第4話 79番、見つかる



「いやー。いくら最新の3dプリンタといえども万能なものではなくてですね、材料インクは必要なんですよ。で、そのインクは補充しなければならないわけで、そのうちの79番はとても貴重なんですよね。宇宙的にみてもぜーんぜん見つからない!でもサビないし、電気をよく通すし、めちゃくちゃ伸びるとかそういう性質をもっているんですよね。こういった性質があるから初期の電子機械の部品にはいっぱい入っているんです!私が見た中期の知的生命体はみんな使ってましたもん!あ!あとすごく安定していて、普通の酸塩基とかでは絶対に溶けないっていう性質もありますよ!ずっとキラキラしているので、身に付けたら自分もずっとキラキラになれるとか信じたのか、視覚系ならどこの文明でもこれを集める人がいるんですよー!あとですね、通貨として使われる場合とかも多くて……」


 かばんとシガクシャが宇宙船に乗ってから、シガクシャはかばんに一方的に話しつづけていました。79番とは、おそらく金のことでしょう。この金という物質がゴールデンレコードの復元に必要なので探しているわけですが、シガクシャはうんちくが止まりません。

 かばんは窓の外を見てぼんやりとヒトの痕跡を探していましたが、シガクシャはおしゃべりばかりで本当に探せているのか不安になっていました。


「おっとあれは……?」


 シガクシャがおもむろに席を立ち上がりかばんの見ていた窓に近づきます。

 急に立ち上がったのにびっくりしてかばんはシガクシャを警戒します。


「あれって!?人間さんが作った建物なんじゃないですか!?」

「え!どこですか?」

「ほら!あそこです!!」


 見渡す限りの赤土のなかに黄色い屋根の建物がありました。

 ヒトの手がかりになりそうなものがわずか数十分で見つかったことにかばんは驚きました。


「バスでは全然見つからなかったのに、こんなに簡単に見つかってしまうなんてすごい……」

「空から見たら辺りを一望できますからね!!探査の基本ですよ!!あの近くに下ろしますね!さあ行きましょう!」


 宇宙船は地上に降りました。

 ほどなくして宇宙船に切れ込みができて扉が出現し、中からかばんとシガクシャが現れます。


「わあ!!外だ!!」


 シガクシャは真っ先に飛び出してはしゃぎまわります。


「この石はケイ酸系ですかね!持ち帰って組成を調べましょう!ああああそこに地割れが!!地層がむき出しです!撮らなきゃ撮らなきゃ!……おやこんなところに鉄片が!?人工物の可能性もありますね!鑑定します!」


