元婚約者と弟王子とお茶会

第14話

 今日は、ずいぶんとお茶菓子を振る舞われる日だわ。

 繊細な白磁に花模様が絵付けされたティーカップに、透き通った夕焼け色の紅茶が注がれる様子を見つめる。

 立ち昇る湯気からただようすっきりとした香りは、ペパーミント。

 厨房に立っていると、味見やら何やらでお腹がふくれるので、消化に優しいペパーミントはありがたい。


 彼は、私が今日料理をしていたことを知っていて、このオーダーをしたのかしら?

 向かいの席に座るアランは、そのような素振りは微塵も顔に出していないけれど。


 私、アラン、ベルナルドは、学院から住宅街に続く道沿いにある、カフェを訪れていた。

 アランとシャルルが休日に利用しているらしく、店員とは顔見知りといった様子。

 内装は、黒に近いダークチョコレート色で統一されている。

 磨き抜かれた板張りの床、精緻な細工のほどこされた椅子とテーブル。

 天井から吊り下がっているランプは、夜間に灯されるのだろう。


「なぜ、お前までついて来たんだ、ベルナルド?」

「兄上がディアンヌ様に失礼なことを言わないか、見張るためだよ」


 ベルナルドの真っ当な反論に、アランはこちらが同情しそうになるくらい、わかりやすく狼狽うろたえた。


「言っておくけど、ぼくは兄上がディアンヌ様と婚約破棄したことを怒ってるわけじゃないよ。むしろ、それは万々歳なんだよ。ぼくがディアンヌ様をお嫁にもらうから。それよりも、大勢の前でディアンヌ様が恥をかくように仕向けたことを怒ってるんだ。曲がりなりにも紳士なら、時と場所を選ぶべきだね」


 土壌に杭を打ち込むように、ベルナルドは続けざまに正論という名の刃をアランの心に突き立てていく。

 まるで、前の世界でいうところの藁人形と五寸釘のよう。恐ろしいわ。

 ところで、聞き流しそうになったけれど、ものすごくナチュラルに求婚されたような気が。


「あの、ベルナルド様。どうか、そのくらいになさって。元はといえば、わたくしがアンフェアな行為をはたらいたのが原因なのですから……」

 これ以上追い打ちをかけたら、話を聞く前にアランの精神がボロ雑巾のようになってしまう。

 アランは、生真面目で実直な反面、精神的に打たれ弱いという弱点がある。メンタルが、わたあめのように脆いのだ。 


「いや……いいんだ、ディアンヌ。あの時は、その……すまなかった。感情的になっていたとはいえ、不用意に君を傷つけてしまった」

「こんなところで頭を下げられても困りますわ。あなたを地獄の底へ叩き落として差し上げない限り、わたくしの気はおさまりませんことよ」


 もちろん冗談なのだけれど、「私」が転生する前の「ディアンヌ」なら言いそうな気がして、言ってみた。

 すると、アランはすっかり真に受けてしまったのか、真面目な顔のまま青ざめている。


「冗談ですわよ?」

「……君の冗談は、冗談に聞こえない」

 アランは額に手を当てて、大きく息を吐き出した。


「兄上。話しにくいなら、ぼくから話してもいいけど、どうする?」

「いや、僕が話す」


 私は、並んで座るアランとベルナルドを交互に見た。

 ゲーム本編で対立していたとはいえ、なんだかんだで仲のいい兄弟なのよね。

 アランは、居住まいを正してこちらに視線を向けた。


「話というのは、サーラについてだ」

「サーラがどうかしましたの?」

「君は、ここ数日のサーラの言動に、どこかおかしいと感じたところはないか?」

「それでしたら、つい先ほど、アラン様に手料理を作ろうとして学食の焜炉を炎上させていましたわ」

「なっ……!」


 どうやら、今はその話ではなさそう。

 彼の表情から察するに、サーラの料理の腕は把握している様子だった。

 さぞかし恐ろしい目に遭ったのでしょうね。


「すまない。取り乱してしまった」

 アランは金色の濃い睫毛を伏せて、呼吸を整える。

 彼は「私」の推しキャラではないのだけれど、何をやっても絵になる人ね。


「もしかして、サーラとの婚約に関わることですの?」

 うなずくアランの隣で、ベルナルドも同じようにうなずいて見せた。

「あの日、君との婚約を破棄した後、僕はサーラに求婚をした。彼女は喜んで受けてくれた」

 ゲームのシナリオ通りだと、「サーラが聖女の最終試験に合格したら正式に婚約をしよう」と、二人は王宮のバラ園で秘密の誓いを立てるのだ。


「卒業パーティーの後、僕たちは一度寮へ戻って、夕刻にまた会う約束をしていた」

「夕方……?」

 その日、その時間は、サーラは侯爵家を訪れていた。

 アランの様子がおかしいと訴えるために。

 私は、その記憶を心の中に留めたまま、アランの話の続きに耳を傾けた。


「寮の中庭で、ふたたび顔を合わせた時、サーラはひどく悲しそうな顔をしていた」

「あなたと想いを通じ合わせたばかりだというのに? 奇妙な話ですわね」

「そう、奇妙なんだよ、ディアンヌ」

 アランは、紅茶を一口飲んでから言葉を続けた。


「サーラは言った。『あなたの心には、まだディアンヌがいる。本当は、ディアンヌとの婚約を破棄なんてしたくなかったんじゃないか』と」


 私は、たしかめるようにベルナルドへ視線を送った。

 ベルナルドも、わけがわからないというように首を横に振った。

 あの日、私とベルナルドは、サーラから「アランが心変わりした」と聞かされたのだ。


 サーラもアランも、正直で不器用で、けっして嘘偽りによって人を陥れることをするような人間ではない。

 だからこそ、二人の言葉の食い違いが不気味でならない。


「アラン様は、『あの時』以来、わたくしのことを気にかけてくださいましたか? たとえば、傷つけてしまったとか、わたくしが元気でいるだろうか……とか」

「いや、これっぽっちも」


 アランは気持ちがいいくらい、バッサリ否定した。


「ベルナルドに諌められ、時間が経ってから自分の言動を反省したが……。あの日については一度たりとも君を気にかけたことはない」

「兄上さあ……、そのバカ正直なところ、少しは直したほうがいいと思うよ。そのうち暗殺されるよ?」

 アランが王位を放棄してベルナルドが将来的に即位するのは、適材適所なのかもしれない。


「わたくしは先日、サーラと話をしました。その時は、アラン様の気がふれてしまったのかと思いましたが、あなたの心と言葉には何ひとつ、偽りがないと確信いたしましたわ」


 アランが、晴れの日の青空を映したような瞳を瞬かせる。

 私は頭の中で思考を整理して、伝えるべき言葉を選んでから、ふたたび口を開いた。

「わたくしの推測なのですが」


 脳裏に、サーラの甘えたような無邪気で可愛らしい笑顔が浮かぶ。

 それから、彼女にしか見えない「死神」の姿。


「サーラは、何者かに心を操られている可能性がありますわ」

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