです。
それを見たかばんは、たまらずシガクシャに話かけました。
「あの、シガクシャさん。一つ考えがあるのですが」
「何でしょう人間さん?」
シガクシャは不思議な表情でかばんに聞き返します。
かばんは思いました。
(そうだ。ぼくはいつも困ったときはこうやって解決してきたじゃないか)
そしてかばんはひと呼吸おいてシガクシャに話します。
「レコードの仕組みはお分かりなのですよね。ないなら作ればいいのではないでしょうか」
それを聞いたシガクシャは立ち上がって、目を輝かせ、かばんにズイッと近づきました。
かばんは一瞬ひるんでしまいます。
「さすが私の人間さんです!!素晴らしいです!きっとほかの人間さんもそういった心持ちでこの町を作っていたのでしょうねえ!私感動しちゃいます!!」
シガクシャは続けます。
「作りましょう!ぜひとも作りましょうよ!!何が要りようですか!?すぐに持ってきますよ!」
「針と、動くモーターがあれば。あとはここにある壊れた機械を組み合わせれば完成させられると思います。」
「わかりました!宇宙船からとってきますね!!」
シガクシャはものすごい勢いで建物から出ていきました。
かばんは一人になると、壊れた機械の山の中から使えそうな部品を探し始めました。
金属でできた長いアンテナ、緩んだネジやナット、針金、金属板、適当な歯車など、一通り使えそうなものを見定め終えると、かばんは一息ついて腰を下ろしました。そしてかばんからゴールデンレコードを取り出して、しばし見つめます。
「この中に、何が記録されているのだろう」
かばんはひとり呟いて、レコードの溝を優しくなぞってみました。
そこに確かに意味ありげな凹凸が指を押し返します。
突然、かばんは誰かの気配を感じて、とっさに立ち上がりました。
「誰!?」
建物の外から逃げ去るような足音が聞こえます。
かばんはレコードを持ったまま、速足で、建物の外に出ました。
「シガクシャさん?帰ってきたのですか?」
しかしそのような様子はありません。埃っぽい風がただ建物の隙間を流れていきます。
「気のせいだったのかな」
ふと、かばんは地面を見ます。
割れたコンクリートの隙間に、何かがありました。
拾い上げてみると、それは茶色がかった動物の毛のようなものでした。
「これ……僕の毛かな?いや、こんな長くないし、こんな色じゃないはず」
怪しむかばんに声がかかります。
「人間さん?何しているんですか?」
針とモーターが入っているであろう小包を持ったシガクシャがそこに立っていました。
「シガクシャさん。これ」
かばんが手に持っていた毛をシガクシャに見せると、シガクシャは興味深そうな顔に変わります。
「ふむ、まだ新しいですね。人間さん、これどこで?」
「レコードを見ていたら気配を感じて、外に出てきたら落ちていたんです」
「つまり興味を持って近づいてきた。もしかしたら、知的生命の可能性がありますね!そうだ人間さん!その毛、ちょっと貸してみてください!!」
シガクシャはショルダーバックのようなものからカメラに似た箱型の機械を取り出すと、持っていた毛をその中に入れました。
そしていつもの解説を始めます。
「ふふふ、これはですね、生き物の設計図を入れると自動的にその姿を再現して見せてくれる機械なんです!!人呼んで生図箱!!3dプリンターの機能の一つを使ったものなんですがね、私のお気に入りの研究グッズなんですよ!!」
シガクシャはうっとりとした目でその機械を見つめながら言いました。
かばんはシガクシャに尋ねます。
「設計図って?さっきの毛が設計図なのですか?」
「そうです!!生き物は細胞の一つ一つに設計図を持っているんですよー!毛にも皮膚にもウ〇コにも!」
「え?ウ〇コにも?」
「そうです!腸壁の細胞はガンガン剥がれ落ちていますからね!!当然その中にもその生き物の設計図が入っています!」
「なんか想像がつかないなぁ」
かばんが言うと、シガクシャの持っていた箱から解析の終了を知らせる音が鳴りました。
「おお!結果が出ましたね!早速見てみましょう!!」
シガクシャがスイッチを押すと、箱の上に光の像が浮かび上がりました。
「あ。これって、ミライさんのときのと同じ……」
「あ!ご存じなんですか人間さん!いわゆるホログラムっていう技術です!!どうぞご覧ください!!」
かばんはホログラムを覗き込みます。
そこには舌を出した茶色と白の毛並みの動物が、四足歩行で歩いていました。
「どうですか人間さん!!この動物に見覚えがありますか!?」
「えっと、としょかんで読んだ、イヌっていう動物に似てます」
「え?としょか?……もう一回言ってもらえます?」
「なんでもありません!!」
かばんは慌てて取り消しました。
まだシガクシャにジャパリパークのことを言うのが怖いのです。
「そうですか……でもイヌさんは見た感じ知的生命には見えませんね。それに毛もこんなに長くない。コンタミしたのかなぁ?」
「こんたみ?」
「解析失敗ってことです!まあでも近くにいることは間違いありませんから、そのうち会えると思いますよ!!そんなことよりレコードプレイヤーを作りましょう!!」
「あ、そうですね」
かばんとシガクシャは建物の中に入っていきました。
向かいのビルで影一つ。
誰かがその様子をうかがっていることに二人は気づきませんでした。
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