 シガクシャは目につくものを次々に撮影し、採取していきました。

 それはもうあたりの物がすべてなくなってしまうかとも思える勢いです。


「シガクシャさん。建物は行かなくていいのですか?」


 かばんは石や土よりも目の前の建物の方に興味がわいていました。


「ああ人間さん!!先に行ってて構いませんよ!でも中のものには触れちゃダメですよ!壊しちゃうかもしれないから!!」

「わかりました」


 かばんは建物に近づき、まずは壁伝いに周囲を一周しました。

 一周に要した時間は10分程度で、ある程度大きい施設だということが分かりました。

 その中でかばんは気になる看板を見つけました。


『ラッキービースト管理センター』


 この文字列を見てかばんはハッとして腕を見ました。

 腕に付けていたラッキービーストがなくなっていることに気づいたのです。


「そうだ。バスに置きっぱなしにしてたんだ」


 かばんはとたんに不安になってきました。

 ラッキービーストは肝心な時には役には立たないことが多かったものの、様々な場面で助けられてきましたし、彼がいたからこその安心感があったのでしょう。

 ましてや、いつ襲われるかわからないこの状況。頼れなくても頼るものがあることはそれだけで落ち着けるものです。

 ですが今のかばんには、それがない。


「もしかしたら、この中にラッキーさんがいるかも。あのラッキーさんでなくても、別のラッキーさんが」


 かばんは不安のなかにあるわずかな期待を信じて建物の中に入っていきました。



 ~~~


 建物の中はとても暗く、生き物の気配は全くありません。

 冷たいコンクリートでできた棺のような雰囲気の廊下を、かばんは少し怯えながらも進んで行きました。


「わあっ」


 そのうちかばんは何かにつまずいて転んでしまいます。


「いてて……」


 かばんは尻をさすりながらつまずいたものが何かを確認します。

 拾い上げてみてみるとそれは重たい流線形の金属の残骸で、青と水色の縞模様が描かれていることが分かりました。


「あれ?これってどこかで見たことがあるような……」


 かばんは考えましたがこの時点ではまだわかりませんでした。いや、わかっていたかもしれませんが分からないふりをしたのかもしれません。


「まあいいや。足元に注意して進もう」


 そう言って立ち上がったかばんは足元をみてギョッとしました。

 先ほど拾った金属の残骸に似たものが廊下に列をなしていたのです。


「な、なんなんだ。これは」


 かばんはおそるおそる残骸の列を辿っていきました。

 列を辿っていった結果一つの大きな部屋にたどり着きました。


 その部屋の中央には、サビて真っ赤になった非常に大きな機械が備わっており、その周りには水色のガラクタが山のように積み重なっていました。

 そのガラクタの中には、かばんにとって見覚えのあるレンズのような四角いデバイスもありました。

 かばんはそのなかの一つをつまみ上げて凝視します。やはり先程まで腕に付けていたものにそっくりなようです。


「これってやっぱり……」

「にーんげーんさん!」

「うわあ!」

「探しましたよー!まさかこんなに奥まで来ているなんて!人間さんって案外好奇心旺盛な生命なんですね!」

「し、シガクシャさん?」


 かばんは中のものは触るなと言われたことを思い出してとっさに手に持っていたものを体の後ろに隠しました。

 シガクシャはそれに構わず部屋のあちこちを撮影して回りました。

 一通り撮影が終わると、シガクシャは一息ついてかばんに言いました。


「見たところここは一次シンギュラ施設みたいですね!」

「一次シンギュラ?」

「人工知能が機械の保守点検をする施設です!おそらくここにある水色の機械が生活の管理をしてたみたいですよ!いまは動きませんけど!」

「そうですよね」


 かばんの頭のなかではすでに整理がついていました。ここにはラッキービーストがいたこと。ここで整備を行っていたこと。その整備は何らかの原因で止まってしまったこと。ラッキービーストはフレンズの管理を行うものだったので、このちほーにもフレンズがいたことは間違いないでしょう。


「シガクシャさん。この周りにはたくさんのヒト達がいたんでしょうね」

「そうでしょうとも!!とびっきり素敵な文明があったに違いありませんよ!!人間さんはすごいです!」

「じゃあどうして滅びてしまったんでしょうか」


 かばんはやるせない気持ちになりました。ラッキービーストのようなすごい機械を作れる技術があっても、何かの拍子に滅んでしまう。そんな現実を前にしてやりきれない感覚に陥ってしまったのでしょう。

 それを察したのか、シガクシャはかばんに言います。


「でもでもでも!人間さんが滅んだかどうかはまだわかりませんよ!この星で滅んでても別の星に行ったかもしれませんので!!他の地域でひっそりと生活している場合も考えられます!」

「いえ、わかっていました。『ヒトはもう絶滅した』とはすでに聞かされていましたから」

「え!誰にですか……!?」


 重たい沈黙。

 それを破って先に進もうと、シガクシャはわざと明るい声を作って言いました。


「えっと、79番は残骸の中にたくさんあるようですね!ちょっとお借りしちゃいましょう!」


 シガクシャはラッキービーストのなれ果てのいくつかを手に持って、かばんの手を引き宇宙船に戻りました。



 ~~~



「あのー。人間さん?元気出してくださいよ」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 かばんは物憂げに細かい振動を起こす3dプリンターを見つめています。

 シガクシャは心配そうな表情でかばんを見ながらプリンターの操作をしています。


「ほら人間さん!復元できましたよ!!」


 シガクシャが言うとビープ音が鳴って、プリンターの片方の扉が開きました。その中にはいつか見たゴールデンレコードがありました。

 シガクシャはそれを手に取りかばんのもとに走って行きました。


「人間さん?見てください!ほらこれも人間さんが作ったものなんですよ!すごいですよね!ぴかぴかです!!」

「シガクシャさん。ぼくはすごくないですよ」

「そんなことありませんよ!!これを打ち上げられる人間さんはすごいんです!!それと同じ種族のあなたもすごいんですよ!」

「そんなこと言っても、ヒトは滅びてしまったじゃないですか!」

「……それは」

「いくら優れていても滅びてしまってはすごくもなんともないんです。もう帰らせてください」


 かばんは吐き捨てるように言うと、シガクシャはとたんに真面目な顔に変わってすっくと立ちあがりました。


「それは違いますよ人間さん。地球に素晴らしい技術があったと分かったんですから」

「それがいまさら何だというんですか」

「技術がこの場所で生まれた。使われていた。それが分かれば滅んでなどいないんです。私の頭の中では人間さんは立派な文明を築いています」

「そんなの詭弁だ……」


 かばんは不満そうな顔をしていましたがシガクシャは続けます。


「技術がどうしてできたのか。どうやって発達したのか。どうやって浸透したのか。考えるだけで楽しいじゃないですか。滅んだならどうして滅んだのか気になるじゃないですか。これは私の持論ですが、すべて明らかになるまでは、考える余地がある間は、文明は滅んじゃいません。あなたもどうして人間がいなくなったのか気になるのではないですか?」

「それはそうですけど......」

「だったら人間さん。もうすこしだけ私にお付き合いください!!人間さんがどうしていなくなったのかを二人で明らかにしましょう!」


 シガクシャがゴールデンレコードを突き出して頭を下げます。

 かばんは少し考えてから、それを手に取りました。

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