第5話 かばん、悩む



 かばんはコピーされたゴールデンレコードを受け取りました。

 そして頭の中で考え始めます。


(ヒトはもう地球にいない(可能性が高い)。それが分かった今、ぼくがシガクシャさんといる意味はない)


 かばんが顔を上げてシガクシャを見ると、シガクシャはにっこりと笑いかけてきます。


(正直シガクシャさんのことは全く信用できない......何を言っているのか分からないし、得体のしれない道具を使うし。それに、いくらフレンズであったとしてもこの子は宇宙人だ。『えすえふ』に書いてあったように、いつぼくたちに牙をむくのかはわからない)


「人間さん?どうかしましたか?顔が怖いですよ?」


 かばんが何を考えているのかわからないシガクシャは不思議そうに尋ねました。


(今ぼくがしなくちゃいけないことは、サーバルちゃんもとい、パークにいるみんなを守ること。そのためにはキョウシュウエリアが見つかってしまう前にこの子を満足させて宇宙に帰さないといけない。どうすればいいのだろう……)


「人間さん!何とか言ってくださいよ!」


 シガクシャに呼びかけられて、かばんは我に返りました。それと同時にかばんの頭に一つ作戦が浮かんできたので、さっそくそれを実行してみることにしました。


「あ、ごめんなさいシガクシャさん。ちょっと考え事をしていたんです」

「考え事?」

「そうです。シガクシャさんのおうちってどんなところなのかなって」

「おうちですか!?私の!?」


 シガクシャは驚いた顔でかばんに言います。かばんはシガクシャに向かって強くうなづきました。


「私は人間さんのおうちの方が興味があるのですが、確かに人間さんからみれば私たちのことにも興味ありますよね……あああああああ!やっぱり人間さんとは話が合うなあ!うれしい!!」


 かばんは不服な感情をこらえて続けます。


「それで、どこにあるのですか」

「私のおうちはズバリ!!ここです!!」


 シガクシャは地面に向かって指を差しました。

 かばんの頭の中はたちまちクエスチョンマークで満たされます。


「そうです!私はこの宇宙船がおうちなのです!!」


 予想だにしていない答えにかばんは目が点になってしまいました。しかしかばんは頭をぶんぶん振って冷静を取り戻し、再びシガクシャに尋ねます。


「そうですか。じゃあ、シガクシャさんの友達とかはどこにいるのですか」

「わたしの友達はズバリ!ここにいます!!」


 シガクシャは3dプリンターに備え付けられた操作盤を指差しました。

 3dプリンターが友達だとでもいうのでしょうか。

 かばんはシガクシャのことを不憫に思い、多少いたたまれない気持ちになりましたが、次には大きなため息をついていました。


 どうやら作戦は失敗のようです。


 かばんの考えていた作戦は、シガクシャに故郷を思い出させて宇宙に帰りたくさせる『おうちにおかえり作戦』でしたが、この宇宙船が故郷となればうまくいきようが無いでしょう。さらに言えば、この作戦はかばんがおうちに帰りたいという深層心理に基づいてできたものであるので、かばん以外には微妙な効果しか奏しません。


「まあそれはいいとして!見てください人間さん!!次の目的地についてなんですけど!」


 シガクシャは近くにあったテーブルに紙のようなものを広げました。

 するとその紙から光が照射されて、青くて丸い球体が映し出されたのでした。よく見ると緑色の面がところどころにあります。


「これは……?」

「これはですね!地球の地図です!」

「地図?地図って平たいんじゃないのですか?」

「平たい地図はどうやっても誤差が出てしまうのであまり使わないんですよ!で、今いる地点はここです!」


 シガクシャは大陸の右側にある小さな島をぐるぐると指で囲みました。


「私の経験上こういった弧状島の調査はなかなか期待できません!独自の文化が発展する傾向があるのでそれはそれで面白いですけど、自然災害が多い地域なので人間さんの痕跡を探すのは難しいのです!!」

「はぁ、そうですか」

「そこでですね!事前の調査で痕跡が残っていそうなところをピックアップしておきました!それがこちら!」


 シガクシャが紙の一部を触ると、地図上のところどころが赤く光りました。


「今赤くなっているところは、近くに大きい川や火山がなく、地震が起こりにくい場所です!」

「いっぱいありますね……」


 これを全部めぐるのかと思ったかばんは小さな声で言いました。

 それを聞いたシガクシャはにやにやしながらかばんに話します。


「ところで人間さん!暖かいところと寒いところ、どちらが文明が起こりやすいと思いますか?!」

「え、あ、暖かいところですか?」


 唐突なクイズにかばんはとっさに答えると、シガクシャはしたり顔で続けます。


「そうなんです!起こりやすいのは暖かいところなんです!住みやすいですからね!では発展しやすいのは?」

「さ、寒いところ」

「正解です!!さすが人間さんは賢いです!狙われにくかったり、廃棄熱を逃がしやすかったり、その他もろもろの関係で寒い方が発展しやすいみたいなんですよね!!」

「そうですか」

「この理論をもとに年中暖かい地域を調査対象外とします!!」


 赤く光っている部分のいくつかが消えました。


「それとエネルギーですよね!プリンタのインクで言うところの92番!!これを使いこなせてこその近代文明ですよ!これが採れる場所に近い場所を探索しますね!」


 シガクシャが操作をすると、赤く光っている場所は4、5点に絞られました。

 かばんはこれを見て、調査範囲がそこまで多くないことにほっとしました。


「最初はこの、一番近いところに行ってみましょうか!」


 シガクシャは今いる島のすぐ隣にある半島を指差しました。そこは今でいう北朝鮮がある場所でした。


「ちょっと待ってください。そこよりもこっちの方がいいと思います」


 かばんは隣の大陸の中心部にある赤い点を示しました。今のカザフスタンがある地点です。


「そうですか……?でも人間さんのいうことなら間違いないですよね!!そっちに行きます!」

「行きましょう」

「いいですねー!その積極性!!」


 かばんはこのときシガクシャをジャパリパークからなるべく遠ざけることばかりを考えていました。

 これが想像よりはるかに遠いところに向かう長い長い旅だとは、思いもよらなかったようです。

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