第6話 宇宙船の衣食住




「ところで人間さん!そのゴールデンレコードなんですが、どう使うのかわかったりしますか!?」


 3dプリンターの部屋から出て運転席へ向かう途中、シガクシャが尋ねます。


「え?うーん……ちょっとわからない、ですね……」

「そうですかあ!でも大丈夫です!二人で一緒に探しましょう!」


 陽気なシガクシャをよそに、かばんは複雑な表情を浮かべました。

 じつはかばんはレコードを見たことがありました。使い方も知っていました。

 ぺぱぷのライブを手伝ったときにマーゲイから教えてもらっていたのです。

 それでもかばんはレコードの使い方については言い出しませんでした。

 その理由はただ一つ。


 ――レコードの中に何が入っているかわからないから。


『えすえふ』に書いてあったような、宇宙人を激怒させるような人間の過ちが記録されていた場合、たちまち自分は殺されてしまうかもしれない。

 いや、それだけでは済まず地球まるごと滅ぼされてしまうかもしれない。

 恐ろしい小説に感化されたかばんの脳内は、ありえない想像でいっぱいになっていたのでした。


 突然隣のシガクシャが肩をポンと叩きました。

 かばんはびっくりしてシガクシャの方を見ます。


「人間さんはあちらの部屋で休んでいても構いませんよ!!操縦は自動でできますから!!」

「え?」

「いいですからいいですから!着いたら起しますから!!」

「わあ!」


 シガクシャに押されて、かばんは小さな、6畳くらいの部屋に押し込まれました。

 その部屋の床はとてもやわらかく、踏み込んだ足を暖かく包みこんできます。


「すごく気持ちいい……」


 たちまちかばんはその床に体全体を投げ出してしまいました。


「ふふ……やっぱり人間さん大分お疲れのようですね!!ずっと慣れないことしてたから仕方ないです!おやすみなさい!」

「あ、ちょっと」


 急に部屋の電気が暗くなってしまい、シガクシャの姿は見えなくなってしまいました。

 不安が頭を駆け回りますが、かばんは急速な眠気に勝てずそのうち眠ってしまいました。



 ~~~



『バケガクさん。例の虹色の物質の解析は終わりました?』

『いいやさっぱり終わってないよ。分子構造が複雑すぎるんだ。最初はただの無機物片だと思ってたよ。でもアレだね。なんか金属でできた酵素に近い感じがする。解析はもうやめにしたいレベルの面倒さ』

『でもー!その物質がこの星の文明のカギとなっていることは間違いなさそうなんですぅ!!最後までやってください!』

『確かにサンプルも言ってたよね。サンドスター……だっけ?現地住民が名前つけてるならシガクシャ的にも重要なんだろうね。まあぼちぼちやっていくさ』

『サンプルじゃなくて人間さんです!!ああもう!!もうすぐ目的地に着きますから!絶対やっておいてくださいね!』

『はいはーい』



 ~~~



 翌朝。かばんが寝ていた部屋に急に光がともります。


「おはようございます!おはようございます!!人間さん!!」

「し、シガクシャさん?」


 かばんはとっさに頬をつねりました。

 昨日のことは悪い夢だと思いたかったのでしょう。

 しかし目の前の宇宙人の存在は現実であったようで、当たり前のように強引に話をすすめます。


「目標地点に到達しましたよ!さっそく調査をはじめますか!」

「そ、そうですね」


 かばんが床から起きようとしたとき、ぐううと、急にお腹の虫が鳴きました。


「おや人間さん!お腹がすいているのですか?」

「あ、はい」

「承知しました!!どうぞどうぞこちらへ!!」


 かばんはシガクシャに3dプリンターの部屋に連れていかれました。

 着くやいなやシガクシャは操作盤をいじり始めました。


「何を隠そう私、食文化にもかなり関心があるんですよね!!仲間からはあまり賛同は得られませんが!人間さんはどんな物を食べていたのですか?!」

「えっと、じゃぱりまんです」

「ほうほう!それってどんなのですか!」


 かばんがジャパリまんについて説明します。シガクシャは興味深そうにウンウンと頷きながら聞いていました。


「なるほどー!粉を空気で膨らませる系統のやつですね!!しかし具材を練りこまず中にそのまま入れるのは面白いですね!!いろいろな食感が楽しめそうでどんな感じなのかとっても気になります!!」

「そんな大そうなものでもないと思うのだけど......」

「現地の方はみんなそう言うんです!他のものを知らないから!あ、そうだ!私が人間さんが食べたことなさそうなお食事をご用意しましょう!」


 シガクシャが操作盤を触ると、3dプリンターが動き始め、ほどなくして扉が開きました。

 シガクシャは扉に駆け寄り、中のものを取り出し、かばんのところまで持っていき手渡しました。

 それは茶色く縮れた細い針金のようなものの上に、半透明で粘性質の液体がかかった気味の悪いものでした。さらによく見ると、見知らぬ草や見たことがない形の貝など、不可解な食材がたくさん入っていることもわかりました。

 ただし、おいしそうな香りの湯気が立っており、かばんの食欲をそそります。


「ナサキガ星人さんのサドラウンという食べものです!!どうぞお食べください!!私のオススメですから冷めないうちに!!」

「え、あの」

「なんですか!?」

「これ、食べても大丈夫なものなのですか?」

「え?」

「毒とか……入っていませんよね?そもそも3dプリンターで作ったものですよね?体に悪いとかありませんよね?」


 ここまで言って、かばんは顔をあげます。

 シガクシャは悲しそうな顔をしていました。

 いつも笑っているシガクシャがこのような表情をしているのを見て、かばんはたちまち、悪いことを聞いてしまった、と思いました。


「あの、ごめんなさい。こんなこと聞いて」


 シガクシャはかばんが持っている料理を見つめながら、なんでもないような口調で答えます。


「いえ、いいんです。初めて見る方には、確かにおどろおどろしい見た目かもしれないですもんね。いいんです。それは机に置いておいてください。あとで私が食べますから......」


 そして、今度はいつもの明るい口調で言いました。


「そうだ!人間さんの言っていた『じゃぱりまん』に近い料理も知っていますよ!それを作りますからちょっと待っててくださいね!!」


 シガクシャは気をつかったことを言いましたが、かばんは罪悪感を感じました。

 もし自分が逆の立場だったらどうだろうと、かばんは想像しました。

 例えば丹精込めて作ったカレー。これをハカセに差し出したときに、『こんな気持ち悪いもの口に入れたくないのです』と言われたらとても残念に思うでしょう。

 そのようなことを平気で言ってしまった。


 気が付けばかばんは、手に持ったサドラウンを夢中になって食べていました。

 針金だと思っていたものはポリポリとした触感の麺でした。

 半透明のトロミのついた液体はうまみを多分に含んだ塩味で、硬い麺を多少ふやかして、口内を幸せにします。


「これ、すごくおいしいです」


 操作盤でポカンとしているシガクシャに、かばんは心から言ったのでした。

 そして皿の中身をきれいに平らげると、シガクシャの方へ向かいます。


「人間さん……?」

「シガクシャさん。ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」

「人間さんー!!」


 シガクシャはかばんの手を握って、嬉しそうにぶんぶんと縦に振りました。

 かばんはこの時から、シガクシャを少しだけ信用しはじめたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る