第3話 かばん、見学する
シガクシャが手を壁にかざすと、壁に切れ込みができて道ができました。彼女はそのままかばんを道の奥へ連れ込みます。
「うわあ……」
かばんの目の前には、金属でできた大きな機械がそびえ立っていました。装置には2メートルくらいの透明な扉が2つついていて、怪しい雰囲気がぷんぷんと漂っていました。
「シガクシャさん。何ですか?これは」
「フフフ……驚いてはいけませんよ人間さん。なんとこれは!コペルダ星人が誇る最強技術!3dプリンターです!」
「3dプリンター?」
かばんはぽかんと口を開けて言いました。無理もありません。彼女のいたジャパリパークはいろいろな意味で3dでしたが、プリンターはなかったからです。
そんなかばんにシガクシャは説明を始めます。
「これはですね!物体のもつすべての原子の位置!スピンの向き!結合状態!電子軌道!などなどの状態データを入力することで!その物体を完璧に再現して構築できるものなんです!」
かばんはますます分からなくなってしまいました。
知らない単語を集められても説明にはならないのです。
「まあ見ててくださいよ人間さん!ちょっと足を出してください!」
かばんが右足を上げるとシガクシャはかばんの履いていた靴を脱がせました。
「ちょっと」
「はい!この靴をこの中に入れます!」
かばんの言うことも聞かずシガクシャは靴を装置の扉の片方に入れました。
シガクシャがスイッチを入れると、装置は静かなモーターの音を鳴らします。
「静かでしょー!最新型ですからね!ほら!もうスキャンが終わりましたよ!」
「ちょっと何言ってるか分からないんだけど」
今度は装置がぶるぶると震えだします。
しばらくするとビープ音が鳴り、震えがおさまり、装置のもう片方の扉が勝手に開きました。
「見てください!完成です!」
シガクシャは扉に手を突っ込むと、黒い靴を取り出しました。
「触っても構いませんよ!」
かばんはおそるおそるそれを手に取ります。
見た目、手触り、細かな傷のひとつひとつまで、それは紛れもなくかばんの靴でした。
「ど、どうやったんですか?移動させたとか?」
「ふふふ……これが3dプリンターの力です。元の靴もこちらにあります!」
シガクシャは慣れた手つきで入れた方の扉を開き、元になった靴を取り出し、自慢げに話し始めました。
「どうですか人間さん!これがコピーですよ!驚いた!?」
「つまり、ひとつのものをふたつにできる……ということですか」
かばんはコピー元の靴とコピーでできた靴を興味深そうに見比べながら言いました。
「でもこれ、どっちも右じゃないですか?これじゃあ履けませんよ」
「あああー!しまった!」
シガクシャは悔しそうに地団駄を踏みました。
~~~
「それでですね、先ほど人間さんが壊したゴールデンレコードの全原子情報データは、実はあらかじめ保存してあるんですよ!」
「う。すいません……それってどういうことですか……?」
「実物なしでコピーできるということです!もとあった状態で完璧に復元ができるんです!見ててくださいね!」
シガクシャは画面をいじり始めます。
かばんはその様子を不安そうに見ました。操作画面には見たことのない文字がたくさん並んでいて、かばんは頭がくらくらしてきました。
そのうちシガクシャは顔を上げてかばんに言います。
「あ、そうだ人間さん!ここのボタンを『出力!』って言いながら押してください!」
「しゅ、しゅつりょく?」
「そうです!!大きな声で出力って言わないと、動かない仕組みなんです!!」
「で、でも、さっき言ってませんでしたよね?」
「いいからいいから!言ってくださいよ!!」
「しゅ、しゅつりょく!」
「かわいい!」
かばんは促されるまま、緑色のボタンに手を置いて、ゆっくりと押し込みました。
すると3dプリンターがふたたび動き出し、先ほどとは違ったビープ音が鳴り始めます。
シガクシャはかばんを興味津々で見つめていましたが、その音を聞くなり緊張した顔に変わりました。シガクシャは急いで装置についていた赤いボタンを押します。
「あのシガクシャさん……?出力って言いましたよ……?」
「インク不足!?79が足りない!」
シガクシャはかばんを無視して一人で頭を抱え始めます。
「困ったなあ……79は高いしほとんど入れていなかったんだよなあ。どこで調達できるんだっけ……?う~ん」
シガクシャは大きい独り言を言うと、ハッとした顔に変わりました。
「そうだ人間さん!!一緒に探しに行きましょうよ!!」
「え?何をですか?」
かばんはまだ状況が全然つかめていないようです。
「79です!3dプリンターのインクで、きんぴかに光る素材です!」
「きんぴかの素材……?」
「これは私の経験なんですがね、どんな知的生命体でも文化的に79を珍重する段階があるんですよね!人間さんも同じはず!!さあ!人間さんの痕跡を探して、79の入手に向かいましょう!」
「人間の……痕跡?つまり、ヒトを探しに行くということですか?」
「その通りです!」
かばんの心が揺れ動きます。
彼女はもともとヒトを探すために長い間旅をしてきましたが、サーバルと二人のときはヒトどころかその痕跡すら見つかりませんでした。ですがシガクシャはどうでしょう。おそらく
ヒトを見つけるならシガクシャについて行った方が速くたどり着けるはずです。
「それでもぼくは……サーバルちゃんと…」
「手伝ってくれませんか……?貴重なゴールデンレコード……」
シガクシャは涙目になりながら一緒に来てほしいと訴えます。
さらにゴールデンレコードという言葉も出してきました。かばんはそれを壊してしまったことに若干の負い目を感じていて、可能であれば直さなければいけないと思っていたので、心がさらに揺れました。
かばんは決断をしました。
「……わかりました。その代わり、ヒトが見つかったらサーバルちゃんのところに帰してくださいね。絶対に」
「はいっ!人間さん!」
シガクシャの顔がぱあっと明るくなります。
「そうと決まれば!早速行きましょう!」
かばんは手を掴まれ、宇宙船の操縦席まで連れていかれました。
かばんは席に着かせられ、シガクシャも着席すると元気よくしゃべり始めました。
「目標は一定量の79が地表に露出している点!出発進行!」
宇宙船はゆっくりと高度を下げていって、地面が見えるようになると、そこから水平に移動をはじめました。
(待っててサーバルちゃん。必ずヒトを見つけて帰ってくるから......)
かばんは決意を胸に、背筋を伸ばしました。
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