第4話 会議
ある日、岬と柏原と丹羽所の三人は、やっとのことで野茨を捕まえ、そのままカラオケ店に行った。話し合うのが目的だった。
「まだ付き合ってんの?」
「別れなさい」
「アンタから振ってやりなさい」
「もう社会勉強は済んだでしょ」
「来年は受験勉強があるのよ」
「話聞いているとろくな男じゃないわね」
「最近はインテリでもバカな男は多いからね〜」
「裏でなにやってるのかわからん」
「裏で女子高生と不倫してんでしょ」
「そりゃそうだ」
「犯罪だ」
「犯罪ではない。淫行は十八歳未満を対象としている。残念なことに葉月はもう十八歳だ」
「その法の抜け道は?」
「そこまでは知らん」
「慰謝料請求とかじゃない?」
「慰謝料なんかいらないよ〜っていうかそもそも同意の上だし」
「もしかしたら葉月の方が相手の奥さんから慰謝料を請求される恐れがあるんじゃないの」
「ないと思うよ未成年だし。そもそも支払い能力ないでしょ。そんなの裁判で判決出ても紙切れと一緒」
「お父さんとお母さんへの慰謝料の請求は?」
「そこまでは知らないわよ」
「いや山萌ならわかると思ってさ」
「ところでなんの話だっけ?」
「むらさきのモノマネのクオリティチェック〜」丹羽所が一人控えめにパチパチと拍手をした。「ほら、あれやってみて。オーディションだと思ってさ〜なんだっけ? …キャッシュレス決済を初めてやろうと思って失敗した時のオバちゃんの顔!」
「あれチョー面白いよね〜」
「なんでここでやるねん」柏原がツッコミつつ実際にやると爆笑の渦に包まれた。
自分で振っておきながら丹羽所は無表情に戻った。わざとらしく咳払いをして、
「本題に戻りましょう」
「なんだっけ?」
「もう気が済んだでしょう葉月そろそろ別れなさい、ってことだよね」
「だから別れないって!」
「アンタなんか悪い魔法でもかけられてるんじゃないの〜?」
「恋愛中は麻薬中毒者と同じ状態だっていうもんねー」
「なんとかって化学物質がいっぱい出るんだよね?」
「葉月、いまアンタは自分のことを客観的に見られない状態にあるんだよ。お願いだからわたしたちの話を聞いて」
「客観的にって…わたしのことバカにしないで。ふーちゃんも山萌ちゃんも経験したことないくせに…」
「それを言われたらおしまいね〜」
「ええ、経験しないと語れないなら、世のコメンテーター全員廃業だわ」
「ふざけないで」野茨はまったくつれない。本気で怒っているようなので険悪な空気になった。
逃げるように柏原がスマホをいじり始める。野茨もスマホをいじり始めた。丹羽所もスマホに逃げた。
岬が怒った。
「アンタたちスマホに逃げんじゃねーよ! ちゃんと角突き合わせて話し合おうよ! 会えばいつでもスマホをポチポチ。会った時にまでスマホやってんなら会う必要ないんじゃないの? いったい誰と向き合ってんの? スマホの中に育児放棄した母パンダの子供でも飼ってるの? そりゃあ毎日ミルクあげて健康チェックしなくちゃいけないわねー」
バラエティでよく見るマイクパフォーマンスみたいに床にマイクを叩き付けてやりたかった。岬は普段から怒るような人間ではなかった。見たことのない「ねーよ」と剣幕に三人は度肝を抜かれ、しばらく空いた口がふさがらなかった。
「ゴメン」岬は頭を下げ謝った。「わたしったらどうしたんでしょう。悪魔でも乗り移ったのかな」
ごまかしてみるものの誰も笑えない。岬も自分自身に驚いていた。わたしったらこんな言い方もできるんだ。
「ちょっとみんななんかしゃべって」
苦しまぎれに言ってみると丹羽所が口を開いた。
「ふーちゃんの言うことにわたしも共感する」
「あ〜ありがとう助かった山萌」
「スマホは傍に退いておいてわたしたちはちゃんと話し合うべきね。生身の体で。力士がはっけよーいでぶつかり合うみたいに。そうじゃなきゃ墓場までスマホを持っていかなくちゃいけないわ。自分が死んでもスマホにしか人格が宿っていないなんてイヤでしょう?」
岬はうんうんうなずいている。そういうことを言いたかったのだ。
「ありがとう山萌。ところでなんの話してたんだっけ?」
「葉月が怒った後に空気が悪くなってみんなスマホをやり始めた時に岬がキレたのよ」
「あ、そうだったっけ。ゴメンね」
「キレたって表現は違うかな?」
「うん。キレてはいない。怒っただけ。そういうわけで葉月」岬が腕を組んでプレッシャーをかけた。「アナタの愛はステキなもの。他人がとやかく言って否定できないもの。それはわかった。だからわたしはアナタの愛は否定しないけど、アナタの将来を心配することにした。今年はわたしたちは受験生。腐れ縁で大学も同じところに行くとしたら、アナタの今の模試の結果が心配だわ」
「…恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃないって言いたいの?」
「うんそう」はっきりと言ってやった。「今は受験勉強がいちばん大事。その次に大事なのは地球と人類の将来と絶滅危惧種の保護くらいのもの。言いたいことは言ったわ。あとはアナタが選択するだけ。別に無視してくれてもかまわない。それが一つの個体としてのアナタの自由意思。誰にも否定はできない。ただわたしたちは耳を傾けてほしいと思ってる。それだけ」
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