第19話 唐突ですが死にました(1日ぶり2回目)
窓の外に広がる草原は広い。
放し飼いされたどこかの家畜らしい牛たちが生えている草を貪って闊歩している。
所々に鶏と七面鳥の間みたいな鳥が首を揺らしながら歩いていて、なかなか田舎を感じる風景となっていた。
「誰の所有物なんだろうなあの牛とか」
「この一帯はモリワーティ侯爵領の放牧地だったはずですよ。ストゥルルラ大陸有数の畜産区域で肉が美味しいしよく売れるんすよ~。うちの商会もご贔屓にしてくださってありがたい限りです」
ショーさんが幌の向こうで馬を操りながら笑ってそう言う。
ここで育てられた家畜たちはみなそれなりのブランドもの扱いを受けそこそこの高値で取引されるらしい。
この世界のレベルがどれほどなのかまだわかっていないが、国産A5ランクにも等しい逸品であれば是非ともいただいておきたいところだ・・・・・・肉は正義である。
「カツノリ」
「どったのチハヤ?」
服の裾を引っ張ってきたチハヤにやめなさいと言いつつ話を聞く。
どうやらお腹がすいたらしい・・・・・・だが俺は食べ物など持ち合わせていないのだから解決しようがない。
荷台に積んであるものは俺らは買えない商品だし、そこらへんを歩いている動物狩りなどできようもないし・・・・・・
「我慢できない?」
「・・・・・・するけど、けどお腹すいた」
ぐるるる、とわかりやすいお腹の音が聞こえる。
・・・・・・チハヤは頬を赤らめ、静かに鳩尾あたりを抑えた。
「・・・・・・あ、こりゃまずい」
ちょうど牧場を抜けたあたりでショーさんが呟いた。
窓の外を見るとあからさまに家畜じゃあない猪的なサムシングが道を塞いでいる。高さは俺と同じぐらいでまるまると太って気持ちよさそうに寝ている。
一車線しかない道ではよけていこうにも牧場の柵に車がぶつかりそうでできないらしい、だからといって今から引き返して別の道を行くわけにもいかないらしく。
「どうしよう・・・・・・こんな大きさじゃ起こしたらぶっ飛ばされちゃうよ・・・・・・だからといって殺せるだけの武器もないし俺は魔法できないし・・・・・・」
いくらこの国が平和だからってそういうの用意してないのはどうかと思う、などという言葉は胸の内にしまっておいて。
わかりやすいRPGのクエストみたいなのができたのだ、ここは俺がどうにかしなきゃいけない(と思う)。
住んでた地域には獣害がけっこう起きてたもんだから、そういうのは一応習っている。
野球選手になったおかげで日の目を見ることは全くなかったが、死後にしてようやくというわけだ。
「ショーさん、刃物とロープあります?」
「・・・・・・紐を切るとき用のナイフならあります、ロープはまあまあ。けど・・・・・・アレ、やるんです?」
布をめくってナイフとロープを見せてくれるショーさん。いかんせん心もとないが、やるしかない。
「・・・・・・よし」
起こさぬように、荷台を降りてそっと猪に近づく。
足を近くの木とロープで結びつけ、馬車に被害が出ぬよう拘束する。
さあ、こっからどれだけ手早くできるかが勝負だ。
貸してもらったナイフを握りしめ、首もとに手を添える。
「・・・・・・覚悟」
普通の3倍位深い場所まで刃を到達させる。
二の腕の半分くらいまでをそれのなかへねじ込み、頸動脈を切った。
途端に溢れ出す生暖かい液体の感触。
体が赤く染まりつくし、それでもなお血が俺を濡らす。
「─────────────────!!!」
猪もさすがに生命の危機とあっちゃおちおち寝てもいられまい。
飛び起きたそれは暴れまわり牙を振る。
それが届かない範囲に逃げようとした瞬間、ぼごっという不穏な音が聞こえた。
火事場の馬鹿力というものかそいつがもともと持っていたポテンシャルかはわからない。
でもそいつは、木を根元からぶっこぬいた。
自らの血に濡れた俺へと一直線、この瀕死の状況でこれとはトロイア戦争の英雄アキレウスも眉を顰めるレベルだろう。
「んぎゃああああああああ!!!!!」
「カツノリ!!」
チハヤが駆け寄ってくれているが時すでに遅し。
日本の猪とは比べようもない凶悪さを持った牙が俺の脇腹にクリーンヒット・・・・・・突かれずすくい上げてぶっ飛ばされただけいいが、どっちにしろ10メートルくらい吹っ飛んだのだから多分大惨事不可避であろう。
「てぇええええええい!!!」
「ち、チハヤぁ!?」
とんっ、と猪の頭を踏み台にしてチハヤが空を飛ぶ。
俺が落下する速度を本能的に感じ取っているのかはわからないが、空中でちょうど俺を抱きかかえ彼女は柔らかく着地した。
おかげで俺の受けたダメージは脇腹へのアタック一発。多分下の方にある肋骨がやられてるのと、あとは内臓がいかれたか・・・・・・とんでもなく痛いけど死ぬよりかましだ。
「大丈夫?顔真っ青だよ?」
「・・・・・・まあ、一応は生きてられるくらいだ。でも、ちょっとひでえ怪我はしたっぽいや」
こんなんじゃあ悠長に解体とかやってらんない。喋れる程度の痛みだが、急速に事態は悪化している。
願わくば救急車を呼びたいところだがこの世界にんなもんあるわけもなかろう、迅速な対応は期待するだけ無駄に等しい。
状況はかなり悪い、自分がいけるいけるなんて言って余裕ぶっこいたばっかりに。
「回復魔法なんて私使えないし、だからってカツノリにしてもらうわけにもいかないでしょ。ショーさんは魔法無理だって言ってたし・・・・・・」
「・・・・・・こりゃきついな・・・・・・だめだ、死ぬかも」
意識が不完全になってきた。体の力は抜けていき、呼吸は浅くなる。
使命を果たすどころか、そのスタートラインから一歩も踏み出してないってのにこのざまか。
ダサい。ダサいったらありゃしない。
こんなことになるんだったら俺は黙って輪廻転生に流されていればよかったんだ。
世界を救う勇者なんて、俺にはユガ50周ぶんくらい早かった。
シャルロットさん。次はどうか、俺よりずっとましなやつを見つけてください。
「カツノリ、カツノリ!!」
残っていた聴覚が、チハヤの泣き叫ぶ声を最後にして消え失せる。
ごめんな。ごめんな、こんなやつで。
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