第12話

「シャルル様。茹であがったジャガイモをつぶしてくださいますか?」

「おまかせッス」


 鍋から上げたジャガイモを、シャルルが麺棒を使って軽快にマッシュし始める。

 腕力があって手先が器用だから、料理に向いているのかもしれない。

 無邪気にジャガイモをつぶす姿だけを見ていると、彼が由緒正しい伯爵家の嫡男であることを忘れそうになる。


 私は、フライパンにバターを引き、みじん切りにしたタマネギと細かく刻んだ燻製肉(前の世界で言うところのベーコン)を中火で炒める。

 飴色になるまでじっくり火を通してから白ワインで煮詰め、蜂蜜を加える。

 しばらく冷まして、ソースの完成。


 振り返ると、サーラがシャルルの手を借りてジャガイモをつぶす作業にのめり込んでいた。

「こ、こう……?」

「上手ッスよ。ね、ディアンヌ嬢?」

 シャルルが、白い歯を見せて笑いかけてくる。

「まあまあですわね」

 すると、サーラは胡桃色の瞳をまん丸に見開いてシャルルを振り仰いだ。

「シャルル様! ディアンヌの『まあまあ』は、『とてもいい』って意味なんですよ!」

「すごいじゃないッスか、サーラちゃん!」

 褒めた覚えはないのだけれど、やる気が出るのはいいことだわ。


 見たところ、この世界でのサーラとディアンヌの親密度は、そこそこ高い様子。

 婚約破棄イベントを通ってもサーラがこれほど懐いてくるということは、「お守りのリボン」イベント発生条件の「親密度三十パーセント」を超えているのだろう。

 ゲーム画面みたいに、各キャラのステータスや親密度が確認できたらわかりやすいのに。


 とはいえ、アランの気持ちがふたたび「ディアンヌ」に向きつつあるというのが、まだ納得できない。

 一度確定した大恋愛EDが直前になって消滅するなんて、普通では考えられない。

 たとえば、隠しルートで、王道ルートから死神ルートへの分岐でも存在しない限り。




 …………シークレットの、死神ルート?




「ディアンヌ嬢、ディアンヌ嬢。次は何をするッスか?」


 シャルルに声をかけられて、私は我に返った。

「……あっ、失礼しましたわ。二人とも、ありがとうございました。あとは、味をととのえて焼くだけですので、作業台と床のお掃除をお願いしてもよろしいかしら?」

「おまかせッス」

「わかったわ」

 サーラとシャルルは布巾を絞り、木製の作業台を丁寧に磨き始めた。

 二人のそばで、サーラの相棒ポレットが「がんばれー!」と応援している。


「…………」


 この世界に転生して、気が動転していた私は、「サーラの王道ルート」イコール「ディアンヌの破滅ルート」だと解釈していた。

 今も、その可能性は捨てていない。

 だから、私は自分が生き延びるための分岐を探している。


 でも、もしも、今いる世界線が「サーラの王道ルート」から「シークレットの死神ルート」への分岐に差し掛かっている座標なのだとしたら。


 私が守るべきは「ディアンヌ」ではなく、「サーラ」なのだとしたら。


『マギクロ』の攻略サイトは、キャラを攻略するための参考に目を通していただけだから、シークレットルートについてはそこまでチェックしていなかった。

 せいぜい、ディアンヌ攻略ルートを把握している程度。


 だって、天国から地獄へ突き落されるような筋書きのルートなんて、誰が得するというの?

 制作サイドの悪ふざけとしか思えない。




 私は、何とも言えない不気味さを感じながら、サーラたちがつぶしたなめらかなジャガイモに塩胡椒と香りづけのナツメグを加え、俵型に成形する作業に入った。


 つぶしたジャガイモの中にチーズをひとかけら入れて、俵型に形作る。

 フライパンにバターを薄く引き、成形したジャガイモを並べて焼く。

 両面に焼き目がついたら、今度はオーブンに移して二度焼きをする。

 火を通す間に、ドライフルーツの柑橘とナッツを別の器に盛りつけておく。これは付け合わせ兼デザート。


「わあ……いい香り」

「オレ、さっき食ったばかりなのに、また腹が減ってきたッスよ」


 少し離れたところで、サーラとシャルルが待ち遠しそうに眺めている(脂が跳ねるから近寄らないようにと言い聞かせた)。


 気がつけば、カウンターの向こう側には、香りをかぎつけた学生や教師たちが興味深そうに並んでいた。

 どうしよう、足りるかしら。





「お待たせいたしました。ディアンヌ特製、ポテトハンバーグですわ」


 読書に没頭するエチエンヌの前に、コトリと皿を置いた。

「ああ……、不思議な香りですね。バター、塩のきいた燻製肉、タマネギ、それから何かしらの香辛料が含まれていますね。お互いを引き立て合うような、邪魔をしない……計算された香りを感じます」

 香りだけでそこまでわかるなんて。

 食にはまったく興味がなさそうだけれど、きっと知識は誰より豊富なのだろう。


「いただきます」

 エチエンヌはしなやかな動作でナイフとフォークを手に取り、料理を切り分けた。

 ナイフを入れた断面から湯気が立ち上り、タマネギのソースと溶けたチーズが滝のように流れ落ちる。

 食事は二の次三の次という彼が、料理を口に運ぶ様子を、私は息をつめて見守っていた。


 エチエンヌは、小さくため息をついた。

「ありがとう、ディアンヌ嬢。とても、美味ですよ」

「まあ、よかったですわ」

 私は、ほっと胸を撫で下ろした。

「中から染み出た脂がジャガイモ全体に行き渡って、コクのある味を演出していますね。タマネギのソースが絡み合うことで、燻製肉の脂をしつこく感じさせない。付け合わせの木の実と干し柑橘は、口直し兼栄養補給といったところでしょうか」

「ご明察ですわ、エチエンヌ様」

 すると、エチエンヌはうなずいてからふたたびポテトハンバーグを口にした。

「ディアンヌ嬢は、料理を出す相手のことを第一に考えて作られる、素晴らしい料理人なのですね」


 嬉しかった。

 まるで、フランスに渡ってから初めてシェフに褒められた時のように、胸が高鳴った。


「ありがとうございます」

 私は、深く頭を下げた。




「ディアンヌ嬢、ディアンヌ嬢! ジャガイモのハンバーグ、追加作れるッスか? みんなも食べたいって言ってるんスけど!」

「みんな……? って、ええええええ!??」


 いつの間にか、カウンターの前には学生たちが行列を作っていた。三十人はいる。

 よく見ると、列の中に、しれっと学院長の姿もあった。


「ざ、材料があれば、できないこともなくてよ……」

 私は口元を引きつらせつつ答えた。


「そうですわ、エチエンヌ様。ご相談したいことがございますの。のちほど、図書館へおうかがいしてもよろしいでしょうか?」

「喜んで。お待ちしていますよ」

 卒論のテーマ決めはもちろんだけれど、あと一週間で論文を完成させるための必勝法についても相談したい。




 私は、あらためてブラウスの袖をまくり、厨房へと駆け出した。

 ジャガイモの在庫が切れたら、次は何を作ろうかしら。

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